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中村憲剛、ラストシーズンに実感した後輩の成長 3度目Vは特別なタイトルの味「こんな幸せな40歳で…」

川崎フロンターレの中村憲剛【写真:Getty Images】

川崎フロンターレの中村憲剛【写真:Getty Images】

後半41分から途中出場した中村は主将マークを巻いてピッチに登場 「感動した」

 首位を独走する川崎フロンターレが25日、J1リーグ第29節ガンバ大阪戦で5-0の勝利を収め、4試合を残しての史上最速優勝が決まった。2位G大阪との直接対決で完勝。3試合を残して優勝した名古屋グランパス(2010年)、ヴェルディ川崎(ステージ優勝/1995年NICOS)を抜いて最速Vとなり、2年ぶり3度目の頂点に輝いた。今季限りで現役引退するMF中村憲剛は万感の思いでJ1制覇を噛み締めた。

 2位G大阪との直接対決で引き分け以上なら優勝が決まる一戦。90分間、川崎が攻守において圧倒した。前半22分、G大阪のカウンターを阻止してからの展開で、左サイドバックのDF登里享平がグラウンダーのクロスを入れると、飛び出したFWレアンドロ・ダミアンがダイレクトで合わせて先制。さらに、前半終了間際に魅せたのがMF家長昭博だった。CKからL・ダミアンが頭でつないだボールを左足で押し込み、追加点を奪った。

 後半開始からも川崎は攻撃の手を緩めない。同4分、三笘のパスに再び家長が合わせてゴール。同28分には家長がハットトリック達成となるチーム4点目を叩き込んだ。後半45分には、途中出場のMF齋藤学が決めて5-0とし、直接対決で文句なしの強さを見せた。

 4節残して史上最速V、さらにこの日で勝ち点3を積んで同75とし、2015年のサンフレッチェ広島と2016年の浦和レッズ(勝ち点74)を抜いて、最多記録を更新。24勝で最多勝利となる記録ずくめの優勝となった。

 この一戦で中村は後半41分からピッチに立った。交代の際にはMF大島僚太から主将マークを受け取った。後輩からの思いに思わず胸が熱くなった。

「俺は守田に渡すべきだと思ったんだけど、(大島)僚太が巻いてくださいと言ってきたので。僚太が入ってきたときのことを思い出して、あの時は感動した。(大島は)いろんなことを考えられる優しい子だけど、選手としても素晴らしいし彼のおかげで、彼がいるから、僕もここ5年ぐらい輝けた。本当に感謝している」

 2003年に中央大学から当時J2の川崎に加入し、04年にはチームのJ1昇格に貢献。以降はJ1の強豪に成長していくチームを大黒柱として支え続け、16年にはJリーグMVPを受賞した。翌17年にはJ1初優勝を成し遂げ、18年にはJ1連覇の偉業も達成。そして19年にはクラブ初のルヴァンカップ優勝も経験している。

大けがで長期離脱を経験…一方で見えた後輩の力 「みんなに感謝」

 しかし、昨年11月2日のJ1第30節サンフレッチェ広島戦(2-1)で左膝前十字靭帯損傷、左膝外側半月板損傷の重傷を負い、全治7カ月となった。選手生命を脅かす負傷だったが、懸命なリハビリの末に今年の8月29日に行われたJ1第13節の清水エスパルス戦(5-0)で復帰。10月31日のFC東京戦(2-1)では自身の40歳の誕生日に決勝点を決める活躍も見せたが、翌11月1日に今季限りでの現役引退を発表した。

 負傷で離脱するなかで、見えたのは後輩たちの成長だった。チームは再開後、10連勝とJ1記録となる12連勝を達成。首位を独走する強さを誇った。そして、掴んだ2年ぶり3度目の栄冠。今季で現役を終える中村にとっても格別なタイトルの味だった。

「今シーズンで引退というのは決めていて、あまり誰にも言っていないなか、ここまで後輩たちが自分が怪我して不在の間にも強いフロンターレを見せてくれていた。ここに乗っかって、しゃべらせてもらえているのはみんなに感謝。(強豪の)フロンターレなので、試合に戻るのは簡単じゃないのは分かっていたけど、試合に戻っていくことで成長することができた。こんな幸せな40歳でいいのか……引退する年にシャーレを掲げられるなんて幸せ者。全ての人に感謝したい」

 だが、まだ終わりではない。これでJ1リーグ1位と2位のみが出場できる天皇杯・準決勝への切符を掴み取った。もう一度タイトルを――。「リーグ戦がまだ残っているけど戦って天皇杯につなげていきたい」。ラストシーズンを最高の“二冠”という形で締めくくるため、中村は今この瞬間から再び走り始める。(Football ZONE web編集部・小杉 舞 / Mai Kosugi)

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