誤審騒動で埋もれるのが惜しすぎる。川崎vs.名古屋はJ史上屈指の名勝負。

Jリーグには、世界に堂々と発信したいサッカーがある。川崎フロンターレと名古屋グランパスはそんな勝負を見せてくれたのだ。 photograph by Getty Images

 川崎フロンターレの中村憲剛と名古屋グランパスの風間八宏監督、ふたりが5月17日の対戦後、奇しくも同じ感想を口にした。

「本当にこういう中でやると、選手たちは成長していくんじゃないかって感じた」

 中村がそう振り返れば、風間監督も満足そうな表情をのぞかせた。

「こういう中でやっていくことで、選手ももっと良くなると感じました」

“こういう中”とは、技術を磨きに磨いた両チームが流麗なパスワークと苛烈なプレッシングを応酬し、互いの良さを引き出し合った90分のこと。

 それはまさに、エンターテインメントの頂上決戦、あるいは、技術の品評会……、いや、そんな陳腐なキャッチフレーズはどうでもよくて、とにかく、うまくて、速くて、鮮やかで、美しかった。

「サッカーって面白い」(憲剛)

「今日はサッカーを楽しんだ。改めてサッカーって面白いな、ってすごく思った」

 約1カ月間、負傷離脱していた中村にとって、この試合は復帰戦だったから、純粋にサッカーをやれる幸せを噛み締めていたのかもしれない。

 だが、そこには、別の想いも込められていたのではないか。復帰戦がこの試合でよかった、とでもいうような――。

 改めてつぶやいた「毎試合、これくらいだったらいいのにな」という言葉には、自チームに対する誇りと、名古屋に対する最大限の敬意が感じられた。

 試合を終え、川崎にも、名古屋にも、ああ、俺、このレベルではミスが多いな、と悔しい思いをした選手が、おそらく何人かいたはずだ。

 でも、その悔しさは、この両チームにおいて、伸びしろ以外の何物でもない。また翌日から、より丁寧に、より魂を込めて「止める・蹴る」に向き合えばいいのだから。

名古屋の選手から漲る「自信」。

 試合が始まってまず印象に残ったのは、名古屋の選手たちから漲る「自信」だ。

 丸山祐市を中心とした名古屋の守備陣は、これでもかというくらいディフェンスラインを押し上げ、自分たちの枠組みの中に川崎を閉じ込めようとした。そして、ジョアン・シミッチの左足を起点にしたパスワークに全員がしっかり関与し、前進していく。

 そこに、J1王者の前で足がすくみ、腰の引けた戦いに終始した昨年9月の臆病者の姿は、まるでなかった。

 一方、個人的にこの試合のハイライトは29分、川崎のパスワークだ。

 いや、ゴールに繋がったわけでも、名古屋の守備陣をズタズタにしたわけでもない。それでも記憶に残しておきたい名シーンだった。

 その中心にいたのは、ボランチの大島僚太だ。

 自陣で味方DFからのパスを受けた大島が相手のタックルを鮮やかにかわして味方にパス。ちょっと動いてリターンを受けて、今度はふたりを引きつけておいてボールをはたき、再びボールを預かる。

 その間、大島は少しも焦ることがなく、トラップが乱れることもない。

 右サイドバックにスパンとパスを通したかと思えば、今度は相手4人の真ん中でパスを受け、包囲する名古屋の選手に飛び込む隙すら与えない。最後、まんまと逆サイドにボールを逃すことに成功すると、スタンドから「おお~」というどよめきが起きた。

米本が気づいていた憲剛の動き。

 一方、トップ下の中村は、名古屋のセンターバック、サイドバック、サイドハーフ、ボランチの中間でふらふらしながら、名古屋の守備陣を牽制した。

「思い切ってディフェンスラインを押し上げないと憲剛さんをフリーにしてしまう。嫌らしかったですね」と振り返ったのは、名古屋のセンターバック、中谷進之介である。

 さらに中村は、名古屋のコントロールタワー、ジョアン・シミッチの前に立ちはだかった。まるでパートナーである米本拓司のことは、気にとめていないかのように――。

 こうした中村の狙いについて、気づいていた人物がいた。

 ほかでもない米本である。

「憲剛さんがやたらジョアンに行っていて。あれはたぶん、俺には持たせていい、っていう感じだったと思うんですよ、狙いとしては。だから試合中、そう思われているんだろうなって。悔しいっすね」

「あ、ヨネ気づいてた?」とニヤリ。

 その言葉を中村に伝えると、ニヤリと笑った。

「あ、ヨネ、気づいてた? そのとおり。ヨネはまだ、シミッチほど違いは作り出せないからね。今は、まだね」

 このとき、中村が「まだ」を繰り返したのは、彼なりの米本へのリスペクトだろう。中村も気づいているのだ。今季、名古屋に加入した米本が、ものすごい勢いでうまくなっているということに。

 こんな感じでミックスゾーンまで楽しいのも、この試合が名勝負だった証だろう。

 ふだんクールな谷口彰悟は「差を見せつけられなくて残念。次、アウェーでやるときは、ボコボコにしてやりますよ(笑)」と冗談めかした口調で、本音をのぞかせた。

 格の違いを見せつけた大島は、取材陣がごった返すミックスゾーンでも狭いスペースを見つけ、誰にも捕まらず、鮮やかに通り抜けていった(お見事!)。

引き分けでよかった、と思うほど。

 ボールタッチが少しでも乱れると、すぐに捕まるせめぎ合いのなかで、しかし、ゴールを破ったのが、緻密な崩しではなく、マテウスのスーパーボレーと、レアンドロ・ダミアンの強烈なシュートだったのは、サッカーの矛盾であり、真理でもあり、面白さ。

 1-1という結果に対して、選手たちの捉え方は「この結果は妥当かな」(谷口)、「ダミアンが負傷したことを考えれば、1-1で我慢できてよかった」(登里享平/川崎)、「最低限の結果だったと思います」(米本)、「勝てたかもしれないけど、これが今の実力」(丸山)など、さまざまだった。

 個人的には、引き分けでよかった、という感想だ。何を甘いことを、と叱られるかもしれないが、この好ゲームで敗者を出したくないというか、決着は次の対戦まで取っておきたいというか……。

 そのとき、名古屋がどれだけ進化しているか。

 家長昭博小林悠らを欠いていた川崎は、次こそ圧倒的な差を見せつけられるか。

 物語の続きがとにかく楽しみだ。

次の時代に語り継ぎたい名勝負。

 試合後、つい先日までこのNumberWebで連載していた「令和に語り継ぐ、J平成名勝負」の執筆を分担した北條聡さんに、こう話しかけずにはいられなかった。

「さっそく次の時代に語り継ぎたい名勝負が生まれましたね。覚えておかないと」

 この日、埼玉スタジアムで行なわれた浦和レッズvs.湘南ベルマーレでは、完全なゴールが認められないという世紀の大誤審が起きた。

 そのうえ、被害者である湘南が0-2から逆転勝利を飾ったため、大きな感動を呼んだ。

 世間の注目は、埼スタで起きた出来事に向いているかもしれないが、等々力陸上競技場での激闘は、誤審騒動の陰で埋もれてしまうには、あまりに惜しい名勝負だった。

(「Jをめぐる冒険」飯尾篤史 = 文 / photograph by Getty Images)

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