「すごく悩んだ」サンフレッチェ広島、大迫敬介の知られざる覚悟。アジアカップを捨ててまで選んだ道とは?【コラム】

【写真:Getty Images】

●新スタジアムでGK大迫敬介が躍動

 2024明治安田J1リーグ第1節、サンフレッチェ広島対浦和レッズが23日に行われ、2-0でホームチームが完勝した。新設のエディオンピースウイング広島で躍動したのが、GK大迫敬介だった。オフシーズンに覚悟を決めた守護神の活躍は、決して偶然ではなかったのかもしれない。(取材・文:藤江直人)

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 気がついたときには体が勝手に動いていた。サンフレッチェ広島が長く待ち焦がれてきた新スタジアム、エディオンピースウイング広島に浦和レッズを迎えた開幕戦の開始わずか6分だった。

 左ウイングの関根貴大との細かいパス交換から、インサイドハーフの小泉佳穂が向かって右側から近づいてくる。そして、ペナルティーエリア内へ侵入した直後に、至近距離から迷わず左足を振り抜く。強烈な弾道はしかし、広島の守護神・大迫敬介がとっさに繰り出した左手を介してコースが変わった。

 新スタジアムの歴史に残る公式戦第1号ゴールであり、なおかつ2024シーズンのJ1リーグ初ゴールかと思われた小泉の一撃を、右コーナーキックに変えた大迫が言う。

「相手がドリブルを得意とする選手でしたし、いずれはかわし切らずにシュートを打ってくるだろう、という予測のもとでいい準備ができていました。なので、体が反応した感じですね」

 大迫は25分にもビッグセーブで失点の危機を救っている。右から左へ一時的に移っていたウイングの松尾佑介がタッチライン際を突破。中へ切り込みながら、ニアへグラウンダーのクロスを送った。

 清水エスパルスでプレーした2022シーズンにJ1得点王を獲得した、浦和のFWチアゴ・サンタナはこの場面であえてファーへ流れている。そして、意図的に作り出されたニアポスト際のスペースへ、サンタナと入れ替わるような軌道を描きながら侵入してきたのが関根だった。

 次の瞬間、大迫の死角から急に姿を現した関根が、松尾のクロスに右足をヒットさせる。眼前でコースを変えたボールを、大迫は腰を落とした体勢からとっさに、今度は右足を伸ばして食い止めた。さらに目の前で弾んだところへ、詰めてきたインサイドハーフの伊藤敦樹よりも先に両手で抱え込んだ。

 前線の3人によるコンビネーションで相手ゴールを陥れる。実はペア=マティアス・ヘグモ新監督のもとで、浦和が沖縄キャンプから習熟させてきた攻撃の形のひとつでもあった。

●怪我明けまもない公式戦。不安はなかったのか?

「あのような形で(ペナルティーエリア内へ)侵入されてしまうと、こちらとしてはなかなか対応が難しい場面になる。そのなかでボールへの反応を含めて、とにかくできることをやろうと」

 関根に両手で頭を抱えさせ、伊藤には天を仰がせたファインセーブ。攻撃陣を中心に、近年にない大型補強を行った浦和を相手に零封勝利を達成した要因を、大迫はこう振り返っている。

「ピンチというのは多分、急に来るだろうなと思っていたので、相手の狙いであるとか、相手の位置といったものを常に見て予測を立てながら、事前の準備というものをしていました。今年の浦和レッズのように、強力なフォワードがいるチームをゼロで抑えられたのは、チームとして大きな自信になります」

 実質的なぶっつけ本番で臨んだ開幕戦だった。昨年12月8日に右手舟状骨骨折の手術を受け、全治約2カ月と診断された。リハビリを経てチームの全体練習に合流したのが今月12日。先週に非公開で行われた、ファジアーノ岡山とのトレーニングマッチに45分間だけ出場して間に合わせた。

 実戦から遠ざかっていたブランクに対して、不安の類は感じていなかったのか。試合後にこう問われた大迫は、試合中に心がけた点として「いろいろと考えすぎないこと」をあげている。

●オフにすぐ手術。決断の理由とは?

「自分にできることは限られていますし、結局、最後にボールが飛んでくるのがゴールなので。そのなかでできるだけの準備をしようと意識していました。復帰したのが2週間ほど前なので、全体練習が終わってからプラスアルファでキーパーコーチに付き合ってもらって、納得いくまで練習をして自分を納得させるようにした、という感じですね。今日は足がつるくらいにみんなが走ってくれて、そのハードワークのおかげで僕の体の周りにボールが集まってきたので、そこはみんなに感謝しています」

 今シーズンのキーパーコーチの一人に、アカデミー巡回コーチを兼任する41歳の林卓人氏がいる。広島だけでJ1リーグ戦で193試合に出場したレジェンドは、昨シーズン限りで現役を引退した。

 林氏が現役最後の公式戦出場を果たしたのは昨年11月25日。ガンバ大阪とのホーム最終戦で、3-0とリードを奪っていた83分から、大迫に代わって広島のゴールマウスを守った。

昨シーズンの大迫は、自身初のリーグ戦全34試合で先発を達成している。一方でプレー時間はフルタイム出場に7分足りない3053分。ホーム最終戦で引き継がれた魂のバトンを象徴するように、林氏が10シーズンにわたって背負ってきた「1番」が、シーズン終了後に大迫へ託された。

「背番号1をつけたい思いはありましたけど、今回は卓人さんから譲っていただいた形です」

 林氏とかわされたやり取りをこう振り返った大迫は、同時に大きな代償も伴う決断も下している。それが前述した右手舟状骨骨折の手術であり、そもそもは秋口に行われたチームの練習中に、MF野津田岳人が放った強烈なシュートをセーブしたときに痛めてしまったという。

 もっとも、保存療法という選択肢もあった。実際に大迫はシーズン終了まで先発に名を連ね続け、11月16日のミャンマー代表との北中米W杯アジア2次予選でも先発出場している。

 それでもオフに入ってすぐに手術へ踏み切った理由は、エディオンピースウイング広島が開場する今シーズンの開幕から、万全の状態で臨みたいと考えたからだ。当時の経緯を大迫はこう語る。

●無念のアジア杯欠場。日本代表への思いは?

「ドクターからは、完治させるためには遅かれ早かれ手術を受ける必要があると言われました。僕からはドクターに『いま手術を受ければ、2024シーズンの開幕に間に合いますか』と聞いたら『間に合う』と言われたので、オフに入るタイミングで決めました。アジアカップもあったのですごく悩みましたけど、これから先のことを考えると、手術を受けて完治させた方がいい、という判断に至りました」

 日本サッカー協会(JFA)は昨年12月7日に、元日のタイ代表との国際親善試合に臨む日本代表メンバーを発表している。この時点で選外となっていた大迫の状態に関して、広島側から発表があったのは14日。手術をすでに終えていた大迫は、アジアカップも欠場せざるをえなかった。

 10試合が行われた昨年の森保ジャパンで、大迫は最多となる4試合で先発を務めた。そのなかには敵地でドイツ代表に4-1で快勝した一戦も含まれている。第2次森保ジャパンの守護神争いで、ファーストチョイスを担いかけた矢先に離脱する無念さよりも、状態を万全に戻す道を選んだ。

 アジアカップではパリ五輪世代のホープ、21歳の鈴木彩艶が全5試合でゴールマウスを守った。しかし、全試合で失点を喫するなど、安定さを欠いたパフォーマンスは批判の対象になった。

「ピッチに立たないとわからないものもあったと思うので、僕が外からどうこう言うのは簡単なことではないですけど、ただあの舞台に立ちたかった、という思いは強かったですね」

 優勝候補筆頭にあげられながら、準々決勝でイラン代表に逆転負けを喫した日本の軌跡に対しては、何かを言う資格はないと大迫は力を込めた。それでも、広島でのパフォーマンスを介して森保ジャパンに返り咲きたい、という思いは日に日に膨らんでいると大迫は前を見すえる。

●「今年のJリーグは、敬介の素晴らしいセーブから始まった」

「アジアカップもキャンプ中に見ていましたし、常に刺激をもらっていた。そのなかで、もう一回あそこに自分が立つんだ、という強い思いや目標もできたし、まずはこういった試合で結果を出し続けることと、自分の存在感というものを常に出し続けていくことが大事だと思っています」

 気持ちも新たに歩んでいく第一歩を、完璧な形とともに踏み出した。広島を率いて3シーズン目になるミヒャエル・スキッベ監督も、復活を果たした大迫への賛辞を惜しまなかった。

「今年のJリーグは、敬介(大迫)の素晴らしいセーブから始まった感じがする。言うまでもなく、現時点で敬介は間違いなくトップレベルのゴールキーパーだと思っている」

 開幕戦の勝利を告げる主審の笛が鳴り響いた直後。大迫は両拳でガッツポーズを作り、最終ラインを形成した塩谷司荒木隼人、そしてキャプテンの佐々木翔と次々と抱き合った。

「全員に勝ちたい思いがあったなかで、勝つだけじゃなくてゼロで抑えたところが、僕たちのポジションにとって意味がある。最終ラインのみんなが最後までハードワークを惜しまず、終盤は体力的にきつくなっても走り切って、やり切った感情が出たと思います。後半は浦和サポーターの声援を背に受けながらプレーしましたけど、前半の広島サポーターの方が声も大きかったし、僕たちの背中にしっかりと届くものも大きかった。新スタジアムで勝利できたことに何よりもホッとしています」

 3月2日の第2節ではFC東京のホーム、味の素スタジアムに乗り込む。浦和への快勝を介してチームの完成度の高さと、ともに3位に入った過去2シーズンを上回る可能性を高らかにアピールした広島の最後尾で、24歳の守護神が放つ存在感が日に日に大きくなっていく。

(取材・文:藤江直人

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