16歳で米国でプレー、東京五輪も……。田中力はバスケの夢を叶えている!

日本の同世代ではスター選手だったがアメリカではそうはいかない……16歳での武者修行は田中力を急速に成長させている。 photograph by Yoko Miyaji

 田中力は、去年、16歳にしてひとつの夢をかなえた。

 まだ12歳だったとき、いつものように動画サイトでバスケットボールの動画を見ていた田中は、偶然見かけたアメリカの高校のプレーに魅了され、その学校に行きたいと夢見ていた。それが、今いるIMGアカデミーだった。

「よくYouTubeでバスケを見るんですけど、12歳、小学校6年生ぐらいのときにIMGアカデミーのバスケの動画が出ていて。見ていたらすごい(プレー)のがあって。ちょっと調べたら施設とかコートとか、やばいところだなって印象的だった。お兄ちゃんと見ていたから、ふざけ半分で『いつかここでプレーするわ』みたいなことを言っていたら、本当にこうなっちゃった」と、当時のことを思い出して笑う。

 IMGアカデミーから声がかかる少し前には、NBAが主宰するオーストラリアを拠点とするNBAアカデミーからも勧誘されていたが、夢の学校からの勧誘を断る理由はなかった。

「(IMGアカデミーからの勧誘は)もうびっくり。楽しみも興奮も、もう言葉で言えないぐらい」と、今でも興奮気味に語る。

すんなり行かなかった渡米直後。

 もっとも夢の世界も、現実になってみると、すべてがバラ色ではなかった。最初の試練は、試合に出られないことだった。

 IMGアカデミーはフロリダ州の高校スポーツを統括するフロリダ高校アスレティック・アソシエーションに加盟しており、その規則で、前学期の成績が一定の基準を超えていないと試合に出ることができない。アメリカの高校は4年制で、田中の場合は“ソフォモア(2年=日本の高校1年相当)”に編入したため、日本の中学3年のときの成績が対象となる。その成績が基準に足りず、12月半ばまでは試合には出られなかったのだ。

「(シーズンが始まる)1週間前ぐらいに言われて、『いや、まじか』ってなった」と田中。それから猛勉強し、最初の学期の成績は「2つの教科がAで3つがB」という好成績をあげた。「自分も(成績がよくて)ビビったんですけれど」と笑う。今では笑い話だが、練習に参加しながら、試合に出られないもどかしさはつらかったとも言う。

2m級の選手にふっ飛ばされて……。

 練習でも、最初のうちは自信を失うことばかりだった。

 スポーツに力を入れる高校だけに、男子チームがレベルに応じて7つあるのだが、田中が入った「ナショナルチーム」はその頂点のチームだ。

 ロスターのほとんどは上級生選手たちで、全米ランキングで上位に入る評価を受け、すでにNCAA強豪校への進学が決まっている選手も多い。そんな選手に混じっての練習では、今まで得意だったと思っていたことでも、うまくいかないことの連続だった。

 負けず嫌いの田中だけに、下級生だから、日本から来たばかりだから、うまくできなくて当たり前とは思えず、悔しい日々を過ごした。

 こんなこともあった。

「シーズン序盤、彼がインサイドにドライブインして得点しようと跳んだときに、後ろの壁に突き飛ばされたことがあった。彼が相手にしていたのは6'9”、6'10”(205~208cm)の選手だったんだ。日本での彼はフィニッシャーだった。でも、ここではパスを出したほうがいいかもしれないということを学ぶ必要があった」と、IMGナショナルチームのヘッドコーチ、ショーン・マクルーンは振り返る。

 そんな中で助けてくれたのがチームメイト、特に田中と同じようにアメリカ国外から来ている選手たちだった。

アメリカ国外から来た選手からのアドバイス。

 その1人がオーストラリアからの留学生で、田中より2学年上のジョッシュ・グリーン。全米の有望高校生選手たちの評価を専門とするウェブサイトで、超有望選手に与えられる5スターの評価を受け、すでにアリゾナ大に入ることが決まっている選手だ。

「アメリカ国外から来ている人がアメリカに挑戦するのは簡単ではない。俺もそうだった。別に焦んなくていいんだ。自分のペースでやればいい」と、経験談を交えて励ましてくれた。

 さらには、自信が何よりも大事だとの極意も教えてくれた。

「『バスケはほぼ自信だから、技術がなくても自信があれば、全然大丈夫』って言ってくれたり、すごく助けてもらった」と田中。そういったアドバイスを受け、少しずつ、本来の自信を取り戻すことができた。

日本では活躍して当然の自信があった。

 もっとも、今となってはそんな経験もできてよかったと思えるという。

 バスケットボールを始めた頃にうまくいかなかったこと、試合に出られなかった頃の悔しさを思い出すことができたからだ。

 日本にいたときには、ミニバス、中学、そして横浜ビー・コルセアーズのU15チームで、スターターで出て当たり前、誰よりも点数を取って当たり前になっていた。実際、同年代でプレーしたら、誰が相手でも取りたいときに得点を取れる自信もあった。ミニバス時代にはチームの87点中85点、中学でも115点中78点を取ったこともあるという。

 そういったことに慣れ、いつの間にか何でもできて当たり前だと感じてしまっていた自分がいた。

「日本にいたときは、スタメンが普通とか、試合にめっちゃ出ることが普通とか、めっちゃ得点取ることが普通になってきていた。自分のめっちゃだめなところで、それに慣れちゃって、正直言うと、試合に出ていないときの気持ちがどんどん消えてきていた。

 こっちに来て、自分がみんなに比べてレベル低い人になったときに、『やー、この気持ちだ』ってぐっときた。本当に、それが欲しかったというか。自分が出れない気持ちが欲しかったんで、本当によかったと思います」

課題はコートビジョンとリーダーシップ。

 アメリカでのポジションはポイントガード。

「彼の身長、6'1”(185.5cm)でアメリカに残りたければ、ものすごく運動能力が高くない限りはポイントガードをやることになる。だから彼はポイントガードとして、声を出してチームメイトを正しい位置にポジションさせるようなことを覚える必要がある。そういった面でこれから少しずつ成長していく必要がある」とマクルーンHCは言う。

 田中も、それを理解し、今は自分で得点を取るよりも、味方へのアシストを意識してプレーしているという。「言ってみれば、どんどん河村(勇輝・福岡第一高校のポイントガード)みたいになってきている感じですかね」と、U16代表のチームメイトを引き合いに出す。

「コーチにも、得点取れることはみんな知っているから、アシストにもうちょっと力を入れてって言われています。頑張ってアベレージ6~7アシストぐらいにして(いきたい)。

 (今の一番の課題は)“コートビジョン”ですかね。アシストしなきゃいけないんで。あと“リーダーシップ”。自分が試合に出ているときに、セットプレーとかで、ちゃんとみんながいるべき場所にいるよう指示したり。みんなが気持ちよくプレーできるように自分が指示したりしなきゃいけないのかなぁって思います」

「自信がひとつ上のレベルに上がったら……」

 ガードはアメリカでも特に競争が激しいポジションだ。そこで競うために、田中は現時点で何がうまくできて、何が課題なのか、マクルーンHCに聞いてみた。

「シュートはとてもよく決めている。トランジションでのパスもいい。それが、今の彼がうまくやれている2つのことだと思う。

 ディフェンス面ではもう少し向上する必要がある。日本ではあまりディフェンスを求められていなかったようだね。また、声を出してチームを引っ張るガードになることを学ぶ必要がある。それには時間がかかる。

 彼は半分日本人、半分アメリカ人だから、少しは自信があるけれど、それでも完全に自信があるわけではない。自分のプレーに対する自信がひとつ上のレベルに上がったら、声を出すことができるようになるだろう。ポイントガードをするときに、それはとても大事なことだ」

 マクルーンHCは、さらにこうも言う。

「一番大事なのは、うちの選手たちはみんな彼にリスペクトを持っているということだ。ここにいるのはとても高いレベルの選手たちばかりだ。正直言って、その選手たちからリスペクトを得ているのだから、彼は大丈夫だ。

 いつも彼には『君はまだソフォモア(日本の高校1年)なのだから、まだベイビーなんだ』と言っている。年を重ねて、より慣れてきて、試合によるニュアンスの違いを理解するようになったら、いい方向に進歩していくと思う」

世界のトップを目指す若者たちの中で。

 IMGアカデミーは世界を目指したい若者には刺激的な世界だ。バスケットボール選手だけでなく、別の競技でも、世界の頂点を目指して努力している選手たちがいる。

「いやぁ、もう……フフ……やばいですね、みんな、もう本当に上手で。バスケだけじゃなくて、テニスとかゴルフとか、他の競技の人たちも、みんな同じ目標に向かって一生懸命、毎日努力しているんで。その環境の中でやれることで、自分も『もっと頑張んなきゃ』っていう気持ちが勝手に出てきて。いい雰囲気、いい環境です」

「自分、絶対に負けられないって」

 同じアメリカで、自分の前を行く渡邊雄太(メンフィス・グリズリーズ)や八村塁(ゴンザガ大)、テーブス海(UNCウィルミントン)の存在も刺激になる。彼らの試合は、よくテレビやインターネットで見ているという。八村が去年11月に、全米トップのデューク大と対戦して倒した試合も興奮しながら見ていた。

「すごいテンション上がっちゃって。すごいですよ。アメリカでもトップの学校のエースの存在になれるとか、自分の夢の夢なので。それを実現しているのが塁さんなんで。なんか、わぁーってなって」

 ただ単に憧れて、喜んでいるだけではない。同じ日本人として誇らしく思うと同時に、自分も彼らのいる場所に行きたい、彼らに負けたくないという気持ちも強く出てくる。

「みんなすごい活躍していて、プレッシャーっていうか。自分、絶対に負けられないっていう気持ちがあるんで。

 みんな本当に憧れ(の存在)ですけれど、塁さんとか、中1からけっこう見ているんで、憧れですけれど、いつか同じステージに立てるようになりたいので、今は負けられないっていう気持ちはあります。(結果を出して)田中力も頑張ってますっていうのをみんなに教えたいです」

夢は18歳で東京五輪に出ること!

 年に関係なく、誰に対してもライバルとして負けたくないという気持ちを持てることは、選手としての田中にとって才能のひとつだ。彼の中には年功序列も、経験が浅いからできなくて当たり前という考えもない。マクルーンHCも、「そこは彼のアメリカ人的なところ」と評価する。

 そんな彼だからこその野望もある。東京オリンピックでの代表入り、そして試合出場だ。

 東京オリンピック開催のとき、田中はまだ18歳だ。それでも、経験豊かな20代、30代の選手を押しのけて、なんとしても日本代表としてロスター入りし、単に名前を連ねるだけでなく、試合に出たいのだという。

「オリンピックで若いから試合に出られないとか嫌なんで。試合にしっかり出たいです」

 田中力、16歳。

 日本から遠く離れたアメリカで、大きな夢に向かって成長中だ。

(『宮地陽子のGO FOR 2020 ~海外日本代表候補選手奮闘記~』(c)AKATSUKI FIVE plus+)

(「日々是バスケ」宮地陽子 = 文 / photograph by Yoko Miyaji)

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