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ハーフナー・マイク、山あり谷ありのサッカー人生。神戸で示す自らの「生きる道」

この夏、ヴィッセル神戸に加入して6年ぶりの日本復帰を果たしたハーフナー・マイク。30歳の節目に新たな挑戦を決断した男は、低迷するチームを救うことができるのだろうか。これまでに乗り越えてきた苦難は数知れず。自信に満ちた笑みを浮かべる長身ストライカーは、一歩一歩ゴールに近づいている。(取材・文:舩木渉)

ヴィッセル神戸に加入したハーフナー・マイク。いまだノーゴールだが徐々に得点の匂いを漂わせている【写真:Getty Images for DAZN】

山あり谷ありだったハーフナーのキャリア

 この夏、ヴィッセル神戸に加入して6年ぶりの日本復帰を果たしたハーフナー・マイク。30歳の節目に新たな挑戦を決断した男は、低迷するチームを救うことができるのだろうか。これまでに乗り越えてきた苦難は数知れず。自信に満ちた笑みを浮かべる長身ストライカーは、一歩一歩ゴールに近づいている。(取材・文:舩木渉)

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 ハーフナー・マイクのキャリアは順風満帆と言えるだろうか。

 横浜F・マリノスでプロデビューを果たすも、アビスパ福岡とサガン鳥栖へ2度のレンタルを経験したのちに当時J2のヴァンフォーレ甲府へ移籍。そこでJ2得点王を獲得する活躍を見せてJ1昇格に貢献し、在籍2年目となった2011年はJ1で日本人トップの17得点を記録した。

 甲府時代の2011年に日本代表初招集、デビューも果たす。その実績を提げて2011年12月、オランダ1部のフィテッセへと移籍。念願だった欧州挑戦を叶えると、2年半で26ゴールを挙げ、スペインへと旅立った。

 しかし、ここでキャリア最大の逆境にぶち当たる。2014/15シーズン開幕前、2部からの昇格組コルドバに加入したハーフナーだったが、ウィンターブレイクまでの半年間でピッチに立ったのはわずか5試合のみ。ゴールからも遠ざかった。

 結局スペインでの挑戦は半年で終わりを迎え、およそ3ヶ月の無所属期間を経てフィンランドリーグの強豪HJKヘルシンキへ移籍。ここでも半年プレーしたのち、2015年夏にADOデン・ハーグへ籍を移しオランダリーグに復帰した。

 チームの絶対エースとして活躍していた2016年2月中旬、雪が降る中で行われたエクセルシオール戦で1ゴール2アシストを記録し、日本代表への復帰論が高まっていた頃、ハーフナーは「1年消えていたというのはマイナスでしかなかった」とこぼしていた。

 この1年とはコルドバとHJKヘルシンキでプレーしていた時期のことだ。フィテッセとの契約が満了になるタイミングで、オランダ国内でステップアップする選択肢もありながらスペイン行きを選び、キャリアが1年間停滞してしまった。

 実際、オランダに復帰した初年度は16ゴールを挙げて欧州主要1部リーグでの日本人最多得点記録を更新。チームの1部残留にも大きく貢献して、日本代表復帰も果たした。キャリアは再び軌道に乗ったかに思われた。

 ところがゼリコ・ペトロビッチ監督を迎えてスタートした2016/17シーズン、ハーフナーは絶不調に陥る。ゴー・アヘッド・イーグルスとの開幕戦で2ゴールを挙げたものの、その後はパタリとゴールが途絶え、前半戦はわずか3ゴールに終わった。

30歳の節目に日本復帰。オランダから神戸へ

 そして12月上旬にはふくらはぎを痛め、年明けからは耳や顎に不調をきたして2週間の入院を余儀なくされた。結局戦線離脱は2ヶ月間と長引いてしまう。その間に得点源を欠いたデン・ハーグは最下位に沈んでいた。

 2月に一旦復帰を果たしたハーフナーを、ペトロビッチ監督からバトンを引き継いだアルフォンソ・フルーネンダイク新監督は完全復活まで辛抱強く待った。ベストコンディションを取り戻した長身ストライカーは3月11日のNEC戦で8ヶ月ぶりのゴールを叩き込むと、出場しなかったAZ戦を挟んで5試合連続ゴールと大爆発。

 エースの活躍は力強くチームをけん引し、終わってみれば11位でフィニッシュ。苦しんだもののハーフナー自身もチームトップの9得点でシーズンを締めくくった。

 欧州の主要1部リーグで通算50得点を記録している日本人選手は、ハーフナーの他に香川真司しかいない。そんな大きな実績を積み上げてきたストライカーは、今夏6年ぶりにJリーグ復帰を決断する。7月3日にヴィッセル神戸加入が発表された。

「30歳という節目というのもありますし、そろそろ日本に帰りたいというのは自分の中にあったので、それでいいタイミングで声がかかってきた」と、神戸の新9番は日本復帰を決めた理由を説明する。

 そもそもハーフナーの日本復帰という噂は、オランダのシーズンが終わった直後の5月中旬から出ていた。ただ、デン・ハーグとの契約を1年残しているタイミングで、地元メディアに「31歳まではヨーロッパに残るつもり」と語っていた。

神戸は3連敗中。それでも現状を悲観せず

 だが、6月になって移籍話が動き始める。デン・ハーグのジェフリー・ファン・アスSD(スポーツディレクター)が地元メディアに対し「今すぐ日本に復帰するのがハーフナーの望み」と語り、具体的なオファーの存在こそ明かさなかったものの、現地報道には「ヴィッセル神戸」の名前が出始めた。

 トルコのトラブゾンスポルも興味を示しているという報道もあったが、結局ハーフナーが選んだのは慣れ親しんだ故郷・日本への復帰だった。

 選手登録が済むと7月29日のJ1第19節大宮アルディージャ戦からベンチ入り。今月9日のJ1第21節鹿島アントラーズでJリーグ再デビューを果たした。その間、チームは大宮戦の勝利を最後に3連敗している。

 決してチーム状態がいいとは言えない中でも神戸のネルシーニョ監督は新加入のFWルーカス・ポドルスキを先発出場で使い続け、ベンチスタートのハーフナーにも継続的に出番を与えている。エースとして前線にいるだけでボールが集まってきたデン・ハーグ時代とは違い、神戸では守備のタスクがあり、サイドに流れてチャンスメイクすることも求められる。

 それでも新しい環境への順応の難しさを肌で知る背番号9は「ここのところ実戦から結構離れていた時期も長かったので、それは自分も慣れなければいけないと思いますし、いま試合に出ているチームメイトと一緒に試合をしてきたのは少ないので、それはもうちょっとコミュニケーションをとったり、試合の中で連携を深めていければいいかな」と、現状を悲観せず自然体で構えている。

「そろそろある」と予想するチャンス。今こそ自らの価値を示す時

 欧州で当たり前だったプレー強度の高さと日本の主審の基準が合わない場面もある。13日行われたJ1第22節FC東京戦の70分、途中出場だったハーフナーは味方がヘディングで競った後のこぼれ球に反応し、DFを腕で抑えながら反転してループシュートでゴールネットを揺らした。

 しかし、東城穣主審の判定はハーフナーのファウル。これ以外でも厳しめのジャッジに天を仰ぐ場面が何度かあった。「得点でしょ、あれ」とループシュートの場面を振り返ったハーフナーは「本当はJリーグが(ヨーロッパの基準に)寄せなきゃいけないと思うんですけどね。まあしょうがないです。それにも慣れるしかない」と前を向いた。

 Jリーグに復帰してからまだゴールに恵まれていないが、FC東京戦でその時は近づいていると確信できた。GKのスーパーセーブに阻まれたものの、86分にはMF橋本和のクロスから武器でもあるヘディンシュートでゴールを強襲。劣勢の中、45分間のプレーでゴールになってもおかしくない場面を2度作った。

 おそらくハーフナー自身もゴールに近づいていることを感じている。FC東京戦後には「そろそろ点が欲しい」と野心を隠さず、「(スタメン出場は)そろそろあると思います」と述べてニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 神戸への入団会見で「得点が自分の生きる道」と語っていた30歳のストライカーは、欧州で絶対的な武器を磨き上げ、円熟味を増して日本に帰ってきた。彼は昨年2月に極寒のオランダで「これからの試合も結果を残していければ、選ばれるはず」と話した1ヶ月後、日本代表復帰を果たした有言実行の男だ。

 会話をしていても、いい意味でのギラギラ感は失われていない。いつも飄々としているが、胸の内に野心と闘志、自信を秘めている。ポドルスキに期待が集まるのはもちろんだが、11位に沈み不振にあえぐ神戸を救うのはクリムゾンレッドの背番号9をまとったハーフナーかもしれない。

(取材・文:舩木渉)