ヴィッセル神戸主将の本音。「これほど残酷なことはない」悲鳴を上げた山口蛍の左膝【コラム】

【写真:Getty Images】

●優勝に感極まるヴィッセル神戸のキャプテン

明治安田生命J1リーグ第33節、ヴィッセル神戸対名古屋グランパスが25日に行われ、2-1で勝利した神戸がクラブ史上初のJ1優勝を決めた。キャプテンマークを巻く山口蛍は、この試合で怪我から復帰。2019年に加入した山口がこうして優勝シャーレを掲げるまでには、辛く険しい道のりがあった。(取材・文:藤江直人)
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<a href="https://www.footballchannel.jp/2023/11/26/post521895/7/" target="_blank" rel="noopener">【動画】山口蛍の涙。ヴィッセル神戸、優勝の瞬間がこちら</a>

 不意に言葉が途切れた。大迫勇也に続いて登場した優勝インタビュー。本拠地ノエビアスタジアム神戸のピッチ上で、左腕にキャプテンマークを巻いたヴィッセル神戸の山口蛍が男泣きした。

「個人的に最後、チームにすごく迷惑をかけてしまったので、ホームで戻ってきたいと思っていたし、間に合うかどうかギリギリだったなかで、間に合わせてくれたメディカルスタッフを含めて……」

 ここまで言うと、山口は首にかけていた特製の優勝タオルマフラーを握りしめた左手でおもむろに口元を、そして目頭を覆った。沈黙が続くなかで、スタンドからは「頑張れ」と温かいエールが降り注いでくる。大きく息をついた山口は潤んだ瞳で空を見上げながら、再び言葉を紡ぎ始めた。

「……家族の支えもありますし、チームメイトたちもずっと待ってくれていたので、最後、こうやっていい形で戻ってくることができて本当によかった」

 おそらくはこみ上げてくる熱い思いを必死にこらえながら、山口はインタビューに臨んでいたはずだ。4分台が表示された後半のアディショナルタイムをへて、清水勇人主審が優勝を告げる主審のホイッスルを鳴り響かせた瞬間から、実は山口の涙腺は決壊していたからだ。

 センターサークルの後方で仰向けに倒れ込んでしまった山口は、両手で顔を覆ったまま、しばらく動けなかった。川崎製鉄サッカー部を改め、1995年にヴィッセル神戸として再スタートを切ってから29年目で手にしたJ1リーグ制覇。普段はクールに映る山口の脳裏にはこのとき、どのような思いが駆け巡っていたのか。

●悲鳴を上げた左膝「これほど残酷なことはない」

「もちろん優勝できて嬉しい、という思いもありましたけど、僕のなかではやはり怪我も大きかった。状態によっては手術を受けなきゃいけなかったというか、本当に瀬戸際、ギリギリの状態だったので。ここまでサッカー選手としてずっとプレーしてきたなかで、自分のプレー強度に対して自分の体が本当によく頑張ってくれていたと思っていますし、そのなかで少し悲鳴をあげた結果として今回の怪我になってしまいましたけど、本当によく持ってくれたなっていう思いでした」

 涙の意味を明かした山口が、先発だけでなくベンチ入りメンバーからも姿を消したのは、敵地レモンガススタジアム平塚で10月28日に行われた、湘南ベルマーレとのJ1第31節だった。

 大迫のPKで追いつくも勝ち越せずに1-1で引き分け、連勝が3で止まった湘南戦後の公式会見。山口が欠場した理由を問われた神戸の吉田孝行監督は、微妙な表現に終始していた。

「怪我であるとは言えるが、次の試合に間に合うかどうかは日々の状況を見ないとわからない」

 山口の欠場は、今シーズンのリーグ戦で31試合目にして初めてだった。J1全体でも群を抜く運動量の多さとインテンシティーの高さを誇り、昨シーズンからリーグ戦で48試合続けて先発フル出場中だった鉄人の体に、深刻な事態が起こっていたとすぐにわかった。

 YBCルヴァンカップ決勝が行われた関係で日程が空いた続く第32節、11月12日の浦和レッズ戦も山口は欠場した。後半アディショナルタイムに決まった大迫のゴールで、埼玉スタジアムで劇的な勝利をあげた一戦でもベンチにすら入らなかった山口は名古屋戦後に、左膝を痛めていたと明かした。

「1年間ずっとやってきて、最後の最後になって、ピッチに立てないというのは正直、ちょっと考えられなかったし、これほど残酷なことはないとも思っていた。だからこそ絶対にピッチに立つという思いで、リハビリや治療を含めて、できることは本当にすべてやってきたつもりではいました。なので、ギリギリではありましたけど、今日の試合に間に合って本当によかった」

●イニエスタの退団でキャプテンは誰に?

 大迫のアシストから12分に先制点を決めていたMF井出遥也に代わる交代出場で、ファン・サポーターの拍手に出迎えられながら山口が戻ってきたのは58分。それまでゲームキャプテンを務めていた酒井高徳から腕章を託され、インサイドハーフでプレーしながら歓喜の瞬間を迎えた。

「僕の役割というか、あれ(キャプテン)に関しては高徳(酒井)が本当に完璧にこなしてくれていたと思っています。なので、僕は安心して(ピッチの外から)見ていました」

 自身の欠場中にゲームキャプテンとしてチームをけん引し、主戦場の右サイドバックに加えて、本来は山口が担うボランチやインサイドハーフでプレーした酒井へ感謝した山口は、一方で意外な言葉も残している。7月から当たり前のように左腕に巻いてきたキャプテンマークに関してこう打ち明けた。

「正直に言うと、僕、キャプテンを務めていますけど、ここまで5年間はアンドレス(イニエスタ)がずっとキャプテンで、夏にいなくなって、その後にクラブ側から正式にキャプテンと言われていたわけではないので。なので、自分がキャプテンだという自覚はあまり持っていなかったんですね」

 今シーズンの神戸の躍進は、ハイプレス、ハイインテンシティーに舵を切った戦い方の変化を抜きには語れない。その代償として出場機会が激減したキャプテンのアンドレス・イニエスタが、一人の選手としてより多くプレーできる状況を望み、契約を半年残していた7月に退団を選択した。

 後任を誰に託すのか、という点でチーム内外の思いは一致していた。山口以外には適任者はいなかったと言っていい。だからこそ、正式に告げなくても山口に、という流れになったのだろう。神戸を引っ張る覚悟をより強くしている山口も、キャプテン指名の件は実はそれほど深刻に受け止めていない。神戸市内のホテルで行われた優勝会見でも、この件を話して同席した三木谷浩史会長を笑わせている。

●ヴィッセル神戸加入から5年。「もう年齢も年齢だし、いつかはいなくなる身ではある」

 山口が神戸の一員になったのは2019シーズン。同じ関西圏のセレッソ大阪から「禁断の移籍」と当時は言われた。入れ替わりの早いサッカー界を象徴するように、同じ時期からいま現在も神戸に在籍している選手はGK前川黛也、DF初瀬亮、DF大﨑玲央、MF佐々木大樹の4人しかいない。

 酒井がハンブルガーSVから移籍してきたのは、山口の加入から約半年後の2019年夏。不動のセンターバックに成長した山川哲史も当時は筑波大で三笘薫のチームメイトであり、JFA・Jリーグ特別指定選手として神戸に登録されていた。大迫と武藤が加わったのは2021年の夏だった。

「僕も5年目になりますけど、長くはなかったですね。あっという間に過ぎた5年間でしたけど、どこまで自分がヴィッセルに貢献できているのか、というのはあまりよくわからない。もう年齢も年齢だし、いつかはいなくなる身ではあると思いますけど、今回のJ1リーグ優勝や(2020年1月の)天皇杯の優勝に少しでも貢献した、と思われるような選手であったならば嬉しいですね」

 チーム内で古参選手の一人になった山口は、思わず苦笑しながら神戸での日々をこう振り返った。一方で神戸というクラブを心から愛する一人として、熱い思いをその立ち居振る舞いに反映させてきた。

 例えば昨年夏。不振の真っ只中であえぎ続けた神戸が最下位に転落し、降格の二文字もちらついていた試合後に、挨拶に向かったスタンドの前で一部サポーターと激しく言い合ったこともある。

山口蛍が振り返る今季「一番きつかった」時期

「衝突したからといって、もちろんそのサポーターが嫌いというわけではない。ただ、今シーズンは優勝しましたけど、ここまでの過程で僕たちは決して強いチームではなかったと思っている。そのなかで天皇杯を取って、リーグ戦では3位に入ったなかでお互いに勘違いがあり、そういったものを見つめ直さなければいけなかったなかで、今シーズンはそれを求め合ってきた。そのなかで厳しい言葉をもらったし、僕たちの方から厳しい言葉をかけることもあった。そういう関係が本当のチームだと思うし、苦しい時期でもサポーターの声が僕たちのもとへ届いて、それがパワーに変わったこともあった。そういった点を含めて、本当にいい関係であり続けたと思っています」

 サポーターとの間で紡がれた絆が、本当の意味で強くなったシーズンだったと振り返った山口は、一方で怪我人が続出した事態にも言及している。鉄人を誇る酒井の欠場はすでに5試合を数え、新しい戦い方の象徴でもあったMF齊藤未月は8月に、全治約1年の大怪我を左膝に負って戦線離脱した。

「今シーズンで一番きつかったのは、夏場に未月が怪我をしたときで、その後の数試合は結果も出なかったし、あらためて未月がチームを助けてくれていた、というのも実感した。それでも大崩れもせず、引きずることもなく持ち直せたのは、今シーズンのチームの強さだと思っている」

 齊藤を欠いた夏場以降の厳しい戦いを、山口は万感の思いを込めながらこう振り返った。その過程で生まれた合言葉が、左腕のキャプテンマークにはしっかりと記されていた。「未月とともに」と。

●屈辱だった1年前のホーム最終戦「もう忘れました」

 自身が欠場した2試合を酒井がカバーしたように、お互いが助け合い、必死に穴を埋め合った。結果としてチーム力を高め合い、開幕節を除くすべての節で3位以内をキープしながら頂点を極めた。その証となるシャーレを真っ先に掲げたのは、言うまでもなくキャプテンの山口だった。

「正直、ちょっと複雑な気持ちではありましたけど、ただああいう経験ができるのは本当にごく限られた選手だけだと思うし、本当にチームメイトに助けられて掲げられたシャーレだと思うので、そこは本当にこれからも自分の記憶に残るものになるかなといまでは思っています」

 チーム側から正式にキャプテンに指名されていない件を再び持ち出しながら、思わず苦笑いを浮かべた山口は、サッカー人生で初めて掲げたシャーレの重みを問う質問にこう答えている。

「(想像よりも)重かったですね。はい」

 入院先を一時退院して、松葉杖姿で駆けつけた齊藤もシャーレを掲げるなど、感動的なシーンが続いた今シーズンのホーム最終戦。何とか残留を果たした後の昨シーズンのホーム最終戦を振り返れば、横浜F・マリノスに1-3で完敗を喫し、目の前でシャーレを掲げられていた。

「悔しかったけど、結果的に今年は自分たちがホームで優勝を決められた。なので、もう忘れました」

 2位で追走してくるマリノスが前夜にアルビレックス新潟と引き分け、勝てば即、優勝を決められる状況で迎えた名古屋グランパス戦で、一発回答とばかりに歓喜の雄叫びをあげた。11クラブ目のJ1リーグ優勝を果たした喜びとともに、山口は2023年11月25日を記憶にしっかりと刻み込んだ。

(取材・文:藤江直人

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