駒野友一が今治で脱いだ2つの殻。チームの「怒り役」と、料理男子。

本拠地のピッチを前に笑顔で撮影に応じてくれた駒野友一。37歳、今治の地で今もなお健在だ。 photograph by Toshihide Ishikura

 夕方になると、台所に立つのが日課になった。

「お昼は外で食べるので、夕食も外で済ませようと考えていたんです。でも嫁さんに『外食だと量が少ないし、栄養のバランスも良くないよ』と言われて、背中を押されました。嫌だな、と思ったんですけどね(笑)」

 それまで部屋になかった炊飯器と電子レンジ、鍋を購入し、レシピは夫人から送ってもらった。

「食材を買いに行って、自分で作って食べていると『家で作るのもいいな』と思って。スーパーでの買い物も、最初は面倒でしたけど、いまでは積極的に行きますよ(笑)。冷蔵庫に野菜が残ったら、それで作れるメニューを検索したり、嫁さんに聞いたりしています」

料理が終わったら洗濯機を回して。

 料理が終わったら、食べている間に洗濯機を回す。

「ネットに入れて、生地が傷まないようにして洗っています。洗剤は、汗や匂いがしっかり取れるものを選びました。これまで全部任せていたので、ありがたみが分かります」
夕食を食べ終わったら食器を洗い、洗濯物を干して、寝る。

 単身赴任のサラリーマンではない。JFL・FC今治の元日本代表DF駒野友一は、そんなサイクルの日々を過ごしながらシーズンを戦っている。

 2000年にサンフレッチェ広島ユースからトップチームに昇格してプロになり、最初の1年間は練習着を自分で洗濯していた。だがその後は、移籍してプレーしたジュビロ磐田、FC東京、アビスパ福岡も含め、脱いでおけば洗濯してくれるスタッフがいた。

 食事は、プロ最初の2年間は寮で用意されていた。3年目に1人暮らしを始め、少しだけ自分で作った時期があるものの、ほどなく現在の夫人が作るようになり、以降は任せっきり。磐田を離れたのを機に単身生活を始めたが、FC東京、福岡とも寮で暮らしていたので、食事は用意してもらっていた。

岡田武史からかかってきた電話。

 部屋を借りての1人暮らし。自分で練習着を洗うのも、食事を作るのも十数年ぶりだが、「なかなか新鮮ですよ。特に料理は自分で作ると、のめり込みますね」と笑う。37歳で迎えたキャリアの新たな挑戦を、ピッチ内外で楽しんでいる。

 昨年11月、福岡から契約更新の意思がないことを告げられると、続けて3人から電話がかかってきた。

「契約を更新しないと告げられた翌日に、小野剛さんから『来年、一緒にやらないか』と電話がありました。次に木村孝洋さんから電話があり、同じことを言われて。最後に岡田武史さんからも電話があって、『J3昇格の力になってほしい』と言われました」

 昨季までFC今治で育成年代を担当し、今季から監督を務める小野氏は、駒野が広島ユースに所属していたときのユースダイレクターで、広島のトップチームや、U-20、U-21日本代表でも指導を受けた間柄。

 FC今治のトップチームグループ・グループ長の木村氏は、広島ユース時代の監督で、トップチームでもコーチ・監督を務めた。FC今治の代表取締役会長の岡田氏は、言わずと知れた元日本代表監督。3人の歴代指導者から、熱心に誘われた。

妻からも受けたアドバイス。

 Jリーグのクラブでプレーを続けたい思いはあったものの、自分で決めた期限までにオファーは届かなかった。

「電話をいただいた3人は、これまで指導を受けた方々ですし、嫁さんにも『恩返しのために、一緒にやるのがいいんじゃない?』と言われました。それまでFC今治やJFLのことは知りませんでしたが、電話をもらってから調べて、JFLからJ3、J2と階段を上っていくことにも魅力を感じたので、年内にはFC今治に行くことを決めました」

 Jリーグ通算出場数は500試合以上、早くから年代別代表に選ばれ、ワールドカップも2大会に出場。FC今治はもちろん、JFL全体を見渡しても群を抜く実績の持ち主の加入に、小野氏は多くの点で期待を寄せている。

「FC今治はアマチュアから四国リーグ、JFLと上がってきたクラブ。駒野のようなプロフェッショナルの生きざまを、若い選手たちが見ながら育っていけることが、クラブの良い文化になっていくと思いました。

 自分もこれまでの経験を踏まえて、いろいろと選手に言いますが、監督という立場だと、どうしても上から目線のようになってしまう。ロールモデルの選手がいるのは、特に若い選手には重要で、ああいう選手になりたいと、背中を見て育ってほしいと思っています」

目標はJFLで優勝して、J3昇格。

 期待が大きいのは、岡田氏も同じだ。

「チームで一番タフに練習に取り組んでいるし、一生懸命やってくれています。Jリーグでやりたいという思いがある中で、最後は思い切って決断して、今治に来てくれた。ありがたいですよ」

 2017年にJFLに昇格し、早期のJ3昇格を目指していたFC今治は、想定に反して今季で3年目のJFLを戦っている。

 JFL2年目の昨季は成績不振を受け、6月に当時の吉武博文監督が事実上の解任に。工藤直人コーチが後任監督となってシーズン終盤に巻き返し、昇格圏内の4位につけていたが、最終節の1つ前で痛恨の黒星を喫し、最終的に5位でJ3昇格を逃した。

 勝負の3年目、開幕前のキャンプで、選手だけで話し合って目標を決めることになった。当然のように誰もが「J3昇格」を掲げたが、駒野の考えは違った。

「『JFLで優勝して、J3昇格』がいいと言いました。去年のJFLの最終順位を見て、優勝を目指せると思っていたので。それを受けてクラブの目標も、『J3昇格』から『優勝してJ3昇格』に変えてくれました」

まずまずのスタートも初黒星。

 3月17日の開幕戦、FC大阪とのアウェーゲームで駒野は先発フル出場し、JFLデビュー。この試合はスコアレスドローに終わったが、続く第2節、昨季王者のHonda FCとのホーム開幕戦も先発フル出場し、2-1の勝利に貢献する。

 その後も先発出場を続ける中で、FC今治は第5節から今季初の連勝を飾り、この時点で3勝3分けと、まずまずのスタートを切っていた。

 ところが5月5日の第7節、FCマルヤス岡崎とのアウェーゲームで1-2と敗れ、初黒星を喫する。

「前日に首位のチーム(FC大阪)が負けたので、勝てば首位に立てるという情報は入っていました。連勝中でチームは調子がいい、今日も簡単に勝てるだろう。そういう気持ちがあったから負けたのかもしれません」

「厳しいですね、これじゃ」

 1週間後の5月12日には、駒野はベンチ外だったものの、天皇杯の愛媛県代表決定戦で格下の松山大学に0-1で敗戦。ホームの『ありがとうサービス.夢スタジアム』で1回戦が行われる本大会への出場を逃した。さらに1週間後の5月19日、ホームに最下位の松江シティFCを迎えたJFL第8節も、低調な内容で0-0の引き分け。

 試合後、駒野は辛らつなコメントを残している。

「厳しいですね、これじゃ。まだ気持ちで甘えている部分があると思います。大丈夫、昇格できるだろうという気持ちの選手が、まだ何人かいるから、こういうサッカーをしてしまっている。このままじゃ絶対に昇格できないです」

 この時点でFC今治は8位に後退。思うに任せない状況に、駒野は強い危機感を抱いていた。

駒野が初めて「怒り役」になった。

 出場できなかった天皇杯1回戦を挟み、JFLが再開するのを前に、駒野は行動に出る。第9節の2日前、5月31日。小野監督の了承を得た上でチームメイトに呼び掛け、選手だけのミーティングを開いた。

「気の緩みをもう一度、引き締めなければいけないと思ったので、自分から声を掛けました。チーム立ち上げのときはポジション争いをしていたけど、開幕後はスタメン、メンバー外と立場が分かれています。その状況で、スタメンは練習を『これくらいでいい』という気持ちでやっていないか。

 メンバー外の選手は、スタメンを脅かそうという気持ちが薄れていないか。マンネリ化しているんじゃないか、と言いました。もう一度チームとして、同じ方向を向いて戦おう、と」

 これまでのキャリアで周囲には、自らのプレーで、背中で、影響力を示してきた。

「過去にプレーしたクラブでは周りに『怒り役』がいたので、選手だけのミーティングを呼び掛けるようなことは、初めてやりました。いざ殻を破ろうというとき、自分にも少し抵抗はありましたけど、チームのために必要なことを言う選手がいなければいけない。

 FC今治は去年、勝つことがどれだけ難しいかを知ったはずです。勝つためには、一人ひとりが意識を高く持ち、他の選手もそれを見て、負けられないという気持ちでやる必要がある。そうすればチーム力も上がっていくと思います」

片道6時間のバス移動にも慣れて。

 6月2日の第9節、FC今治はアウェーでヴェルスパ大分に1-0で勝ち、3試合ぶりの勝利を挙げた。さらに6月9日の第10節は、アウェーでヴィアティン三重を2-1で下し、今季2度目の連勝で4位まで浮上。ミーティング効果ばかりではないだろうが、それを機に、チームは上昇気流に乗りつつある。

 大分への移動にはバスとフェリーを乗り継ぎ、三重までは片道6時間のバス移動だった。アウェーへの移動で船に乗るのも、6時間もバスに揺られるのも初めて。プレーしたことがないスタジアムが多く、観客は少ない。

 それでも「ギャップを感じる部分もありますが、慣れてきました。いろいろなところに行けると思えば、それも新鮮です」と語る表情は明るい。

 7月で38歳。FC今治とともにJFLからJ3、J2、さらにJ1へと階段を上っていくことが、キャリア終盤の使命だと感じている。

「そのために今治に来ました。目標に向けて、まずは自分がこれだけできるということを、プレーで周りの選手に証明しなければいけない。それにプラスして、周りにアドバイスしたりしながら、強いチームを作っていきたいです」

 ところで、最後に気になった。料理の腕前は上がったのだろうか?

「最近ハンバーグを作ったら、固まらなくてボロボロになったんです。嫁さんに『どうしよう?』と電話したら、『そのまま崩して、そぼろにすれば大丈夫』と言われたので、そうやって食べましたよ。

 三色丼を作ったときも、炒り卵と、ほうれん草のおひたしは上手にできたんですけど、鶏肉のそぼろを焼き過ぎてしまったので、カチカチのものを食べました。そういう失敗はあるけど、自分で作っていると、栄養のこともあらためて意識するし、楽しいですね。37歳にして、まだ勉強しています!」
 

(「JリーグPRESS」石倉利英 = 文 / photograph by Toshihide Ishikura)

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