「責任は自分で取る。それが未月っぽい」齊藤未月、ヴィッセル神戸完全移籍の真相。なぜ湘南ベルマーレは手放した?【コラム】

【写真:Getty Images】

●「ヴィッセル神戸で結果を出し続けた方が絶対にいい」

 1月12日、湘南ベルマーレが保有する齊藤未月が、ヴィッセル神戸に完全移籍することが発表された。なぜ齊藤は10歳から在籍する湘南を離れる決断を下したのだろうか。複数回に及ぶ期限付き移籍、復帰に1年を要する怪我、そして完全移籍に至る過程を、関係者の証言をもとに追っていく。(取材・文:藤江直人)
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 開幕前の下馬評を覆す快進撃とともに、ヴィッセル神戸がJ1リーグ戦の優勝争いをけん引していた昨年の暑い夏。湘南ベルマーレの眞壁潔代表取締役会長は、神戸が掲げる新たな戦い方、ハイプレス&ハイインテンシティーを体現していた齊藤未月と会話を交わす機会を持った。

 湘南から神戸へ期限付き移籍していた齊藤へ、眞壁会長は「今シーズンはすごく調子がいいね」と目を細めながら、キャリアハイの数字を残す勢いを見せていた中盤のダイナモの背中を押した。

「海外のスカウトも見に来ているみたいだし、このまま神戸で優勝争いをしていって、海外へもう一度チャレンジしてみろ。ウチに戻ってくる必要もないし、それが一番いいと思う」

 充実感を漂わせながら「そのつもりです」と答えた齊藤に、眞壁会長はさらにエールを送った。

「代表入りしようと焦るよりも、神戸で結果を出し続けた方が絶対にいい」

 8月19日の柏レイソル戦で齊藤が負傷退場。左膝に全治約1年という大怪我を負ったと神戸から発表されたのは、会話を交わしてから「1カ月くらい後だった」と振り返る眞壁会長は心を痛めた。

 齊藤は2021年2月にも、湘南から期限付き移籍したロシア・プレミアリーグのルビン・カザンでの練習中に味方と接触。右足首靱帯損傷で手術を受け、約4カ月にわたって戦列を離れている。

 湘南を通じて「これから先の自分の目標のために、今回の移籍はとても重要だと感じています」と決意を表し、新天地へ挑んだ直後に見舞われたアクシデント。出場資格のあった同年夏の東京五輪代表入りを逃し、ルビン・カザンも在籍1年、リーグ戦出場わずか2試合で退団せざるをえなかった。

 そうした経緯もあるからこそ、眞壁会長も「メンタル的には相当に大変だったと思う」と齊藤の胸中を慮った。しかし、いい意味で予想を裏切られた。柏戦の翌日に電話を入れたときだった。

●「アイツは本当に…」眞壁潔会長から見た齊藤未月

「そのときにはもう気丈に……空元気かもしれないと思いながらも、アイツは本当に気が強いというか、そういう一面をもともと持っていたなとあらためて思いました」

 直後に神戸から齊藤の怪我の詳細が発表された。左膝の関節脱臼、複合靱帯損傷と内外側半月板損傷。複合の内訳は前十字靱帯断裂、外側側副靱帯断裂、大腿二頭筋腱付着部断裂、膝窩筋腱損傷、内側側副靱帯損傷、後十字靱帯損傷で、全治まで「現時点で約1年の見込み」という前例のない重傷だった。

 ほどなくして神戸から連絡が入った。眞壁会長は「2週間後くらいだったかな」と記憶している。期限付き移籍を完全移籍に切り替える形で、齊藤をあらためて獲得したいというオファーだった。

 神戸の運営会社会長で、親会社の楽天グループ会長兼社長の三木谷浩史氏は、大怪我を負った齊藤が長期離脱を余儀なくされた直後に、自身のX(旧ツイッター)でこんな決意を発信していた。

「齊藤未月選手 この選手を守らないで、なんのためのサッカーか、なんのためのヴィッセルかと僕は思う。We walk together」(原文ママ)

 神戸として出した結論が齊藤と「一緒に歩んでいく(We walk together)」であり、期限付き移籍の延長ではなく完全移籍での獲得だった。眞壁会長はまず湘南の坂本紘司代表取締役社長へ連絡を入れた。

●会長が社長へ「最優先してほしい」と伝えたこと

「未月本人の意思を最優先させてほしい」

 そして、齊藤にもあらためて電話を入れて今後の交渉方法を確認した。

「契約事なので、今後は坂本と吉野(智行スポーツダイレクター)と話をしてほしい」

 湘南と齊藤は2024シーズン終了まで契約を結んでいた。一方で神戸への期限付き移籍は1年で満了を迎える。小学生年代のジュニアから湘南ひと筋で育ってきた、クラブ全体の至宝と言っていい齊藤に対して「じゃあ戻って来い、と無理やり言う必要もないと最初から考えていた」と眞壁会長は明かす。

「もちろん本人が戻ってきたい、と希望すればイエスでした。ただ、昨年に未月と話したときに『びっくりするくらい、ここでの練習はいいです』と言っていた。よほど手応えがあったんでしょうね。本当にアグレッシブだけど、攻撃になるとちょくちょく相手にパスをわたしていたアイツから、そういったミスがどんどん減ってきていた。大迫(勇也)選手をはじめとするベテランがそろっている環境で、毎日のように充実した練習ができている証だと思っていたところだったので」

 だからこそ、齊藤本人の意思を尊重した。そして、齊藤が選んだのは神戸への完全移籍だった。

 今月12日に行われた完全移籍会見。齊藤は「湘南ベルマーレに対して、決して思いがないというわけではありません」と断りを入れた上で、古巣と袂を分かち合う決断を下した理由をこう語っている。

●「思いをかなえてくれるのはヴィッセル神戸」

「育成から育ってきた湘南ベルマーレから移籍するのは、僕自身、特別な思いがあります。ただ、いつも自分の心に置いているのは、変化を恐れず、現状維持はせず、どんな変化もチャレンジだと見なして、その結果がどうであれやり続けていくのが自分の考えであり、その思いをかなえてくれるのが、いまはヴィッセル神戸だと思っています。強い思いを持ってここに来ていますけど、多くの方のサポートがあって実現したものであり、決して一人では成しえられなかったと思っています」

 齊藤の意思を尊重しながら、結果として完全移籍を後押しした眞壁会長はあらためてこう語る。

「怪我を完治させて、復帰を目指していく上で、未月がストレスを感じない環境を選ぶのが最も大事だと思っていました。向こう(神戸)のメディカルスタッフにも信頼を置いているみたいだし、そうした状況で本人が神戸への完全移籍を選ぶのであれば、われわれとしてもすごく納得がいくものでした」

 湘南としてもアカデミーで心技体を磨き続け、2019年5月から6月にかけてポーランドで開催されたFIFA・U-20ワールドカップでは日本の「10番」を背負い、キャプテンも務めた逸材を完全移籍で手放すのはあまりにも惜しい。それでも最後はプレイヤーズファーストの方針を貫いた。

 もっとも、ここで素朴な疑問が頭をもたげてくる。ルビン・カザンを退団し、復帰した齊藤は2022シーズンにガンバ大阪へ、昨シーズンには神戸へ期限付き移籍を繰り返したのはなぜなのか。

●齊藤未月のプライド「そこが未月っぽい」

「何だか世間でよく言われているような、智(山口智監督)が未月をプレイヤーとして評価していないとか、そういったことではないんです。まったく違いますよ」

 眞壁会長は苦笑しながら齊藤に関する記憶をたどり、意外な理由を明かしてくれた。

「ポルトガルのクラブとルビン・カザンが選択肢としてあったなかで、未月本人がカザンを選んだときに、ちょっとカッコよく『大成するまでは湘南には戻らない』とか『ちゃんと移籍金を残せるような結果を向こうで出してきます』とみんなの前で言っちゃったんですね。そうした経緯に加えて、怪我をして戻ってきたときには同じポジションで聡(田中)も伸びてきて、といった状況でガンバからオファーがあった。未月本人も外に出ていろいろな空気を吸いたいというか、勉強したいという意思も強く、その延長線上で神戸に、という感じですね。豪語して出ていった責任は自分で取る、何の結果も出さずに湘南に戻るわけにはいかない、と。未月のプライドを感じさせるというか、そこが未月っぽいですよね」

 前例のない大怪我を必死に乗り越えようとしているいま、神戸と結んだ3年プラス、オプションという長期契約とともに、図らずも齊藤が望んでいた移籍金を残して湘南を旅立つ状況が生まれた。

「ピッチの上で大好きなサッカーをしている姿を、家族やチームメイト、そしてファン・サポーターに見せ続けていきたい、という思いが、僕自身がサッカーをしている最大の理由です。これを念頭に置きながら、よりパワーアップした自分を目指しながら、これからの日々を過ごしていきたい」

●「遠藤航のように…」決して途切れない古巣との絆

 自分でこれだと決めたからには、もう振り返らない。前だけを見つめる。完全移籍会見で以前から大切にしてきた思いを明かした齊藤は、元気になった自分を見せたい対象をさらに広げた。

「ピッチを離れたときに、本当に多くの人に自分は支えられているんだ、とあらためて感じています。そういう人たちの心を動かすようなプレーをする自分を、これからも目指していきたい」

 カタールで開催されているアジアカップでは、ポーランドで日の丸を背負って共闘した鈴木彩艶、菅原由勢、伊藤洋輝、そして中村敬斗が森保ジャパンの一員としてアジア王者を目指している。彼らに続いて瀬古歩夢や小林友希藤本寛也、斉藤光毅、田川亨介もヨーロッパへ戦いの場を求めている。

「未月はもともと海外志向が強かったし、日本代表入りも目指していた。そうした思いのなかで、ちょっと遅咲きになっちゃうけど、(遠藤)航のようにステップを踏みながらもう一度、という意思はいまも強いと思っています。そのためにも神戸で焦らずに、じっくりとやっていってほしい」

 眞壁会長は目を細めながら、今月10日に25歳になったばかりの齊藤へ再びエールを送った。完全移籍で旅立っても、湘南というクラブとの間で育まれてきた絆は永遠につむがれる。眞壁会長をはじめとする、湘南に関わるすべての人々が神戸の地へ送る熱い想いが、2度の手術をへて、歩くといった日常生活では松葉杖もほぼ必要なくなった齊藤の完全復活を力強く後押ししていく。

(取材・文:藤江直人

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