名古屋グランパス、歴代ガッカリ外国籍選手5人。リネカーだけじゃない…歴史に埋もれたW杯優勝メンバーも

1993年の開幕から28年目を迎えたJリーグでは、数多くの外国籍選手がプレーしてきた。活躍した選手もいる中で、期待を大きく裏切って帰っていった選手も少なくない。今回フットボールチャンネル編集部では、名古屋グランパスで活躍できなかった外国籍選手を5人紹介する。※年齢は加入当時のもの

【写真:Getty Images】

リーグ最高年俸の元W杯得点王

 1993年の開幕から28年目を迎えたJリーグでは、数多くの外国籍選手がプレーしてきた。活躍した選手もいる中で、期待を大きく裏切って帰っていった選手も少なくない。今回フットボールチャンネル編集部では、名古屋グランパスで活躍できなかった外国籍選手を5人紹介する。※年齢は加入当時のもの

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ゲーリー・リネカー(元イングランド代表)

生年月日:1960年11月30日(当時32歳)
在籍期間:1993年〜1994年
J通算成績:18試合出場/4得点

 1986年メキシコワールドカップの得点王で、レスター・シティやバルセロナ、トッテナムといったクラブでも輝かしいキャリアを築いてきた元イングランド代表FWはJリーグ開幕時の目玉選手の1人だった。当時のリーグ最高年俸選手でもあった。

 だが、期待には全く応えられなかった。キャリア終盤に差し掛かっており負傷に悩まされて1993シーズンはほとんどピッチに立てず。リーグ戦7試合に出場して1得点というお粗末な成績に終わった。翌1994シーズンは1stステージを全休したものの、結局コンディションは戻りきらず活躍は限定的なものに。リーグ戦11試合出場3得点という成績は、決して待遇に見合うものではなかった。

 1994年の2ndステージから名古屋グランパスに加入した“ピクシー”ことドラガン・ストイコビッチとの共演にも期待は集まったが、リネカーがまともに稼働できなかったためコンビを組めた時間はごくわずか。最終的には1994シーズン限りで現役引退を決断することとなった。現在は母国イングランドで名物解説者として人気を博している。

●1994年Jリーグ2ndステージ第22節:サンフレッチェ広島戦の先発メンバー

▽GK
ハーフナー・ディド

▽DF
飯島寿久
森直樹
ガルサ
小川誠一

▽MF
岡山哲也
小杉敏之
ジョルジーニョ
平野孝

▽FW
森山泰行
ゲーリー・リネカー

ブラジル代表のW杯優勝メンバー

ルイゾン(元ブラジル代表)

生年月日:1975年11月14日(当時29歳)
在籍期間:2005年
J1通算成績:6試合出場/4得点

 2002年日韓ワールドカップを制したブラジル代表メンバーで、名古屋加入直前にはサンパウロのコパ・リベルタドーレス優勝に貢献したFWだ。当然、エースとしての期待を背負って日本にやってきた。

 2005年8月20日のヴィッセル神戸戦でJリーグデビュー。そして9月3日の横浜F・マリノス戦から2試合連続で2ゴールを挙げる活躍を披露すると、出場6試合で4得点という好成績を残していた。

 ところが9月にネルシーニョ監督が解任されると、ルイゾンは母国ブラジルのサントスから高額オファーを受けてあっさりと移籍していってしまった。嵐のようにやってきて、たった2ヶ月で嵐のように去っていった。

●2005年J1第23節:柏レイソル戦の先発メンバー

▽GK
楢崎正剛

▽DF
角田誠
増川隆洋
秋田豊
中谷勇介

▽MF
山口慶
クライトン
安英学
藤田俊哉

▽FW
ルイゾン
杉本恵太

日本愛を隠さなかった期待の若手

ニコラ・ヤキモフスキー(北マケドニア出身)

生年月日:1990年2月25日(当時22歳)
在籍期間:2013年
J1通算成績:15試合出場/0得点

 ストイコビッチ監督の右腕としてヘッドコーチを務めていたボスコ・ジュロブスキー氏の推薦により、2012年12月の時点で翌シーズンの名古屋加入が発表されていた。北マケドニア(当時はマケドニア)のA代表歴こそなかったものの、攻撃的なポジションを幅広くこなせるマルチアタッカーとして期待されていた。

 しかし、なかなか日本のサッカーに適応できず、出場機会は限定的に。リーグ戦15試合の出場でノーゴールのまま、1年で名古屋を退団することとなった。SNSを駆使してチームメイトと積極的に交流し、離日後も日本愛を度々投稿していたが、Jリーグ再挑戦は叶っていない。

 名古屋退団後はセルビア1部のヤゴディナに加入。2015年以降はイタリアの下部リーグのクラブを中心に短期間で数多くの渡り歩いている。現在はセリエBのトラパニに所属している。

●2013年J1開幕戦:ジュビロ磐田戦の先発メンバー

▽GK
楢崎正剛

▽DF
田中マルクス闘莉王
ダニエル
牟田雄祐

▽MF
田中隼磨
ダニルソン・コルドバ
田口泰士
ニコラ・ヤキモフスキー
玉田圭司
藤本淳吾

▽FW
矢野貴章

元Jリーグ年間MVP

レアンドロ・ドミンゲス(ブラジル出身)

生年月日:1983年8月24日(当時30歳)
在籍期間:2014年〜2015年
J1通算成績:89試合出場/29得点
J2通算成績:122試合出場/33得点

 前シーズンは度重なる負傷により低調で、2014年は練習への遅刻など規律違反が重なって柏レイソルを解雇に。2011年のJリーグ年間最優秀選手賞に輝いた名手は、やや下り坂に差し掛かったタイミングで名古屋に加入した。

 もちろん攻撃の起爆剤として期待されたが、先述のようなトラブル続きでコンディションを落としており、さらに加入後も負傷が続いて満足にプレーできず。2014年の名古屋加入以降はリーグ戦11試合で2得点という平凡な成績に終わった。

 名古屋での2年目も開幕前から負傷に悩まされ、復帰したのは2ndステージも終盤に差し掛かった頃。約11ヶ月ぶりにピッチに戻ってきたが、以前のような輝きは戻ってこないままシーズンを終えることになった。結局2015年はリーグ戦3試合出場ノーゴールと存在感なく、契約満了とともに名古屋を退団した。

 その後は一度ブラジルに戻ってプレーしていたが、2017年夏に日本へ戻って横浜FCと契約を締結。肉体的な衰えは隠せいないものの、ボールを扱う技術は錆びついておらず昨季はチームのJ1昇格に貢献した。今季は5年ぶりのJ1への挑戦となる。

●2014年J1第16節:ベガルタ仙台戦の先発メンバー

▽GK
楢崎正剛

▽DF
牟田雄祐
大武峻
本多勇喜

▽MF
矢野貴章
ダニルソン・コルドバ
田口泰士
佐藤和樹
レアンドロ・ドミンゲス

▽FW
松田力
永井謙佑

新エースと抱き合わせでやってきた

ルドゥヴィッグ・オーマン(スウェーデン出身)

生年月日:1991年10月9日(当時24歳)
在籍期間:2016年
J1通算成績:9試合出場/0得点

 同胞のロビン・シモビッチとともにスウェーデンから加入した、大柄なセンターバックだ。名古屋は新エースのシモビッチを獲得するためにオーマンも同時に加入させる必要に迫られ、事前にプレーを確認することなく契約を結んだとの逸話がある。

 そして、大方の予想通りオーマンはJリーグで全く通用しなかった。大柄で小回りが効かないため、相手のアタッカーに簡単に振り切られる場面が多く、足もとの技術もJ1のレベルに達していなかった。序盤戦は一時レギュラーとして起用されていたが、大量失点の一因になっていたと言えるだろう。

 結局、急速に信頼を失ってリーグ戦は9試合出場のみに。2ndステージに至っては一度も出番が回ってくることはなかった。名古屋がJ2降格という最悪の結果に終わったことで、オーマン獲得の失敗はさらに印象を悪くしてしまった。なお、現在同選手はイングランド4部相当のグリムスビー・タウンでプレーしている。

●2016年J1開幕戦:ジュビロ磐田戦の先発メンバー

▽GK
楢崎正剛

▽DF
矢野貴章
ルドゥヴィッグ・オーマン
竹内彬
安田理大

▽MF
田口泰士
イ・スンヒ
古林将太
矢田旭
永井謙佑

▽FW
ロビン・シモビッチ

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