琴奨菊は相撲史に残る貴重な存在。大関陥落した力士の苦闘の歴史。

現在の琴奨菊は、相撲の歴史に残るほどに希少な存在である。羨ましいほどの力士人生だ。 photograph by Kyodo News

「日本出身力士」というぎこちない言葉を目にしなくなって久しい。

 日本人力士が2006年の栃東を最後に優勝から数年遠ざかり、国技館から日本人の優勝額が消えた。朝青龍と白鵬があまりに強く、その壁を破ったのは日馬富士であり、琴欧洲であり、そして把瑠都だった。モンゴル人力士とヨーロッパ系の力士が上位を席巻し、太刀打ちできる日本人力士はあの頃いなかったのだ。

 そして、その空白を打ち破ったのは旭天鵬だった。モンゴル出身の彼は優勝した時は既に帰化していた。そのためその後の争点は「日本人力士」ではなく、日本出身力士の中で誰が優勝するか? ということに変わったわけである。

 琴奨菊が優勝したのは、2016年初場所。早いものであれから3年経過した。

 豪栄道がこれに続き、2017年には稀勢の里が2回、2018年は御嶽海、そして先場所は貴景勝が賜杯を抱いた。もはや日本出身力士の優勝が珍しいものではなくなった。

琴奨菊も、上位に帰ってきた。

 2019年の見どころは、誰が時代を変えるのかというところなのだが、番付に目をやると横綱は3人、大関は2人が30代で、いまだベテランが上位を守っていることも事実だ。

 そしてあの時歴史を作った琴奨菊もまた、上位に帰ってきた。

 琴奨菊は優勝の翌場所に、稀勢の里の変化を受けてから勢いを失った。1年後に大関陥落。7回目のカド番を凌ぐことはできなかった。大関在位は32場所で、歴代大関の中でもかなり長い部類だ。

 大関から陥落した力士が、その後に強さを保つことは難しい。現役を続けることも簡単ではない。年6場所制以降に大関に昇進した力士の中で、陥落後も現役を続けて関脇以下で引退した力士は13人いるのだが、今回は彼らがどのような軌跡を辿っているか追ってみたいと思う。

若いうちの大関陥落は希望あり。

 まず、若くして大関陥落した力士を見てみよう。

 ここに含まれるのは、24歳で陥落した大受、雅山、そしてデビューから約5年で陥落した出島もここに含まれる。彼らについては陥落後も強さを保ち、息の長い活躍をしたといえるだろう。大受は27歳で引退しているが、雅山はその後11年、出島は8年の長きにわたって現役を続行している。

 そして雅山と出島は、以降の現役のおよそ半分を横綱大関と対戦する地位で闘っている。出島は23場所、雅山に至っては41場所だ。大相撲のベスト16に名を連ね続けられるのはごく限られた力士だけだが、この2人はそれができたのである。

 彼らは大関昇進前と陥落後では、全く別の力士人生を歩んでいるといえるかもしれない。昇進前は大相撲の頂点をガムシャラに目指し、陥落後は大関への返り咲きを虎視眈々と狙う。陥落したことは不運だったかもしれないが、大関を経験したことによって太く長く土俵人生を送れるのだからわからないものである。

 25歳で陥落した照ノ富士は今場所三段目の下位まで番付を落としており、大変厳しい状況ではあるが先人の活躍を見ればまだまだ可能性は残されているといえるのではないだろうか。

元大関には時間の猶予がない。

 続いては、30歳近くでの陥落力士を見てみよう。

 この辺りの年齢で陥落する力士が最も多く、若羽黒、前乃山、魁傑、琴風、小錦、貴ノ浪、そして把瑠都がこれに当たるのだが、彼らに共通しているのは加齢や怪我によって復活に苦しんだことだ。

 魁傑、琴風、把瑠都に見られるように、陥落からおよそ1年で引退するケースもある。陥落後もなんとか続行を試みたが、元の状態に戻れないことから苦渋の決断を下すのだ。元大関という立場であまり地位を下げられないという事情から、彼らはコンディションを戻すための猶予が無い。

 かつての相撲が取れぬ中、それでも現役にこだわる彼らの姿はとても印象的だ。力は衰えていても、幕内を守るためになりふり構わぬ取り口を見せる姿はまた違う味わいがある。これに当たるのは若羽黒、小錦、貴ノ浪で、陥落からおよそ3年から4年相撲を取り続けている。

 特筆すべきは貴ノ浪だ。

 大関陥落後の現役23場所の中で、上位総当たりである前頭4枚目以上が16場所。これだけでも凄いのだが、三賞まで獲得している。下位の実力者が活躍してもなかなか三賞は獲得できないという事情がある中での受賞であり、この頑張りにはなおさら価値があると言えるだろう。

30歳以上で陥落すると引退する力士が多い。

 最後に紹介するのが、30歳以上での陥落である。

 そもそも30歳以上で大関陥落が決定すると、多くの力士は引退する。そのため、これに該当する力士は霧島、千代大海、琴欧洲、琴奨菊の4名しか居ない。まずは陥落翌場所での大関復帰を目指し、関脇での10勝以上というモチベーションで土俵に上がるが、結果が出ずに引退するというパターンがある。これまでこれに当てはまらなかったのは霧島だけだった。

 つまりもうすぐ35歳の琴奨菊が、大関陥落から丸2年が経とうとする今も土俵に上がり続けていることは、実は稀なことなのである。

 しかし、琴奨菊は優勝経験もある。そして、大関としての在籍期間も長い。年寄株も取得している。大相撲で成し遂げたことも多い。いや、これだけの実績があればやり切ったと感じても不思議ではないだろう。

 事実、彼と同年代、そして少し年下で大関陥落した力士たちの中ですぐ辞めた者は多い。

 それでも琴奨菊は土俵に上がり続ける。しかも陥落後は全盛期より成績は落ちたものの、上位総当たりの地位に9場所も在籍しており、金星2つを獲得している。大関陥落後に金星を獲得した力士は、他には貴ノ浪と、若くして陥落が若かった出島・雅山しかいないのだ。

力士の寿命は大きく伸びている。

 一体何が、琴奨菊を動かすのだろうか。

 ただ、今は30歳を超えても白鵬や鶴竜のように全盛期の力を保てる力士もいれば、栃ノ心や嘉風のように更に強くなる力士すらいる時代なのだ。その気になって正しく努力を重ねれば、誰もが想像もつかないことが達成できるのが2019年の大相撲なのである。

 高齢なのは横綱大関だけではない。上位を見れば三役に玉鷲と妙義龍もいる。前頭上位には栃煌山と松鳳山もいる。一時期成績が落ちた力士が帰ってきているのだ。

 新世代の台頭と同時に、かつて上位で奮闘していた力士たちが全盛期と変わらぬ輝きを見せているのも、特筆すべきことだ。

この年齢で同期3人が集まった奇跡。

 初場所直前に琴奨菊は、同期の稀勢の里・豊ノ島と稽古したのだという。ここ2年、三者三様に辛酸を舐めている。若い頃出世を争った彼らが集い、様々な想いを抱きながらあの頃のように汗を流す。昔であればこれほどベテランの同期など誰も残っていなかったかもしれない。

 だが今はそうではない。共にもがく仲間がそこにいるのだ。こんなところにも負けられない理由がある。幸せな時代だと私は思う。

 3年前は、初優勝。

 2年前は、大関陥落。

 今年の琴奨菊は、どんなドラマを残すのか。稀勢の里の進退も、貴景勝の大関取りも気掛かりだが、かつて歴史を作った元大関の奮闘に期待したい。

(「大相撲PRESS」西尾克洋 = 文 / photograph by Kyodo News)

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