相手キーマン完封で天皇杯制覇 神戸DF酒井高徳が体現した“スキを見せない王者の戦い”

 ガンバ大阪とヴィッセル神戸の関西勢対決となった天皇杯 JFA 第104回全日本サッカー選手権大会決勝。5万6000人超の大観衆が集まった国立競技場でタイトルを手にしたのは、2023年J1王者で、今季リーグ戦2連覇に王手をかけている神戸だった。

 GK前川黛也のロングボールを途中出場の佐々木大樹が競り、こぼれ球を大迫勇也が左サイドに展開。これを武藤嘉紀が蹴り込み、DFに当たって跳ね返ったボールを宮代大聖が仕留めるという64分の決勝点を最後の最後まで守り切り、1-0でしぶとく勝利。実に神戸らしいしたたかなゲーム運びが光った。

「正直。今日のサッカーは、プレーしていた選手の誰も満足していなかった。ハーフタイムも『全然うまくいっていない』という話になった。でもそれでネガティブな方向に走るのではなくて、やるべきことをしっかりやる。失点をしない、切り替えのところを速くする、前にしっかり進むというチームのベースを発揮できるかどうかでタイトルを取れるかどうかが変わる。僕らはその姿勢を一瞬たりとも崩さず、そのまま貫き通した。それは勝因につながったと思います」

 語気を強めるのは右サイドバックの酒井高徳。実はこの日、喉からくる風邪で明らかな鼻声だった。鼻が詰まり、試合中も息苦しさを覚えながらピッチに立っていたという。そればかりではない。今季は負傷が多く、直近10日の東京ヴェルディ戦も欠場を余儀なくされていた。吉田孝行監督も「正直、万全とは言えない中、この決勝によく合わせてくれた」としみじみ語ったが、本当に間に合うかどうかはギリギリの状況だったのだ。

 そんな状態にも関わらず、この日はG大阪のキーマンを次々と封じた。前半はかつて日本代表で共闘した倉田秋が対面にいて、背後から黒川圭介も上がってくるため、1人で2人を見なければいけないこともあった。それでも百戦錬磨の男は体を張って相手を阻止。危ないチャンスを作らせなかった。

 スコアレスで折り返した後半。敵将のダニエル・ポヤトス監督はウェルトンを投入。酒井高徳は爆発的な突破力を誇る助っ人外国人とのマッチアップを強いられた。そこで堂々と対峙したかと思いきや、今度はファン・アラーノが登場。ウェルトンが右に行き、左はアラーノという状況になったが、背番号24は動じることなく自分の役割を確実に遂行。最後の最後まで失点を許さなかった。

「誰が来たとしても、しっかりとポジションから対応することが大事。特にこういう一発勝負では“一瞬のスキ”が命取りになると思っていました。選手が変わって特徴が変わるというのはありますけど、セオリーを崩さない限り、そう簡単にやられることはない。相手の力強さはあったけど、僕としては連携で崩してくる相手の方が嫌だった。割とクリアな状態で守備ができたと思います」と本人も自信をのぞかせた。

 自身が長くプレーしたブンデスリーガ時代の映像を今もしばしば見返し、その強度やタフさを脳裏に焼き付けているという話をしていたが、日本に戻って5年以上が経過しても世界基準を意識した高いレベルを維持し続けているというのは、本当に称賛に値する。

 思い返せば、彼が加わった2019年シーズンに神戸は天皇杯初制覇を果たしたが、あれから5年が経過した今、同じタイトルを取れたのも、33歳になった酒井がチームを力強くけん引し続けていることが大きい。加えて言うと、神戸は当時より選手層も戦い方の幅も広がり、チームとしての成熟度を増している。それも彼のピッチ内外の立ち振る舞いが大きく寄与しているのは間違いないだろう。

「(前回の天皇杯優勝の頃に比べて)選手層はすごく厚くなったと感じます。出ている選手が同じ絵を描きながらやれているので、チームの結果がついてきている。若手もいい意味でエゴを出してくれているし、ベテランと若手がうまく共存できている。今は誰を出しても安定した戦いができるようになったと思います」

 酒井が指摘する通り、今季の神戸は彼が欠場しても、今季加入組の鍬先祐弥、若手の日髙光揮らが入って確実に埋めていた。キャプテンの山口蛍が長期離脱を強いられた際も井手口陽介、鍬先が的確なプレーを見せ、チーム力低下を防いだ。吉田監督もAFCチャンピオンズリーグエリートが始まる秋以降に備えて早い段階からローテーションにトライし、戦力アップに努めていた。そういったマネジメントもプラスに働いているのは確かだ。

「そういう中で、今日も勝てるサッカー、負けないためのサッカーをピッチ上で話していく中で、『一つのチャンスを待つ』ということができた。ワンチャンスを決め切れたのが忍耐強くなっている証拠。自分としてはいい試合だとは全然思わないけど、勝ったのは僕ら。タイトルを取ろうと思うなら、いい意味での割り切りは大事ですね」

 ベテラン右サイドバックの言葉の端々にはチャンピオンの風格が漂っていた。それをさらなる確信に変えるためにも、神戸は残るJ1タイトルも獲得し、今季2冠でシーズンを終えることが必要不可欠。酒井高徳の重要タスクはまだ終わっていない。

取材・文=元川悦子

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