森崎兄弟が語る“ポイチ流”の秘密。選手のテンションが自然に上がる。

森保、そして森崎兄弟。広島のレジェンドたちは固い絆で結ばれている。 photograph by J.LEAGUE

 企画のヒントは過去にある。

 4勝1分。就任間もない森保一監督率いる日本代表はなぜ強いのか。その答えはきっと1つではないだろう。だけど、その強さの理由の一端を示すページを何とかつくれないか……そう考えていた時に、ある光景を思い出した。

 6年前の2012年9月29日、J1第27節、ビッグアーチで行われたサンフレッチェ広島対サガン鳥栖戦。その日の目当ては鳥栖だった。試合は4-1で広島が勝利。試合内容はまったく覚えていない。

 しかしミックスゾーンのあの光景は、いまもはっきり覚えている。

 実は遥か大昔、編集の仕事を始めて間もない頃、森保監督の自伝「ぽいち」の制作に携わった、と言ったら大袈裟で、少しお手伝い程度にかかわったことがあった。鳥栖目当てに取材に来ているとはいえ、あの時のポイチさんが、就任1年目にして首位を走る広島を率いているという事実に、ちょっと感慨深いものがあった。

「ピュアすぎる」満面の笑み。

 試合後のミックスゾーン。衝立を挟んだ向こう側の通路に森保監督が通り過ぎようとした時、思わず声を掛けた。再会を喜んでくれて、しばし雑談して別れ際「優勝したら記事にしますので!」の返す言葉が、「優勝しなくても記事にしてくださいよ!」だった。

 この時に森保監督が浮かべた、屈託のない満面の笑み。40をとうに過ぎ、酸いも甘いも知る男が浮かべるそれにまったく見えなかった。一言でいえば「ピュアすぎる」。

 その後ミックスゾーンの端で、森保監督と双子の森崎和幸・浩司兄弟が何やら話しこんでいた。会話の内容はわからない。勝ち試合の直後というせいか、3人とも表情は固くない。簡単に試合を振り返っているのだろうか。それとも「これから何食べる?」といった他愛のない話なのか。

 しかし、その3人が醸し出す雰囲気が妙に印象的だった。他に通り過ぎる広島の選手・スタッフが、その輪に加わることはない。話が終わった3人は、森保監督を先頭に、取材陣が見えない奥のほうへと消えた。ふと確たる根拠もなく、この3人は固い信頼関係で結ばれているんだろうな、と想像した。

森崎浩司「広島のレジェンドですから」

 あれから6年。Number967号で森保監督の記事をつくるにあたり思い出したのは、あのピュアすぎる笑顔と、森崎兄弟との「絆」という言葉だった。

「6年前、ポイチさんが監督になるという話を聞いて、素直に嬉しかったですよ。選手の頃には一緒にプレーしていますし、何せ広島のレジェンドですから」

 そう語ったのは、現在広島のアンバサダーを務める弟の浩司だ。

 森保は1987年に広島の前身マツダに入団し、オフト・ジャパン時代に日本代表に抜擢。「ドーハの悲劇」のピッチにも立った。2003年に引退し、2012年から古巣・広島の監督を務め、2017年までに3度の優勝を達成した。レジェンドたる所以である。

 森崎ツインズもまた、広島の純然たるレジェンドだ。1981年に生まれ、中学時代にユース入りし、浩司は一昨年に、兄の和幸は今年限りで引退したが、下部組織からスパイクを脱ぐまで、ひとつのクラブで全うしたJリーガーはそういない。もちろん、森保率いる広島の3度の優勝に大きく貢献している。

選手のテンションが上がるポイチ流。

 森保が監督就任1年目にしてJ1制覇を勝ち取った2012年のサンフレッチェ広島と現在の日本代表には、若さ漲る「溌剌さ」という共通点がある。和幸はこう語っている。

「例えば、ちょっとした球際の勝負でバンと強く行ってボールを奪う。そういうプレーに対して、ポイチさんはものすごい勢いで手を叩きながら『ナイス!』と叫ぶんですよ。地味なところだけど、選手はよくベンチを見ているし、監督にそういうリアクションをされれば、誰だってテンションが上がる。

 ポイチさんはチャレンジに対して積極的で、たとえミスをしても『いいぞ!』と褒めてくれる。今の日本代表に感じる“のびのび感”も、そういう姿勢から来ているんじゃないかなと思いますね」

 他に弟・浩司からは2012年の七夕にまつわるエピソードや、兄・和幸からは森保の“ドーハの後悔”にまつわる秘話を聞き、“ポイチ流”チームマネジメントの一端を垣間見た気がした。

 最も心に残ったのは、双子ゆえか、ふたりがまったく同じ台詞を口にしたことだった。

「ポイチさんって、いつの間にか正しい方向に導いてくれるんですよね」

(「Number Ex」朴鐘泰(Number編集部) = 文 / photograph by J.LEAGUE)

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