トルコ系ドイツ人のギュンドガン。自国サポのブーイングと“寛容性”。

思わぬ形でブーイングを受けたギュンドガン(右)。エジルとともにドイツ連覇へのキーマンであることは間違いないが……。 photograph by Getty Images

 巷はロシアワールドカップの話題で溢れている……と思っていたのですが、久しぶりに日本へ帰国してみると、何だか静かな雰囲気が漂っています。現在の日本代表を取り巻く状況を鑑みると、致し方ない面もあるとは思います。

 4年に一度の祭典を心から楽しみたいのですが、なんとももどかしいですね。

 ドイツは、もちろんワールドカップの話題で持ち切りです。シーズン中は国内リーグ、ブンデスリーガがニュースの中心ですが、今はテレビや新聞紙上などで連日ドイツ代表の動向が伝えられています。

『kicker』や『Bild』など各誌・紙からワールドカップ特集号が発刊されていて、店頭の目立つ場所にディスプレイされています。また、ドイツの有名スーパーである『REWE』や『EDEKA』ではドイツ代表のグッズが並べられるようになりました。代表選手のカードやシールのプレゼント企画があるなど、結構ベタなプロモーションも行なわれていて、このあたりは日本とそれほど変わりません。

ドイツではW杯を「WM」と記すんです。

 ちなみにドイツでは、ワールドカップの略称を『WM』と記します。『WC(WORLD CUP)』ではありません。

 ドイツ語では、ワールドカップのことを「Weltmeisterschaft」と言います。「Welt」は世界、「Meister」はチャンピオンとか名人という意味。これに「schaft」を付けて「世界選手権」という意味合いになるそうです。だから略称は「Welt」と「Meister」の頭文字を取って「WM」になるのです。

 パブやバーの店先にある黒板のボードに「WM!」と書いてあるのは、「ワールドカップの試合を流しますよ!」という印です。ドイツの初夏は天候に恵まれることが多いので、ワールドカップ期間中は屋外でのパブリックビューイングも盛んです。ドイツの人たちはたいていビール好きなので、試合を楽しむというよりも、単純にビールを飲むきっかけがほしいだけのようですけども(笑)。

「マンシャフト」の歩みは順調そのもの。

 さて、そのドイツ代表は2014年のブラジルワールドカップで見事優勝を飾り、今回はディフェンディングチャンピオンとして連覇を狙います。

 ドイツ代表にも日本代表の「サムライブルー」と同じく愛称があり、「マンシャフト(Mannschaft)」と呼んでいます。マンシャフトとはチーム、集団という意味なのですが、そんな単純明快な言葉で表現するところに、ドイツ国民のサッカードイツ代表への愛着が感じられます。

 ブラジルでの栄冠から4年、ドイツ代表の歩みは順調そのものでした。2006年のドイツワールドカップ後にユルゲン・クリンスマン監督が退任して、後を引き継いだヨアヒム・レーブ体制となって現在13年目。2016年のUEFA欧州選手権では準決勝でフランス代表に敗れたものの、最新のFIFAランキングでも2位のブラジル代表を抑えて、堂々の首位に君臨しています。

サウジ戦でギュンドガンに対して……。

 順風満帆のはずのドイツ代表。ところが、本大会直前になって不安が募り始めています。

 欧州予選は順調に首位通過しましたが、その後の親善試合では、イングランド、フランス、スペインを相手に3試合連続で引き分け。その後、前回大会で大勝したブラジルに敗れ、さらにはオーストリアに32年ぶりに敗戦して5戦未勝利となったのです。

 大会前に不振のチームが本番では力を発揮するケースは多々あるため、それほど深刻に捉える必要もないのですが、ファンやサポーターからすれば、やはり心配ですよね。

 本大会前最後の親善試合、サウジアラビア戦は2-1。6戦ぶりに勝利を挙げてようやく戦闘態勢を整えたのですが、そのサウジアラビア戦で新たな問題に直面してしまいました。ある理由から、トルコ系ドイツ人であるMFイルカイ・ギュンドガンに自国サポーターが痛烈なブーイングを浴びせたのです。

 ドイツ国内には多種多様な人種、国籍の方々がいます。現在、ドイツ政府から滞在許可を得て当地に住居を構えている日本人の僕もその一人です。ドイツは第二次世界大戦後の復興から1970年代の経済発展を経て、近年は少子高齢化や人口減少などの問題に直面し、労働力の確保を名目に積極的な移民受け入れの政策を採ってきました。他国に比べて滞在許可条件が寛容なため、就業機会を求めてドイツへ向かう方々が増加したのは、そうした背景があるからです。

多人種の中でも特に多いトルコ移民。

 最近、僕はドイツの滞在許可証(ビザ)を取得できましたが、その発行を行なうドイツ各都市の外国人局には、毎日多くの外国籍、もしくは移民希望の方々が詰めかけています。ドイツでは渡航後に滞在許可の手続きを行なわねばならず、またその希望人数も多いため、役所が開く前の朝方、もしくは前日の夜から役所の玄関前に行列ができるのです。

 そんな状況なので、ドイツでは日常生活の中でも多くの人種と触れ合う機会があります。多数を占めるのが、トルコからドイツへ移民してきた人々です。例えば、垂直の串に肉塊を刺して回転させながら焼いていく「ドネルケバブ」と呼ばれるトルコ由来の料理店は、街中のいたるところにあります。トルコ移民の就業先として重宝されているだけでなく、ドイツで暮らす人々のファストフードになっているなど、ドイツ文化に完全に溶け込んでいる印象があります。

 僕の好物は「チキンケバブ」。薄くそぎ切りした肉をご飯の上にたっぷり載せてもらい、その上から甘くないヨーグルトソースをたっぷり掛けてもらうと、これがもう絶品です。

 ケバブ屋のあんちゃんは、たいてい陽気で愛想が良いので、「ストップって言わないと、どんどん肉を載せちゃうよ~」なんて言ってサービスしてくれます。

エジルと一緒にエルドアン大統領と面会。

 話を、ギュンドガンに戻しましょう。彼はトルコからドイツへ移民してきた両親の下、ドイツのゲルゼンキルヘンで生まれたドイツ人です(国籍はドイツとトルコの二重国籍)。ゲルゼンキルヘン近郊のボーフムのユースチームで頭角を現わし、ニュルンベルクでプロデビューを果たし、その後はドルトムント、そしてマンチェスター・シティ(イングランド)へステップアップ。まさにスター街道を驀進している選手です。

 また代表の舞台でも、両親の母国であるトルコ代表入りを考えた時期もありますが、2011年にドイツ代表へ招集された際に「マンシャフト」の一員となることを決断し、今回のロシアワールドカップでも中核としてのプレーが期待されています。

 そんなギュンドガンがドイツのサポーターからブーイングを浴びる理由は、5月13日に同じくトルコ系ドイツ人であるメスト・エジルとともに、イギリスのロンドンを訪問したトルコのエルドアン大統領と面会したことがきっかけです。

寛容なドイツ人ばかりなのだけど。

 表敬訪問した際に撮られた写真が公開されたことで、強権的姿勢のために反対派も多い同大統領の政治的なプロパガンダに利用されたと批判が高まり、ギュンドガンとエジルに厳しい視線が注がれてしまったのです(エジルはサウジアラビア戦を負傷欠場したので、ブーイングの対象にはなりませんでした)。

 サッカー選手が試合中にブーイングを浴びることはあります。しかし、その大半は相手チームをサポートする側からで、味方であるべき側から非難の意を受けることはそれほどありません。

 僕の知るドイツ人は寛容な人ばかりです。特に僕が住むフランクフルトは国際色が強く、こちらがドイツ語に窮していると、英語で話しかけて相互理解に努めてくれます。初めてドイツに降り立った日、電車の券売機で購入方法が分からず途方に暮れていたら、初老の男性がわざわざ遠くから駆け寄ってきて代わりに切符を購入してくれました。

 その男性は僕が電車に乗り遅れるかもとホームまで連れて行ってくれ、柔和な笑顔で手を振って僕を見送ってくれました。ドイツ人の知人に聞くと「ドイツ人は基本的に人に親切な振る舞いをするのが大好きなんだよ」とか。その実感は日を追う毎に高まっていて、その居心地の良さに感銘を受けてもいます。

移民者の模範だから「裏切られた」?

 これはあくまでも私見ですが、今回のギュンドガンに対する反応は、彼に対する愛情の裏返しかもしれません。積極的に移民を受け入れ、公的な保障が手厚いドイツの政策には賛否両論あるのですが、少なくとも一般のドイツ国民は他民族、他国籍の方々に対して粗暴な態度は取りません。

 例えば、長年ドイツに住みながらもドイツ語習得に苦労している移民に対して、補助金を給付するといった制度もあります。ドイツで不自由なく生活してほしい。そんな慈愛に満ちた親切心が垣間見られるのです。

 しかもギュンドガンの場合はドイツで誕生して、教育を受け、プロサッカー選手にまで行き着いた、移民者の模範とされる人物です。だからこそ、ワールドカップを前にして、ギュンドガン(とエジル)が様々な物議を醸すトルコの大統領とわざわざ面会したことに、「裏切られた」と感じたのかも知れません。

「僕は常に批判に対してオープン」

 ギュンドガンは今回の件に関して「決して政治的なスタンスを示すものではなかった」と語っています。ブーイングを受けたことについては「相手ファンのブーイングは、よくあること。でも自分たちのファンからブーイングをされたら、やり過ごすのは難しい」と語った上で、こう述べています。

「僕は常に批判に対してオープン。みんなそれぞれに意見があるし、それが僕たちに言論の自由がある理由でもある。僕はドイツで生まれ育ったことを光栄に感じている。でも、侮辱はされたくない。今の僕にとって話すことは重要。早く普通な状態を取り戻したい」

 ワールドカップは、4年に一度の祭典です。純粋な気持ちで、心地良く、常に感情的な思いを抱きたい。それでも今回のように、様々な思惑が積み重なり、サッカーという競技とは別のベクトルへ話題が移り変わってしまうこともあります。

 そんなことを考えていると、ドイツ人の友だちからメールが来ました。

「早くフランクフルトに帰ってこいよ。ヘレス(明るい金色のピルスナービール)でも飲みながらワールドカップを観ようぜ。仕方がないから、日本のことも応援してやるよ」

 ドイツと日本が決勝トーナメントで雌雄を決する可能性なんて微塵も感じていない友人の鼻を明かしたい――。おっ、なんだか、僕の中でワールドカップへのモチベーションが高まってきました。

 それぞれが他者を尊重して、この“お祭り”を心底楽しみたい。今は純粋に、心から、そう思います。

(「欧州サッカーPRESS」島崎英純 = 文 / photograph by Getty Images)

ジャンルで探す