【アーセナル・分析コラム】カオスと制空権が導いた大勝。苦手なウェストハム撃破の陰に「2人の立役者」あり

【写真:Getty Images】

●難敵ウェストハム相手に6ゴールの大勝

プレミアリーグ第24節ウェストハム対アーセナルが現地時間11日に行われ、0-6でアウェイチームが勝利した。多くの選手が目に見える活躍をしたこの試合で、勝利の立役者となったのがカイ・ハフェルツとレアンドロ・トロサールだ。彼らはアーセナルに2つのものをもたらしている。(文:竹内快)
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 昨夜のアーセナルは、ウェストハムを文字通り完膚なきまでに叩きのめした。

 この試合までアーセナルは、今季ウェストハム相手に1勝も出来ていなかった。カラバオカップも含めて3試合0勝1分2敗(3得点7失点)という対戦記録となっており、デイヴィッド・モイーズ監督率いるホームチームは難敵と呼ぶにふさわしい相手だった。

 しかしながら、蓋を開けてみれば前半で4点、後半で2点を奪う大勝。前節リバプール戦で多くの選手が消耗したことでスカッドに不安が残る中、最高のパフォーマンスを披露した。

 2ゴールを奪ったブカヨ・サカ、2アシストを記録したマルティン・ウーデゴール、1ゴール2アシストを記録した古巣対戦のデクラン・ライス…と、この試合のヒーローは沢山いる。しかしこの記事では敢えて、レアンドロ・トロサールとカイ・ハフェルツの2人に注目したい。ゴールやアシストといった数字だけで見れば彼らは先に挙げた3人に見劣りするが、トロサールとハフェルツこそが大勝した立役者だと筆者は考える。彼らによってウェストハムの守備は完全崩壊し、アーセナルの攻撃陣が躍動できたと言っても過言ではない。

 この試合でアーセナルが勝利した要因、すなわちトロサールとハフェルツがアーセナルにもたらしたものとは何だったのだろうか。キーワードは、ホームチームの中盤に作り出された「カオス」とアウェイチームが握り続けた中盤の「制空権」だ。

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●中盤の「カオス」と「制空権」

 スターティングラインナップにトロサールとハフェルツの名前が並んだ時、どちらがセンターフォワード(CF)の役割を担い、どちらが中盤でプレーすることになるのか困惑した人も多いだろう。現在ミケル・アルテタ監督率いるアーセナルで1トップのファーストチョイスであるガブリエル・ジェズスは負傷離脱中で、本職CFはエディ・エンケティアのみ。前節リバプール戦ではハフェルツがCFとして先発していた。複数ポジションで起用できるトロサールもハフェルツとともにCFの選択肢の1つであり、ジェズス不在の穴をどちらが埋めるのかが注目ポイントだった。

 結論から言うと、試合が始まってもこの疑問は解消されることは無かった。立ち上がりはハフェルツがトップに立っているかと思えば、数分後にはトロサールがCFの位置に立ち、ハフェルツがインサイドハーフへ。試合を通してトロサールの方がCFに、ハフェルツがインサイドハーフになる時間が長かった印象はあるが、彼らは流動的な動きで絶えずお互いのポジションを換えていた。
 
 これがウェストハムのディフェンスに大きな影響を与えることになる。

 アーセナルの[4-3-3]に、アウェイチームは[4-4-1-1]を組んで対応した。攻撃的MFジェームズ・ウォード=プラウズがアンカーのライスを監視し、MFエドソン・アルバレスが右インサイドハーフ(IH)のウーデゴールを監視。ウォード=プラウズはライスの動きに合わせてより高い位置までプレッシャーをかけるので[4-4-2]のような守備陣形を形成すると言った方が分かりやすいかもしれない。

 ここでウェストハム側に発生するのが「トマーシュ・ソウチェクは誰をマークすれば良いのか」という問題だ。アルバレスとダブルボランチを組んだソウチェクは、ハフェルツをマークしようとするがボールの動きに合わせてハフェルツは前線に上がり、代わりにトロサールが中盤に降りてくる。ハフェルツについて行ってしまえばトロサールがフリーになってしまう現象が発生した。

 トロサールとハフェルツはCF-IH間の「縦の位置交換」だけでなく右IHウーデゴールや左WGガブリエル・マルティネッリ、右WGサカとも一時的に位置を交代する「横の位置交換」も行うため、彼らのマークを担当するMFアルバレス、右SBヴラディミール・ツォウファル、左SBエメルソンもシームレスなマークの受け渡しに苦戦気味。加えてアーセナルは右SBベン・ホワイトや左SBヤクブ・キヴィオルが「偽SB」として中央に絞った位置を取るため、中盤に色々なポジションの選手が入ってくる状況が完成。ここにウェストハムの選手たちを悩ませることになる、中盤の “カオス”が生まれた。

 このような“カオス”を使って、トロサールは何度もアルバレスとソウチェクの間に降りてライスからのパスを引き出し、自らボールを前進させている。29分にはライスからパスを受けて、精度の高いロングパスでワイドに張っていたマルティネッリに展開する好プレーを見せている。

 またこの“カオス”は空中戦に強いハフェルツを、中盤と前線の両方で使うことができるという副産物付きだ。ウェストハムはGKアルフォンス・アレオラのロングフィードを身長192cmのソウチェクが落として展開するプレーを今季多くの試合で見せており、アーセナルが中盤の制空権を握るためにはソウチェクの高さを無力化することが必須。そこで要所要所でハフェルツ(身長193cm)をソウチェクに当て、ウェストハムのロングボールをマイボールにすることを可能にした。ハフェルツはこの試合で空中戦勝率75%(6/8回勝利)を記録している(データサイト『Sofa Score』参照)。

 トロサールとハフェルツが同時に出場していた約70分間を通して、彼らが中盤に作り出した「カオス」とその副産物である「制空権」奪取は確実にウェストハムにダメージを与えていた。2選手が関わった数あるプレーシーンの中で、その効果が最大限発揮されていたのが37分のシーンだ。

●トロサールとハフェルツが起点になったサカのPK奪取

 トロサールが何度も中盤まで下りてきてハフェルツとの位置交換を行ったことで、ウェストハムのディフェンスは混乱し、マークの受け渡しに苦慮。右に位置取ったモハメド・クドゥスや左のベン・ジョンソンはソウチェクやアルバレスを助けることは出来ず、終始アーセナルは誰かがフリーになれる状況が作られていた。

 サカが相手DFラインの裏へ抜けてPKを奪取した37分のシーンは、ハフェルツとトロサールが起点となっている。

 GKアレオラのゴールキックを、高いジャンプでソウチェクよりも先に触ったハフェルツは、前方にいたトロサールへボールを落とす。ボールを貰ったトロサールはそのまま中盤の底まで降りてきた。そのサカの裏抜けは、トロサールが低い位置を取ってハフェルツとゆるやかなポジションチェンジをする過程で行われた。ウェストハム側はソウチェクがハフェルツをマークし、アルバレスがウーデゴールへのパスコースを遮断していたつもりだったが、ウォード=プラウズもウーデゴールを警戒してしまっている。映像をよく見るとアルバレスもウォード=プラウズも時間差でウーデゴールを目視しており、ノルウェー代表MFへの強い意識からお互いに“出し手”のトロサールへプレッシャーをかける仕事を譲り合ってしまった形になった。

 3選手の意識が“受け手”に集中したことで前方にスペースが生まれたトロサールは、余裕をもってサカの動き出しに合わせた高精度なロングパスを繰り出した。そのキック技術は言うまでもなく、ここで周囲の選手ではなくひとつ向こうのサカを見ていたFWらしからぬ視野の広さにも流石の一言。ハフェルツの空中戦の強さと、試合中に何度も起こっていた中盤のカオスが分かりやすく表れていたシーンだと言えるだろう。

 トロサールとハフェルツを先発起用し、描いたシナリオ通りに試合を進めたミケル・アルテタ監督の好采配が光る試合となった。前半で4ゴールを奪うという上手く行き過ぎた感も否めないが、早いうちに試合が決まったことでユース出身の16歳イーサン・ヌワネリを試すことが出来た。難敵相手の大勝は、優勝争い中のチームに間違いなく大きな自信をつけたはずだ。

(文:竹内快)

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