オシム「愚かなプレーは無かった」サウジ戦で見えた日本サッカーの進化。

日本の攻撃陣は得点こそ少なかったが、試合を通して巧みな守備を敢行して完封勝利に導いた。 photograph by Takuya Sugiyama

 日本にとって厳しい戦いとなったサウジアラビア戦、終了直後にグラーツの自宅に電話をかけると、聞こえてきたのはアシマ夫人の弾んだ声だった。こちらが何かを言う間もなく、「イバンに代わります」といって、夫人がオシムに受話器を手渡した。

 オシムの声も弾んでいた。もちろん筆者の声も。ただ、その明るさには、シビアな試合を冷静に戦い抜いて結果を得たことへの安堵と晴れがましさだけではなく、日本が直面したリアルな現実への懸念も少し混じっていたように思う。

 語るべき点が多かったサウジ戦をオシムは高く評価した。厳しい戦いの中に、彼はいったい何を見たのか。

「後方で愚かなプレーがなかったのは二歩前進」

――元気ですか?

「ああ、君はどうだ(笑)?」

――まあ元気ですけど……。

「けど、はないだろう。試合に勝ったのだから(笑)」

――そうなんですが、厳しい試合でした。

「簡単ではなかった。サッカーは世界的に均一化に向かっている。どこもサッカーに力を入れているから差はどんどん縮まり、アウトサイダーも絶対の本命もなくなりつつある。そこを意識しても仕方がない。もっと別の面に目を向けるべきだ。

 日本はとてもシビアにプレーした。しかしサウジはボールを保持し続けた。試合を通してほとんど彼らがキープし続けたが、結局、なんにもならなかった。

 つまり日本が、それだけ注意深くプレーしたといえる」

――守備はそうでした。

「もうひとつ……後方で愚かなプレーがなかったのは、二歩前進したことになる。日本の進歩を示した試合だった。日本は前の試合の教訓をしっかり学んだからだ。

 優れたサッカーを実践するチーム同士の試合だった。ボールをキープしてサイドからチャンスを作り出す。ともに技術的に優れ、やるべきことをやっていた。どちらも技術的な進歩が見られ、日本はまるでブラジルのようにボールを扱った。

 だが、サウジはそれ以上だった」

「愚かなミスや技術的なミスが……」

「サウジはあらゆる場面でボールをキープした。

 つまりどちらも良かったということだ。ともにアグレッシブでありながら大きなミスはなかった。普段ならば愚かなミスや技術的なミスが数多くあって、そうなると試合が難しくなる。

 その点でこの試合はとても良かった。

 それで後は何が残っているのか?」

――日本の準々決勝の相手はベトナムです。

「そうではなくて、次の試合はどんなカードなのか?」

――今日のこの後は……。

「そうだ。まだ試合が残っているだろう」

――オーストラリア対ウズベキスタンです(試合は0-0の末、PK戦でオーストラリアが勝利)。

「それは面白そうだ。ウズベキスタンはずっと強かったしオーストラリアもだ。ワールドカップ予選などでどちらも良く知っている。ともに近年進歩を遂げ、価値あるチームとなった。

 オーストラリアの選手の多くはイングランドでプレーし、屈強で優れた選手たちで、日本とはまた別のスタイルのサッカーだ。彼らがウズベキスタンのような強固なチームとどう対戦するかはとても興味深い。

 日本戦はコレクトだ。あまり大きなことは言えないが、試合を静かに見られて愚かなプレーやミスがなければコレクトだったというのが適切だ。悪くはなかった。落ち着いて試合を見ることができ、愚かな過ちや愚かな失点をしなかったのはそれだけで悪くない。すべての日本人がほっと胸をなでおろし、試合に集中できた。自分たちのチームが負けなかったのだから」

――それはその通りでした。

「若さだけが優先されているわけではない」

「サッカーは世界中のどこでもおこなわれている。しかも、多くの土地で素晴らしいプレーが実践されている。日本は多くの選手がヨーロッパの優れたクラブでプレーし、彼らはおしなべてボールを保持でき技術的にもすぐれてプラスアルファをもたらすことができる。

 若い選手たちがたくさん出てきたのも嬉しい驚きだ。

 他の国と違うのは、他では若いがゆえに代表に入っている。あるいは試合に出ている。日本の若い選手たちは優れているからプレーしている。決して若さだけが優先されているわけではない。そういう風にしてチームを変えていくのは正しい」

――ただ、彼らが存分に力を発揮していたかといえば……。

「これからが若い選手たちとともに冒してきたリスクが報われるときだ。それが実を結びつつある。ますます多くの選手が海外に出ていき受け入れられている。それは彼ら日本人のメンタリティーが受け入れる側を納得させているからだ。

 闘争心に溢れフィジカルも強い。世界のどこででもプレーできる。

 君らのGKは実質的には外国人のような選手なのかな? できれば、守備陣にあとひとりふたりサッカーのできるストッパーがいればさらによくなる。あのGKはどのチームに所属しているのか?」

――シュミット・ダニエルは仙台に所属しています。今日の権田修一サガン鳥栖です。

「そうか。しかしあなた方が今日の試合、守備陣に満足していることは重要だ」

――そうですが……では、日本の攻撃陣をどう見ましたか?

「今日、純粋にアタッカーとしてプレーするのはどんどん難しくなっている」

――武藤嘉紀はそれなりではありましたが力を限定されました。

「優れたディフェンダーが数多く出てきているうえに、すべての選手が守備をよくするようになったからだ。ディシプリンに溢れ、攻撃側に自由にスペースを与えてくれない。味方の助けなしには、ひとりでディフェンダーを抜くのはなかなか難しい。

 攻撃は本当に難しい。さらにチームを強くするためには、今いる選手が最高クラスの選手になるか、最高クラスの選手を獲得する以外にないわけだ。そういう個で突出した選手も、チームのためには有益かも知れない。長く一緒にプレーすれば、コンビネーションも向上する」

「まるでDFのように守備をしたFW陣」

「日本の攻撃はたしかに良くはなかった。連動性を得るまでにはもっと時間が必要だ。

 だが、試合を重ねて、一緒にプレーする時間が長くなればそこもスムーズになるだろう。

 しかし……悪くもなかった。

 勇気と闘争心に溢れ、テクニックにも秀でた若い選手たちが、常に何かをしようと試みていたからだ。

 その意欲と積極性は評価できる。また1対1での戦いでも臆さなかった。とりわけ守備の場面で攻撃陣の選手たちはよく仕事をして、まるでディフェンダーのような守備をした。

 それは大きな前進であるといえる。というのも日本では、攻撃で人気者になるとまず守備の仕事をしなくなるからだ(笑)。

 だが、今、彼らは守備をしはじめたわけだ。タックルをし、相手の選手を追いかける。そして守る――だから日本のサッカーは進歩した、と言える。誰もがすべての役割をこなす。とても大事なことだ。

 今の日本は、かつてのイングランドやドイツのような存在になった。

 どの対戦相手国も、日本にはもはやスペースを与えてはくれないだろう。相手が常に詰めているので日本の選手にスペースはなく、マークもきつく、昔のように自由にプレーするのは難しいはずだ。そうでなくても日本人は俊敏で機動性に富むと認識されているから、今では決して自由にさせてはくれないはずだ。

 今の時代は攻撃の選手も守備の仕事ができるかどうかが厳しく問われるときだ。世界を見渡しても、優れた守備のできる選手はたくさんいる。

 攻撃陣も守備陣も含めたすべての選手がふたつの方向――つまり前と後ろの両方に向けてプレーしなければならない。パスやドリブルを仕掛ける一方で、相手を追い、タックルをする……。そんなクオリティの高いプレーを続ければ、試合はますますスペクタクルで刺激的になる」

「昔は攻撃するだけだった日本のアタッカー」

「ただ、残念ながら今日の試合にはマンジュキッチもジェコもいなかった。

 ようするに……体躯が大きく、しかもちゃんと守備もやろうとする選手だ。

 彼らは激しく守ってボールを奪い、得点もあげられる。それこそ、これから日本の選手たちが学ばねばならないことであり、進化していく方向でもある。

 昔は攻撃するだけだった日本のアタッカーたちが、今ではしっかりと守ることを会得しているのだから、その方向性は決して間違えてない。

 繰り返すが日本は素晴らしい試合を実現した。

 攻撃でも守備においても、誰もが献身的に仕事をしたからだ。

 OK、ところで君はどこで何を食べているのか? 妻と代わるが……」

――メルシー、イバン。

(「ワインとシエスタとフットボールと」田村修一 = 文 / photograph by Takuya Sugiyama)

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