嫌がらせ?駆け引き?J1町田が浦和コーチにロングスロー時にボールを拭くタオルを“強奪”される“ひと悶着”の末に首位陥落

 J1のFC町田ゼルビアが武器の一つとしているロングスローを巡って珍騒動があった。31日に国立競技場で行われた浦和レッズ戦の開始10分、日本代表に初選出されたDF望月ヘンリー海輝(22)がロングスローを試みる前にボールの表面を拭くために用意していたタオルを浦和のフィジカルコーチが強奪した。時間を浪費するとして問題視されてきたタオル使用への抗議と見られる。終了間際に追いつき、2-2の引き分けた町田は5月19日から守ってきた首位を、破竹の7連勝をマークしたサンフレッチェ広島に明け渡した。

 「ボイってやられちゃいました」

 ボールを手にした望月が何ごとかと思わず驚いた表情を浮かべた。
 前半10分に浦和のベンチ前で獲得した、この試合で2度目のスローイン。開始2分の1投目に続いて望月がロングスローの準備に入り、あらかじめビニール袋に数枚を入れて用意していたタオルで、ボールの表面を拭こうとした瞬間だった。
 浦和ベンチからヴォイテク・イグナチュク・フィジカルコーチ(38)が脱兎のごとく飛び出し、望月の眼前でビニール袋ごとタオルを強奪したからだ。
「自分がボールを拭こうとしたタオルをポイってやられちゃいました」
 前代未聞といっていい場面を、苦笑しながら振り返った国士舘大卒のルーキーはまったく意に介さずに、別の場所に置いてあったビニール袋から新たにタオルを取り出し、浦和ゴール前へロングスローを投げ込んだ。試合後にはさらにこう続けている。
「近くにもう一個あったので、自分の感覚的には『まあ、いいかな』と。そういう(タオルを回収される)こともあるんだな、みたいな感じで思っていました」
 今シーズンから初めてJ1の舞台を戦っている町田は、高校サッカー界の強豪、青森山田高から異例の転身を遂げた黒田剛監督(54)のもとで、J2リーグを制した昨シーズンから武器のひとつにすえてきたロングスローを多用してきた。
 タッチライン際にはタオルを配置し、投げる際にボールが滑らないように、スローワーに指名された選手は多くの場合で事前に表面を拭いている。これが時間を余計に浪費させているとして、2月の開幕からクローズアップされてきた。
 もちろんルールに違反しているわけではない。これまでも「ボールをタオルで拭く町田の行為を、問題だと感じているのか」と問われた、対戦相手だったアビスパ福岡の長谷部茂利監督(53)はこの質問を言下に否定。この試合では福岡もロングスローを、ボールの表面を拭いたうえで投じている。
 相手の研究や対策も進んできた状況で、最近の町田はロングスローをあまり投じていなかった。しかし、台風10号の影響で間断なく雨が降り、国立競技場のピッチが重馬場と化していた浦和戦では開始直後から封印を解いた。タオルが雨に濡れないように、ビニール袋に入れる対策を講じたうえで数カ所に置いていた。
 浦和のイグナチュク・フィジカルコーチはその後も、自軍のベンチ前に置かれていた町田のビニール袋を次々と別の場所に移し、さらにタオルを取り出して雨に濡れた自分の頭や顔を拭いている。ややエスカレートした同コーチの行為に対しては、さすがに第4審判員の上原直人氏(34)が口頭で注意を与えている。
 さらに町田も上原審判員へ抗議しながら、ビニール袋の中身を入れ替えている。こうなってくると、タオル使用に対する抗議以外にも狙いがあると思えてしまう。この一戦を生配信していた実況は、こんな言葉で浦和の意図を説明していた。
「かなりの嫌がらせをしながら、そんな駆け引きを演じています」
 試合は直近の5試合で1勝2分け2敗と、足踏み状態に陥っていた町田が前半37分に、解任されたペア=マティアス・ヘグモ前監督(64)に代わり、池田伸康暫定監督(54)が初めて指揮を執る浦和に先制されて前半を折り返す。迎えた後半。黒田監督はシステムをそれまでの[4-4-2]から[3-4-1-2]へスイッチして反撃を試みた。

 

 

 その上で望月に代えて、ロングスローをより得意とするだけでなく、セットプレーでも右足から精度の高いキックを放つDF鈴木準弥(28)を投入。鈴木は4度のロングスローを試みたが、エンドが変わっていた関係で浦和はタオルを回収できなかった。
 そのなかで後半4分に左サイドを崩し、FWナ・サンホ(28)が放ったクロスから194cmの長身FWオ・セフン(25)が頭で同点弾を決めた。しかし、前後半を通じて17本と浦和の6本の3倍近いシュートを放ちながら決定力を欠き、逆に同42分にFWチアゴ・サンタナ(31)に勝ち越しゴールを奪われしまった。
 首位に立っていたとはいえ、町田はキックオフ前の段階で、6連勝と波に乗っている広島に勝ち点で2ポイント差まで肉迫されていた。
「公式記録では17本のシュートを放っているが、なかなか1本が入らず、フリーの状況であるとか、無人のゴールに対してもゴールが入らない展開になった。プレッシャーはあるんでしょうけど、技術のなさが最後までつきまとう試合だった。矢印を向けてこの先へ進まないと、今後も似たような試合展開が続くと思う」
 黒田監督は後半アディショナルタイムの53分にFWエリキ(30)がゴールを決めて、引き分けで終えた浦和戦をまずこう総括した。そのうえでFC東京を3-2で振り切り、同一シーズンにおけるクラブ新記録の7連勝をマークした広島に勝ち点55で並ばれ、得失点差で後塵を拝して2位に後退した現実を正面から受け止めている。
「かなり過酷な終盤戦に入っていくが、もう一度顔を上げて、自分たちのサッカーができるという強い気持ちを持って臨んでいきたい。多くの反省材料があるなかで、最後の最後に追いついた展開をポジティブにとらえていきたい」
 開幕直後の挑戦者から追われる立場へと変わった今シーズン。5月19日の東京ヴェルディ戦を5-0で制し、首位に立ってから105日目。J1で優勝経験をもつ後続集団のなかの広島にとらえられ、ついに1位の座から陥落した。
それでも、鹿島アントラーズ時代に数々の修羅場をくぐり抜けた経験をもつ、キャプテンの元日本代表DF昌子源(31)は試合後に必死に前を向いた。
「広島さんがどこかでつまずいてくれ、と願っている間は、僕たちは絶対に上にはいけない。その意味でも、自分たちに矢印を向けていかなければいけない」
 年間38試合を戦う長丁場のシーズンも残り9試合。敵地・エディオンピースウイング広島に乗り込む28日の広島との直接対決が、J2から初めて昇格したチームが即優勝する、Jリーグ史上初の快挙を狙う町田の命運を握る展開になってきた。
(文責・藤江直人/スポーツライター)

ジャンルで探す