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ハリルジャパンは合宿で練習しすぎ?イラク戦で怪我人続出の根深い理由。

右ひざの故障で交代した酒井。所属するマルセイユでは、EL出場権をかけた厳しい戦いが続いていた。 photograph by Takuya Sugiyama

 ロシアW杯アジア最終予選・イラクvs.日本。中立地のイランの首都・テヘランで昼間のキックオフで行われた試合は、「当初の予想通り」壮絶を極めた。

 気温37度のうだるような暑さ、水分補給をこまめにしないとすぐに脱水症状になってしまう乾燥しきった空気、空気が薄い標高1200mの高地に加え、あまりお目にかかれないような硬いピッチ……慣れない環境での戦いは、選手の身体に想像を絶する負担を与えた。

 過酷な環境の中で、日本の選手達は苦しみながらも1-1のドローという結果を残した。ホームでの次戦、オーストラリアに勝てばロシアW杯の出場が決まるという状況まで歩を進めたのである。

 まずその功績を讃えたい。

 足がつったり、身体が本当に動かなくなる直前という過酷な状況下でも、日本代表の誇りを胸に最後まで持てる力をフルに発揮した、代表の選手達には頭が下がる。

 しかし、今回の試合は決して「苦しい中でよく頑張った」では片付けられないような、深刻な問題を内包していたと思う。

 それはこの試合に臨むまでの代表チームを巡る「プランニング」だ。

「当初の予想通り」の過酷な条件なら、やるべきことは?

 このコラムで重要な論点は、頑張った選手を否定している訳でも、ハリルホジッチ監督の試合采配、協会の各種スタッフを批判している訳ではない、ということだ。

 今回の過酷な試合にあたっての重要なポイントは「当初の予想通り」という言葉だ。

 気温が極端に高く、しかも日差しが非常に強い日中での試合、硬くて芝の状態も最悪のピッチコンディション、しかも高地で空気が薄い試合という条件が出揃った時点で、相当な負荷が選手に懸かる試合になることはずっと前から自明だった。

 ターゲットとなる試合は大会期間中の複数の試合ということではなく、イラク戦の1試合のみだった。だからこそ、このイラク戦の日程にピークを持ってくるよう、コンディションを上げた状態で戦いに臨めるプランニングが必要だった。

 しかし、イラク戦を控えた海外組のトレーニングの取材に行った時、筆者はある不安を抱えることになった。

 それは……海外組の選手だけで行った一週間の合宿期間中、ハリルホジッチ監督はその選手達に2部練習や、フィジカル重視のランニングメニュー、対人を増やした強度の高いトレーニングを課していたことだ。

代表合宿で非常に強い負荷をかけた練習!?

「とにかく今は痛めつけてというか、そこから身体を起こしていくところ。最初の3日間で上げて、そこからボールを使った対人中心の練習になって、“インテンシティー”の高い練習をやっていくと言われている。僕もレスターでチームの残留が決まってからは、練習量的には甘く感じていたので、ここできっちりと上げようと思っています。

 正直、厳しいですが、最近の自分は練習量が足りないと思っていたので、動いて動いて身体を起こしていくのはありがたいですね」

 この岡崎慎司のコメントを聞いて、筆者の不安はさらに倍増した。

 確かに岡崎は「レスターの残留が決まった後のトレーニングが甘かった」という自己認識があったからこそ、この合宿で強い身体的負荷をかけることをポジティブに捉えていた。しかし、シーズンの最後まで残留争いや順位争いでフルに戦い抜いた選手たちは、同じことが言えただろうか。

 シーズンを全力疾走でフルに駆け抜けた選手達に、更なる追い討ちをかけるような負荷を加える。それがどれほど選手達に「ダメージの上乗せ」をしてしまっているのか……。

 シーズンを戦い抜いた選手は、すでに身体のコンディションは上がり切っているため、そこでさらに追い込む必要は無かったはずだ。むしろ疲労回復を優先しながら適度なトレーニングを積み、試合が近づいてから負荷を少しずつ上げていった方が、ことこのイラク戦に関してだけはパフォーマンスが向上したのではないだろうか。

フィジカル強化とコンディショニングは同時にできる。

 皆さんは『ピリオダイゼーション』という理論をご存知だろうか。

 これはオランダ人のコンディショニングコーチであるレイモンド・フェルハイエンが提唱している理論である。この理論を引っさげてフェルハイエンは、2002年の韓国代表の日韓W杯ベスト4、2008年のロシア代表のユーロベスト4を支え、今もオランダを中心に多くの有名クラブや各国代表のコンサルティングで手腕を振るっている。今では当たり前のように世界中でトレーニングに取り入れられている一般的な理論でもある。

 この理論の中心には「90分間のサッカーにおいてプレーの『爆発力』と『アクションの頻度』をいかに向上させるか」というテーマがある。

 ただ負荷をかけ続けてフィジカルを鍛え、ケガ人が出たら治していく、というのではなく、最初からフィジカル強化とコンディショニングを同時に行い、練習負荷をコントロールすることで怪我のリスクを減らし、かつ試合でのパフォーマンスを向上させる……ということを目指す理論なのだ。

イラク戦で低調だった選手リストを眺めてみると……。

 理論のすべてを短いコラムで説明するのは不可能だが、この理論の中で重要視されているひとつの要素は「試合に臨む個々の選手のコンディション維持」なのである。

 疲弊した選手をいくら練習で鍛えても、試合で効果的なパフォーマンスは得られない。要は、疲労回復の要素を加えながらベストなコンディションの維持を図ることで、より効果的な試合でのパフォーマンスの実現を図っていくのが重要なのだ。

 筆者はレイモンドとこの理論をはじめとして、これまで多くのサッカー理論を学んできた。その上であえて苦言を呈することになるのだが、目の前でハリルホジッチ監督がやっていることは「疲労の上乗せ」にしか見えなかった。

 イラク戦の前、1シーズンをフルに戦い抜いてコンディションが上がり切っていた選手と言えば、久保裕也、大迫勇也、吉田麻也、原口元気、酒井宏樹、酒井高徳、香川真司、乾貴士らである。

 このラインナップを見て何か感じることはないだろうか?

香川や酒井が故障し、キレの無いプレーをする選手も。

 そう、この中から香川、酒井宏という負傷者が生まれ、イラク戦では久保、大迫、原口が疲弊し、原口は交代させられ、久保と大迫もまともにプレー出来る状況ではなかったが、交代枠を使い切ったことで、フル出場を強いられる状況に陥ってしまった。

 シリア戦での香川の負傷は肩の脱臼だったが、頭や身体が疲弊している状態だったからこそ、接触した後の転び方、手や足のつき方に影響を及ぼしてきていたのではないか。もしコンディションが良ければ、接触しても受け身を取ったり、怪我をするような体勢や着地は回避することが出来たのではないか……。あれを単なるハプニングで片付けてはいけないと思う。

 結果論になってしまうが、海外組合宿で彼らに重い負荷をかけるのではなく、もう少し軽微な負荷からスタートさせるべきだったのではないかと筆者は思っている。もちろん前述した海外組合宿において、段階的な参加や、午前練習の免除などまったく配慮が無かったわけではない。だがこの過酷な試合条件が予測できたのなら、よりフレッシュネスに注力すべきだったのかもしれない。

 絶対に落とせないイラク戦を控え、ハリルホジッチ監督のはやる気持ちは十分に理解出来る。招集出来る時間が非常に限られているが故に、チームを作るために、集まった選手達に負荷をかけてフィットネスを整えたい、もっと上げたいという意図が働くのも理解出来る。だが前述したように、1年戦っている段階でフィットネスは最高潮に達しているため、もっとフレッシュネスを優先させるべきだったのではないだろうか。

何人かの選手には、オフを与えても良かったのでは?

 前述した選手たちには、まずは3~4日のまとまったオフを与え、そこから戦術的な説明や動きの確認など、対人やフィジカルの要素を入れないトレーニングを徐々に取り入れていく形でも良かったのではないだろうか。

「心も身体も疲労している選手にオーバーロードをかけるのではなく、逆にアンダーロード(負荷にならないトレーニング。例えば戦術的なトレーニング)をすることで、心と身体の回復を促すほうが、コンディション維持に繋がる」(フェルハイエン)

 もちろんこの疲労回復の措置を、代表合宿に参加した全選手に与える必要は無い。

 前述した岡崎は負荷を上げた方がプラスに働くし、本田圭佑、長友佑都、浅野拓磨にとっても、今回の過酷な合宿はプラスに働いただろう。

 だからこそ個別で緻密なアプローチが必要だったのではないだろうか、と思うのだ。

 何試合も続く大会ではなく、今回はイラク戦の一発勝負。しかも、過酷な環境下での戦いが分かっていた状況だった。すべてを加味すると、イラク戦にピークを持っていくために、海外組合宿はもっと個別のコンディショニングに焦点を当てても良かったのではないだろうか。

ブラジルW杯直前にも、同じような経験をしていないか?

 思い出して欲しい――日本はこのイラク戦のずっと以前にも、同じような痛い想いを経験していることを。

 それは2014年のブラジルW杯だ。

 この時の監督だったザッケローニ氏も、W杯本番前の疲弊した選手に追加する形で練習負荷を与えた結果、重要なW杯でケガ人やコンディション不良の選手が続出し、良いところが出せぬまま、2敗1分けに終わったのではなかったか。

代表チームを巡る、全員が考えていくべき重要課題。

 もちろん今回の責任を監督1人や、コンディショニングコーチだけに押し付けてはならない。日本サッカー界として、選手のトップフォームの維持、チーム全体のコンディショニングという面で、全員が考えて、改善していかないといけない問題なのだと思う。

 ユース年代を振り返ってみても、インターハイなどでの真夏の連戦、長時間の練習による怪我やフィットネスの問題が沢山あるのだ。

 ハリルジャパンにおいても、W杯出場が決まったらOKではなく、出場が決まったら、今度はW杯で勝つために、本番から逆算する形でこの問題を真剣に議論をしないといけない。

 今回の試合は、絶対に「よく頑張った」と安易に片付けてはいけない。故障や低調なパフォーマンスに終わった選手リストを見て、もっと問題の深刻さを痛感して欲しいと思う。

 今回の試合で、昔から日本代表を巡って起こってきた課題についての警鐘を、日本代表の選手達は身を以て鳴らしてくれたのではないだろうか。

(「“ユース教授”のサッカージャーナル」安藤隆人 = 文 / photograph by Takuya Sugiyama)