なぜ6万人を超える大観衆で埋まった名古屋vs新潟のルヴァン杯決勝が歴史的名勝負となったのか?
YBCルヴァンカップ決勝が2日に東京・国立競技場で行われ、名古屋グランパスが3-3から突入したPK戦を5-4で制してアルビレックス新潟を破り、3大会ぶり2度目の優勝を果たした。名古屋が前半に2点のリードを奪うと、新潟も後半終了直前にVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)の介入で獲得したPKをFW小見洋太(22)が成功。延長戦でも1ゴールずつを奪い合う死闘が歴代最多の6万2517人の大観衆を魅了し、雨中の聖地を最後まで熱狂させた。
新潟からサポーターが大移動
涙が止めどもなく頬を伝った。
天国と地獄とを分け隔てる運命のPK戦。先蹴りの新潟の2番手を担うもゴール右へ外し、登場した10人のなかでただ一人、失敗したFW長倉幹樹(25)は「自分のせいで負けてしまった」と、表彰式になっても顔を覆いながら号泣した。
FC町田ゼルビアとの準々決勝第1戦で大量4ゴールをあげるなど、通算6ゴールで大会得点王になった長倉を、チームメイトたちが必死に鼓舞する。キャプテンのDF堀米悠斗(30)は、胸を張りながらこんな言葉を残している。
「この大会に関しては、間違いなく幹樹がチームをここまで連れてきてくれた。悔しさはすぐには消えないと思うけど、自分たちには彼への感謝の思いしかない」
3大会ぶり2度目の優勝を狙う名古屋。そして、クラブ史上で初めてのタイトル獲得を目指す新潟。前売り段階でチケットが完売していた決戦は、大会歴代だけでなく、今シーズンのJリーグ主催公式試合のなかでも最多となる6万2517人が国立競技場のスタンドを埋める、壮観な光景のなかでキックオフされた。
その大半が両チームのサポーター。特に新潟は4本が増発された臨時便を含めて、2日午前10時台までの上越新幹線が指定席まですべて満席になり、約3万5000人ものオレンジ色のユニフォーム姿のサポーターが大移動した。
迎えた雨中の大一番。試合を動かしたのは名古屋だった。
ゴールキーパーから短いパスをつなぎ、相手ゴールに迫る新潟の十八番のスタイルに対して、前線からの激しいプレスで対抗。前半31分に新潟GK阿部航斗(27)の縦パスがずれたところを、FW永井謙佑(35)がワンタッチで押し込んだ。
11分後の42分にも追加点をゲット。守ってはハードワークで新潟のパスワークに重圧をかけ続け、ミスを誘発させた永井が声を弾ませた。
「体力が持つところまで、という感じでプレーしていました。疲れたらベンチのメンバーにバトンをつないで、という意識で前半からやっていました」
3バックとマンツーマンディフェンスをベースに試合を進める名古屋に対して、新潟も松橋力蔵監督(56)のもとで、J2リーグを制した2022シーズンから積み上げてきたスタイルをこれでもかと、真っ向から貫き通した。
さらに後半途中からは、個の力に長けた選手たちを次々と投入する。右サイドを活性化させたMFダニーロ・ゴメス(25)のクロスを、MF谷口海斗(29)が頭で叩き込み、1点差とした1分後の27分に指揮官は勝負をかけた。
谷口に代えて投入した小見が、松橋監督からかけられた言葉を明かす。
「監督から『1点を取ったら、流れが変わる』と言われていたなかで、(谷口)海斗くんがゴールを決めてくれた。そして『若い力でひっくり返してこい』と」
6分が表示された後半アディショナルタイムに、ドラマは起こった。
ペナルティーエリア内の左で縦へ仕掛けた小見を、名古屋のMF中山克広(28)が倒す。ファウルなしで流された直後にVARが介入。福島孝一郎主審(40)によるOFR(オンフィールド・レビュー)をへて、判定がPKに変更された。時計の針はこのとき、アディショナルタイムを大幅に超えて後半56分を回ろうとしていた。
決めれば延長戦に突入し、外せば敗戦が決まる運命のPK。約30回も足踏みする独特の助走からゴール右隅へ流し込んだ小見は、名古屋に再び勝ち越されて迎えた延長後半6分にも、長倉のスルーパスを今後は左足で同点ゴールに変えた。
迎えたPK戦でラストの5番手を務めた小見は、大胆不敵にも試合中に決めたコースへ再びボールを突き刺す。直後に名古屋のFW山岸祐也(31)も決めて、死闘に終止符が打たれた試合後には、悔しさを押し殺しながらこんな言葉を残している。
「ここ最近、分のパフォーマンスがうまくいっていなかったけど、調子が悪いなどと言っていたら何も変わらない。自分に対して『ひと皮むけるなら、今日しかない』と言い聞かせて臨んだなかで、サッカー人生で一番楽しい日になりました」
通算5個目の国内三大タイトルを手にした名古屋だが、セレッソ大阪を2-0で破った2021年大会のルヴァンカップ決勝から、今回も引き続きプレーしたフィールドプレイヤーは、実はMF稲垣祥(32)しかいいない。
指揮官も長谷川健太監督(59)に代わるなど、新陳代謝が進められた名古屋を支えてきた3年前のMVPは、試合後にこんな言葉を残しながら笑った。
「今回は本当にストーリーがいろいろとありすぎました」
悲願の初戴冠を目指して、チームとファン・サポーターが一体になった新潟もストーリーのひとつ。ゴール裏スタンドから感じ続けたプレッシャーに「さすがは新潟さんというか、ものすごいものがあった」と敬意を表しながら、自チームへ目を移した。
名古屋の至高のストーリーは、キャプテンの守護神ランゲラック(36)となる。
2018シーズンから名古屋のゴールマウスを守ってきたランゲラックは、すでに今シーズン限りでの退団を表明。獲得できる可能性が唯一、残されていたルヴァンカップを優先させて母国オーストラリア代表への復帰要請に断りを入れ、アジア最終予選の期間中だった10月に行われた横浜F・マリノスとの準決勝でもプレーした。
優勝をかけたPK戦。3年前に稲垣とともに戴冠している守護神は、身長193cm体重79kgの巨躯をさらに大きく見せて長倉の失敗を誘い、直後には2番手のキッカーとしてゴール左へ正確なキックを完璧に決めて決勝戦のMVPを獲得した。
「この大会で優勝したいとずっと思ってきた。優勝をもって最高の終わり方ができると信じていたし、それを実行できて本当にうれしく思っている」
MVPとのダブルの喜びに言葉を弾ませたランゲラックは、決勝へ臨むうえでチーム内での合言葉になっていた「ミッチ(ランゲラックの愛称)のために」に対する思いを問われると「正直、心地よくないものだった」と苦笑いを浮かべている。
「自分に対してではなく、サポーターを含めたクラブに関わるすべての方々のために、チームの全員が全力で戦うべきだと思っていたので」
試合後の公式会見。ガンバ大阪、FC東京に続いて指揮官として3度目の大会制覇となった長谷川監督が、胸中に秘めてきた本音を打ち明けた。
「10月以降はほぼルヴァンカップ制覇にかけてきました。本来はそうであってはいけないとわかっていますが、それでもこの大会を重視して戦ってきました」
あと一歩届かなかった新潟の松橋監督も、他のチームとは一線を画す独自のスタイルを標榜し続ける決意を新たにしながら、サポーターへ感謝の思いを届けている。
「苦しいときを含めて、どんなときでもわれわれを見捨てずに後押ししてきてくれた方々に、少しはいい景色を見せられたのかな、と思う。今日は下を向くかもしれないけど、明日からはしっかりと前を向いて次への準備を進めていきたい」
キックオフ前から大観衆が予想された雨中の大一番を、両チームに力強く脈打つ哲学と戦術の応酬がさらにヒートアップさせた。そして、もうひとつ。延長戦を含めた120分間の死闘でカードが1枚も提示されなかった、熱さと激しさのなかでもフェアプレー精神を最後まで貫いた選手たちの姿が、歴史的な名勝負を生み出していた。
(文責・藤江直人/スポーツライター)
11/03 06:41
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