令和に語り継ぐ、J平成名勝負(7)~2006年第30節:FC東京vs.川崎~

この対戦カードが正式に『多摩川クラシコ』と命名される前の一戦だったが、壮絶な撃ち合いは両サポーターにも印象深いだろう。 photograph by J.LEAGUE

「令和」の世の中で、Jリーグは相変わらず熱戦の連続である。ただ時代は変わっても「平成」の語り継ぎたい伝説も数多い。そんな記憶に残る名勝負を北條聡氏と飯尾篤史氏の2人に回顧してもらった。今回は2006年J1第30節、FC東京vs.川崎フロンターレだ。

 スタジアムには魔物が棲んでいる――。

 使い古された言い方だが、そう表現するしかないような試合だった。少なくとも、敵地に乗り込んだ川崎フロンターレのチーム関係者、サポーターはそう感じたことだろう。あの日、雨に濡れた味の素スタジアムには、たしかに魔物がいた、と。

 翌年から「多摩川クラシコ」と冠されることになるこのカード。当時、「川崎山脈」と呼ばれた長身3バックを束ねていた寺田周平はのちに、最も印象に残るFC東京戦として、このゲームを挙げている。

「味スタが異様な雰囲気に包まれて、FC東京の勢いを止められなくなった。あの試合は本当にショックでした」

 この年、FC東京はシーズン途中でガーロ監督を解任し、中位をさまよっていた。一方、J1復帰2年目の川崎はシーズン開幕から首位を快走。この頃には少し息切れをしていたものの、前節終了時点で3位と、まだ優勝を狙える位置にいた。

 2006年11月11日のJ1リーグ30節は、そんな状況でキックオフを迎えた。

4-1で勝負は決した、はずが。

 先制したのは、川崎だった。ボランチながらシーズン10点目となる谷口博之のゴールで前半7分に先手を取ると、7分後にルーカスにゴールを許して追いつかれたが、我那覇和樹、ジュニーニョのゴールで突き放す。後半開始早々にカウンターから抜け出したマギヌンのゴールで4-1としたときには、勝負が決したはずだった。

 この頃の川崎のスタイルは、現在とは真逆だった。3バックが身体を張って守り、中村憲剛の一撃必殺のスルーパスからジュニーニョがゴールを陥れる、堅守速攻のスタイル。相手が前がかりになればなるほど、鮮やかなカウンターを炸裂させたものだ。

 だから、後半6分に戸田光洋のゴールでFC東京が2点差に迫っても、川崎の勝利は手堅いように思われた。

ジュニーニョの退場が分岐点に。

 ところが、である。後半8分、ペナルティエリア内でシミュレーションを取られたジュニーニョに、この日2枚目のイエローカードが提示される。アウェーチームは10人での戦いを余儀なくされ、ここから雲行きが怪しくなるのだ。

 すかさずFC東京のベンチが動く。後半9分に石川直宏に代えて鈴木規郎、後半17分には梶山陽平に代えて宮沢正史、後半23分には戸田に代えて平山相太と、畳み掛けるように刺客を送り出し、勝負をかける。

 それでも、まだ2点差。川崎としては前線にひとり残し、攻勢を強めるFC東京の喉元にナイフを突きつけるような試合運びができれば問題ないはずだった。しかし、カウンターの急先鋒であるジュニーニョはすでにいない。

 ベンチにはスピードが武器の黒津勝が控えていたが、関塚隆監督が採った策は、身長184センチのセンターバック佐原秀樹と身長181センチのストライカー鄭大世を投入し、守りを固めてセットプレーにワンチャンスを見出す、というものだった。

試合終盤、魔物が目を醒ます。

 こうしてピッチ上には、執拗にサイド攻撃を繰り返すFC東京と、必死にクロスを跳ね返す川崎という構図が描かれた。アウェーチームは辛抱強く守っていたが、後半38分にこぼれ球を平山に頭でねじ込まれると、スタジアムのボルテージが一気に上がり、いよいよ魔物が目を醒ます。

 スコアはついに4-3。その1分後には、ジュニーニョに続いてマルコンも2枚目の警告で退場となる。ふたり少なくなった川崎は、鄭大世までもが守備に奔走するはめになり、FC東京の猛攻に歯止めがかからなくなった。

 アディショナルタイムは、6分。川崎は後半45分に谷口に代え、センターバックの井川祐輔を投入してさらに守りを固めるが、サポーターの大歓声に押されたFC東京の勢いは止まらない。

 今野泰幸が、藤山竜仁が、徳永悠平がこぼれ球を拾っては、これでもかとばかりにクロスを放り込む。

 息つく暇もない危機的状況と、背後に陣取る青赤の集団が作り出す異様な雰囲気が、川崎の選手たちから冷静さを奪い取る。

 ペナルティエリア内には、川崎の選手たちが何人もいた。ほとんど全員と言えるほどの人数がゴール前に張り付いていたが、クロスを跳ね返すのに精一杯で、マークを確認する余裕すらない。

まさかの逆転負けに憲剛も呆然。

 そして、電光掲示板の時間表示が消えて1分が経った頃、鈴木のクロスを宮沢が頭で押し込み、4-4の同点となると、巨大な興奮がスタジアムを飲み込んだ。

 それでも、ドラマはまだエンディングを迎えない。6分のアディショナルタイムも終わりが近づいたとき、今野がペナルティエリアの外から右足を振り抜くと、濡れたピッチの力を借りたボールは、川崎の選手たちの足下を高速ですべり抜け、ゴールネットを揺らすのだ。

 その瞬間、ゴール裏の青赤が爆ぜた。

 殊勲の今野は、一目散にベンチに駆け寄り、飛び出してきた控え選手、スタッフにもみくちゃにされ、歓喜の輪が広がった。

 その様子を、川崎の背番号14は、ただ呆然と見つめるしかなかった。

翌年の多摩川クラシコでの雪辱。

 大逆転劇はむろん、魔物の仕業などではなく、川崎のゲームコントロールの問題である。しかし、スタジアムを包み込んだ異様な空気と、何かに取り憑かれたように攻め続けたFC東京、次第に我を失っていく川崎の姿に、サッカーの怖さを見た気がした。

 実は、このドラマにはまだ続きがある。「多摩川クラシコ」と銘打たれた翌2007年シーズン、川崎は5月のホームゲームでFC東京を5-2で下すと、10月のアウェーゲームでは、なんと7-0の大勝を収め、前年のリベンジを果たすのである。

 大量得点にも攻撃の手を緩めず、ライバルを完膚なきまでに叩きのめす様子が、前年に味わった屈辱の大きさを物語っていた。

■2006年Jリーグ ディビジョン1 第30節第1日■
2006年11月11日/15:04キックオフ
味の素スタジアム/入場者数23251人

F東京5-4川崎

【得点者】F東京:ルーカス(14分)、戸田(51分)、平山(83分)、宮沢(89分)、今野(89分)、川崎:谷口(7分)、我那覇(17分)、ジュニーニョ(42分)、マギヌン(49分)
【警告】F東京:ルーカス(55分)、平山(76分)、川崎:ジュニーニョ(33分)、マルコン(37分)、箕輪(51分)、ジュニーニョ(53分)、マギヌン(63分)、マルコン(84分)
【退場】川崎:ジュニーニョ(53分)、マルコン(84分)

【出場メンバー】
<FC東京>
GK 1 土肥洋一
DF 25 徳永悠平
DF 19 伊野波雅彦
DF 5 増嶋竜也
DF 8 藤山竜仁
MF 6 今野泰幸
MF 23 梶山陽平
(→62分 MF 16 宮沢正史)
MF 18 石川直宏
(→54分 DF 15 鈴木規郎)
MF 13 戸田光洋
(→68分 FW 39 平山相太
MF 14 馬場憂太
FW 9 ルーカス

監督 倉又寿雄

<川崎フロンターレ>
GK 1 吉原慎也
DF 5 箕輪義信
DF 13 寺田周平
DF 2 伊藤宏樹
MF 19 森勇介
MF 14 中村憲剛
MF 29 谷口博之
(→89分 DF 4 井川祐輔
MF 6 マルコン
MF 11 マギヌン
(→67分 DF 3 佐原秀樹)
FW 9 我那覇和樹
(→75分 FW 16 鄭大世
FW 10 ジュニーニョ

監督 関塚隆
 

(「Jをめぐる冒険」飯尾篤史 = 文 / photograph by J.LEAGUE)

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