令和に語り継ぐ、J平成名勝負(10)~2018年第30節:川崎vs.神戸~

イニエスタがいる。それだけで会場には高揚感が漂ったが、川崎がそれを打ち砕いたというのが痛快だったのだ。 photograph by J.LEAGUE

「令和」の世の中で、Jリーグは相変わらず熱戦の連続である。ただ時代は変わっても「平成」の語り継ぎたい伝説も数多い。そんな記憶に残る名勝負を北條聡氏と飯尾篤史氏の2人に回顧してもらった。最終回は2018年、このシーズンJ1連覇を飾ることになる川崎フロンターレと、アンドレス・イニエスタが加入したヴィッセル神戸の一戦だ。

 相手に何もさせなかった――。

 そんな賛辞のよく似合う絶対的な強者には名勝負が生まれにくい。ただただ敵を一方的にやり込めて終わりだからだ。

 当代随一の名将ペップ・グアルディオラが率いたバルセロナ(スペイン)の最盛期もそうだった。故ヨハン・クライフが礎を築き、直系の弟子たるペップが引き継いだバルサの幹の1つが、この「相手に何もさせない」という哲学、戦術思想だろうか。

 僕のボールは僕のもの。君のボールも僕のもの――。

 ひとたびピッチに立てば、侵攻と略奪の嵐である。言ってしまえばジャイアン的。しかも絢爛華麗なパスワークという見映えの良さで人々を虜にしてしまう。言わば、イケメンのジャイアンだ。

 プロ化から四半世紀が経ったJリーグで、イケメンのジャイアンが現れたケースはほぼない。マイボールでは男前も相手ボールでは及び腰。略奪どころか、自陣に引きこもる。そんなイケメン風のび太が多かったからだ。数少ない例外と言えば、流動的なパスワークと苛烈なプレッシングで武装された最盛期のジュビロ磐田くらいだろう。

イケメンのジャイアン、川崎。

 だが、ついに現れたのである。イケメンのジャイアンを志す勇敢な一団が。ほかでもない、川崎フロンターレだ。

 個々の技術を徹底的に磨く風間八宏前監督がボールを持って敵陣に押し込むスタイルを定義し、根づかせると、2017年に跡目を継いだ鬼木達監督が相手ボールの即時回収という補完作業に着手する。すると、あっさりJ1初制覇。さらに、継続へと移行した昨年に連覇を成し遂げる。

 その途上で、名勝負が生まれた。

 川崎に真っ向から挑むチームがあったからだ。ヴィッセル神戸である。日本代表が16強入りしたロシア・ワールドカップが終わってもなお、サッカー界がざわついていた。

ヤツだ、イニエスタが来たんだ!

 間違いない。ヤツだ、ヤツが来たんだ!

 いや、本当に来たのである。アンドレス・イニエスタが。最強バルサの一翼を担ってきたスペインの鬼才が破格の待遇で神戸に加わり、Jのピッチに立つことになった。

 さらに同じスペインの指導者フアン・マヌエル・リージョが新監督に就任。触れ込みは「ペップの師匠」である。その実は影響を与えた指導者の1人に過ぎないだろうが、その哲学はバルサのそれとよく似たものだ。

 川崎対神戸、ドS対ドS、互いにイケメンのジャイアン対ジャイアン。これなら十分に名勝負の余地はある。事実、そうなった。

 開始10分、いきなりスコアが動く。ホームの川崎が敵陣左を崩し、知念慶の折り返しを拾った登里享平がエリア内で倒されてPKを獲得。これを主砲の小林悠が落ち着いて蹴り込み、早々と先手を取った。

 だが、数分後にあっさり追いつかれてしまう。イニエスタからルーカス・ポドルスキとつながれ、最後は混戦からのオウンゴール。これを機に西のジャイアンが巧みにゲームの流れを引き寄せていく。

リージョ神戸の術中にハマった。

 川崎の陣形は中村憲剛をトップ下に据える4-2-3-1ではなく、前線に小林と知念を並べる4-4-2スクエア。負傷中の守田英正に代わり、中村を1列下げ、大島僚太とのドイスボランチで臨んでいた。

 一方、神戸の陣形は中盤の4人をひし形に並べた4-4-2ダイヤモンド。トップ下にポドルスキ、アンカーに藤田直之、右のインサイドに三田啓貴、そして左のインサイドに注目のイニエスタをもってきた。

 川崎が例によって失ったボールの即時奪回を試みるが、要のプレスがハマらない。試合後、登里は「相手との距離が長くて寄せきれなかった」と振り返る。無理もない。左右のサイドバックの眼前に捕まえるべき敵がいないのだ。そのぶん、神戸は中盤の中央寄りで数(2人分)と空間の優位を得ていた。

 そして28分、ゴール前で神戸に圧力をかけられると、2トップの一角を担う古橋亨梧の強烈な一発を浴びる。さらに35分、自陣左から三田に会心のミドルシュートを決められて、あっという間に1-3。リージョ神戸の術中にまんまとハマることになった。

だが憲剛と川崎は落ち着いていた。

 それでも、43分に追撃の1点を決めて後半に折り返す。スローインの流れから敵陣右奥を鋭く突いた大島の折り返しを、家長昭博がワンタッチで流し込み、2-3。このあたりから好ゲームの予感が漂いはじめた。

 後半に入ると、川崎は相手ボールのときの立ち位置を調整し、プレスの強度を高めていく。いや、それ以上にボールキープしながら敵陣深く押し込む本来のスタンスに立ち返った。それを、中村がこう振り返る。

「とにかく、落ち着いて、ていねいにやること。それが一番確実で、なおかつ速い。それをやり続けようと」

 こうして川崎のボールがテンポよく回りはじめる。すると65分、鮮やかな速攻から同点ゴールが生まれた。自陣の深い位置から放った中村の縦パスから家長が鋭く反転し、一気に敵陣へ。最後はエリア内での1対1を制した齋藤学がゴール右隅にねじ込んだ。

美しすぎるパスワークから大島。

 そして、わずか4分後にクライマックスがやって来る。超満員にふくれあがったスタジアムを揺るがす逆転ゴールだ。それもめくるめくようなパスの連続から生まれた。

 ボックス右のエウシーニョから中央の家長へボールが渡ると、背後から走り込んだ大島へバックヒール。これを大島が間髪を入れず左前の小林に預けて前進し、目の前に転がってきたリターンを左足で突き刺した。

 中村が「めったにお目にかかれない素晴らしい崩し」と褒め称えれば、小林も「自分たちの理想とするパスワーク」と胸を張った。逆にクールだったのが家長だ。

「あのゴールは練習でやっている形。それを試合でやっただけ」

 それこそピンボールのようなパスワークは王者川崎の金看板。あのくらいで騒いでもらっちゃあ困るという自負だろうか。いや、それにしても、記憶のミュージアムにいつまでも飾っておきたいシロモノだった。

 この珠玉の4点目が事実上のトドメだったが、そこで攻めの手を緩めないあたりがSっ気たっぷりの川崎らしい。76分にイケイケのエウシーニョがダメ押しの5点目。いかにもジャイアンらしく名勝負を締めくくった。

見せてもらおうか、J1王者の……。

 見せてもらおうか、J1王者のパスワークの性能とやらを――。

 もちろん、この試合を前にして、イニエスタにそんな思いは露ほどもなかっただろう。ただ、Jリーグという未知の世界に「バルサっぽく」立ち回るクラブがあることに少なからず驚きを覚えたのではないか。当の本人がのちにこう明かしている。

「前半のうちに3-1までリードを広げたのに結局、3-5で敗れた。(川崎が)良いプレーをしているから、そんな逆転が可能なんだ」(『Number』973号より)

 相手に何もさせない――という哲学に照らせば、娯楽性あふれる名勝負ではあっても、理想の試合ではないのだろう。敗れた神戸はもとより、勝った川崎にとっても。

 ただ、世界に冠たる大物を1人や2人そろえたところで、そう簡単に勝たせてもらえない。いまのJリーグがそういうレベルにあることを物語る名勝負でもあった。

 僕のボールは僕のもの。君のボールも僕のもの。さらば、のび太。ようこそ、ジャイアン。天国にいるクライフがこの試合を見ていたら「4-3-3で戦えば、もっと楽に勝てた……」なんてブツブツ言いながら、川崎をお気に入りのフォルダに加えたはずだ。

■2018J1リーグ 第30節第2日■
2018年10月20日/19:03キックオフ
等々力競技場/入場者数24441人

川崎5-3神戸

【得点者】川崎:小林(13分)、家長(43分)、齋藤(65分)、大島(69分)、エウシーニョ(76分)、神戸:OG(15分)、古橋(28分)、三田(35分)
【警告】神戸:三田(71分)、大崎(88分)

【出場メンバー】
<川崎フロンターレ>
GK 1 チョン・ソンリョン
DF 18 エウシーニョ
DF 3 奈良竜樹
DF 5 谷口彰悟
DF 2 登里享平
MF 10 大島僚太
(→86分 MF 22 下田北斗)
MF 14 中村憲剛
MF 41 家長昭博
MF 37 齋藤学
(→81分 MF 16 長谷川竜也
FW 20 知念慶
(→87分 MF 27 鈴木雄斗)
FW 11 小林悠

監督 鬼木達

<ヴィッセル神戸>
GK 18 キム・スンギュ
DF 34 藤谷壮
(→90分 FW 33 大槻周平)
DF 2 那須大亮
(76分 DF 5 アフメド・ヤセル)
DF 25 大崎玲央
DF 22 橋本和
MF 14 藤田直之
MF 7 三田啓貴
(→71分 DF 39 伊野波雅彦)
MF 8 アンドレス・イニエスタ
FW 10 ルーカス・ポドルスキ
FW 16 古橋亨梧
FW 17 ウェリントン

監督 フアン・マヌエル・リージョ

(「ひとりFBI ~Football Bureau of Investigation~」北條聡 = 文 / photograph by J.LEAGUE)

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