【日本人初の「W杯開幕戦」主審・西村雄一に聞く】「1試合の走行距離は選手より多い12キロ」サッカーの主審に欠かせない「展開予測能力」とは何か

2014年のブラジルW杯開幕戦の開始前、ウォーミングアップする主審の西村雄一氏(中央)ら。主審の1試合の走行距離は選手より多い(時事通信フォト)

 2026年開催のW杯本戦出場に向けて、サッカー日本代表の戦いが続いている。サッカーの試合の観戦中はボールの行方や両チーム合わせて22人の選手の動きに目を奪われる一方、ゲームを捌く「主審」に注目する人は少ないかもしれない。1試合の走行距離は選手以上になるという、他競技と比べても過酷なサッカー審判の仕事について、日本人初の「W杯開幕戦」主審を務めた西村雄一氏に、『審判はつらいよ』の著者・鵜飼克郎氏が聞いた。(全7回の第3回。文中敬称略)

【写真2枚】国際審判員を退任後、JFA「プロフェッショナルレフェリー」として活躍する西村氏

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 試合のピッチにいる審判員は、主審の他に2人の副審、第4の審判員がいるが、試合進行や反則の判断など、試合に関するすべての決定の権限は主審にある。ピッチの両サイドに配置された副審は旗を使ってオフサイドやアウトオブプレーについて合図を示すが、その最終決定は主審に委ねられる。第4の審判員は選手交代やアディショナルタイムの表示など試合進行に関わることをサポートし、主審や副審が試合のジャッジに集中できるように環境を整える。

 全国規模の大会は長辺(タッチライン)105メートル、短辺(ゴールライン)68メートルの長方形のピッチで行なわれるが、主審はその広いエリアを1人で動き回りながら、両チーム合計22人が絡むすべてのプレーを判定する。この「受け持つ範囲の広さと人数の多さ」こそがサッカー主審の特徴であり、難しさでもある。

 テニスやバレーボールのようなネットスポーツの審判(主審)は、椅子に座ってジャッジするのでプレー中に動くことはない。競技エリアの広さではサッカーを上回る野球だが、ストライクとボールの判定がメインとなる球審の移動範囲はごく限られ、他の塁のジャッジは塁審に委ねている。

 格闘技の審判の動きは激しいが、相撲は直径4.55メートル(15尺)の円内、柔道は9.1メートル四方(国際大会は8〜10メートル四方)の正方形内で競技が行なわれ、そこにいる選手は2人だけ。しかも1勝負の時間は数秒から数分程度だ。

 広大なスペースを長時間走り回り、激しく動く選手たちのプレーを途切れることなくジャッジをするサッカーの主審について、他のスポーツの審判が「信じられない」と口を揃えるのも頷ける。

 国際審判員を42歳で退任後、現在はJFA(日本サッカー協会)のプロフェッショナルレフェリーとしてJリーグで審判員を務める西村雄一が言う。

「主審の動きには“法則”があります。2人の副審とバラバラに動くのではなく、主審がピッチの対角を軸に動き、副審は主審の位置から遠くなるサイドのタッチラインの半分を担当します。その配置であれば主審と副審が異なる角度から競り合いを見ることができ、3人の誰かが常にボールの近くにいられるわけです」

 副審のサポートを受けているとはいえ、主審は正確なジャッジができるように、常にプレーを見やすい位置にポジションを取り続ける。そのため1試合(90分間)で走る距離は12キロ前後になる(プロサッカー選手の1試合走行距離は平均10キロといわれている)。

「審判はそれぞれのカテゴリーに適した体力的負荷に耐えられるようにトレーニングし、試合当日にベストコンディションで臨めるように調整します。ランニングをベースとしたトレーニングと、機敏性や俊敏性、巧緻性(体を巧みに動かす能力)を高めるアジリティトレーニングが中心です。サッカーの試合には緩急がありますから、フルスプリントからジョグまでいろいろな走り方をまんべんなく鍛えています。トレーニングの一環として練習試合を担当させてもらうこともあります」

高速カウンターに対応するためのテクニック

 自陣ゴール前でボールを奪ってからわずか10秒足らずで相手ゴールに到達する高速カウンターも珍しくない。そうしたプレーでも主審にはプレーを追いかけるためのテクニックがある。

「ゲーム中はボールを保持する選手に追いつこうとは考えていません。私が考えているのは、常に“攻撃側の一員”になったつもりで予測すること。サッカーは点を取るスポーツなので、試合の構造は“攻撃vs.攻撃”です。ボールを保持している側が、どのタイミングでどう攻めたいのかを予測することで、攻撃側の展開に連動した効率的な動きが可能になります」

 この「展開予測」はサッカー審判に求められる独特の能力だと西村は語る。

「カウンター攻撃が得意だとか、特定のサイドを俊足の選手が駆け上がるとか、そのチームの攻撃パターンを事前学習しておくことは大切ですし、そうしたチームカラーを頭に入れていない審判はいないでしょう。ただし、私はその情報に頼りすぎないようにしています。例えば、試合環境やピッチコンディション、選手交代による戦術変更や、試合終盤の疲労が溜まっている時間帯など、その状況によって事前学習とはまったく違う展開が起きるからです。最終的には目の前で起きるプレーがすべて。その都度、選手たちの動きを見ながらどうやって攻撃するのかを予測し、それに連動して動くしかないのです」

(第4回に続く)

※『審判はつらいよ』(小学館新書)より一部抜粋・再構成

【プロフィール】
鵜飼克郎(うかい・よしろう)/1957年、兵庫県生まれ。『週刊ポスト』記者として、スポーツ、社会問題を中心に幅広く取材活動を重ね、特に野球界、角界の深奥に斬り込んだ数々のスクープで話題を集めた。主な著書に金田正一長嶋茂雄王貞治ら名選手 人のインタビュー集『巨人V9 50年目の真実』(小学館)、『貴の乱』、『貴乃花「角界追放劇」の全真相』(いずれも宝島社、共著)などがある。サッカーをはじめプロ野球、柔道、大相撲など8競技のベテラン審判員の証言を集めた新刊『審判はつらいよ』(小学館新書)が好評発売中。

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