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愛知県立旭丘高等学校(愛知)「かつて“100球国愛知”を引っ張った歴史と伝統を背負って今も…」

 この秋、旭丘が秋季愛知県大会で3回戦まで進出した。このことは、県高校野球としても大きなニュースである。だから、オールドファンを含めて、愛知県の高校野球ファンの間では俄かに旭丘に対しての注目が高まった。というのも、旭丘はかつての愛知一中の流れを汲む、県内一の名門校と言っても過言ではない存在だからである。現在、1年生が4人、2年生が9人でマネージャー2人という小世帯だ。限られた条件の中で、旭丘野球部はどのような意識で取り組んでいるのか、訪ねてみた。

150年近くの歴史がある伝統校


市内県立校大会で準優勝となった旭丘ナインは全部で13人

 学校創立は1870(明治3)年だから、150年近い歴史を有している伝統校である。野球部の創部も高校野球の前身となる中等野球の始まりとなった第1回大会(1915年)よりもなお古く、1893(明治26)年で、県内最初の野球部ある。だから、創部以来の歴史としても、124年の歴史となる。そして、中等学校野球の草創期は全国的にも強豪校として鳴らしており、第3回大会では全国制覇を果たしている。当時、その大会に限って導入されていた敗者復活戦システムの恩恵で、決勝に進出。決勝では雨天再試合を経て、延長14回で関西学院を下して、唯一の一度敗戦しながらの優勝校という珍記録もある。当時はまだ甲子園球場が出来ておらず、鳴尾球場時代の栄冠であった。

 この優勝が、その後の“球国愛知”を作っていく礎となっていくのだが、甲子園出場実績(23年までは鳴尾)は夏7回、春4回という実績を残している。もっとも、それらはすべて戦前の愛知一中時代のものであり、1929(昭和4)年のある夏以降は出場がない。とはいえ、その伝統は長く継承され続けている。

 そんな歴史を示す象徴的なものが、レトロ感たっぷりのユニフォームだ。戦闘帽のような筒状の白地に2本線だけの野球帽と、胸の真ん中にドカンと示されている鯱が一対「旭高」の文字を挟んでいる校章だけというスタイルは、明治時代からのものである。ちなみに、かつては「旭高」の部分が「一中」になっていたという。いずれにしても、その雰囲気が21世紀となり、平成の今の時代になっても変わらず継承されているのだ。

「最初は、ちょっと戸惑いもありましたけれども、今は、誇りだと思っています」

 この秋から、副主将にもなっている前川虎太郎君はそういう思いで伝統のユニフォームに袖を通している。

 とはいえ、県下屈指の進学校でもあり、野球部を取り巻く環境はかつての栄光や伝統には関係なく厳しいものがある。この春の大学進学実績でも東京大37人、京都大40人、名古屋大49人という合格者を輩出している。当然のことながら、入学試験のハードルも高い。中学時代の内申書で言えばほとんどオール5で、4があったとしてもせいぜい1つか2つという高い学力が求められる。もちろん、スポーツ推薦などの特別枠などはあるはずがない。だから、そんな厳しい入試を通り抜けてきた生徒たちだけで集まった野球部である。

限られた条件の中で掲げているのは?


力投するエース小松 健太郎選手

 しかも、入学以降も、校内での学業のレベルは高いので、その中で部活動として野球を継続していくのは、学校生活そのものはハードなものになる。それでも、そんな中で選手たちはこの秋は、強豪校に伍して実績を挙げてきたのだ。

 グラウンドも「ダイヤモンドを取れるのが精いっぱいで、内野ノックが出来る程度」という中で、平日はそれを他の部と分け合いながら練習している。大まかな習慣の練習メニューとしては火曜日と木曜日はノックとゲージなどでの打撃練習。水曜日は投内連携、金曜日は工夫してグラウンドを使って、外野~内野の連携がメインといった感じで、その成果を土曜と日曜の練習試合や紅白戦で確かめていくという形になっている。しかも、通常は練習時刻は18時30分までということになっている。そんな環境だから、どうしても練習量は不足気味となるのは否めない。

 中埜 佳穂監督もそのことは否定していない。ことに、打撃に関しては打ち込みの不足はどうしようもないところがある。それを補っていくために、「特にこの冬は、個々の能力アップ、具体的には下半身強化と体重アップを目指していかなくてはいけない」と、トレーニングでの基礎体力づくりを掲げている。

 それでも、チームとしてはこの秋、名古屋市の地区大会を勝ち上がり、県大会進出を果たした。そこでも2つ勝ってベスト16まで行けたことは大きな自信となっている。

 その原動力としては、エース左腕の小松 健太郎君が安定しているということも大きい。全チームから1番を背負っていた小松君だが、この夏の練習では「球のキレをよくすることと、スピードアップ」に拘ってきた。目標としていたベスト8には一つ届かなかったものの、「ストレートのキレは向上したと感じているし、球が速くなくても空振りが取れるということがわかり、そこそこの達成感はあった」と、自信を得ている。ストレートを速く見せる意味でも、大きく曲がるスローカーブは有効である。

 そして、冬から、来年へ向けては、「目標としては140キロを出すこと」とスピードアップとフォームの安定を目指し、そのためには、「下半身を強化していくことと、体重を増やしていきたい」と、中埜監督の掲げる課題と一致する。また、チームとしては中軸を任されている自分も含めて、「打撃力の向上、長打か出せるパワーを付けること」も目指している。現在178cm72kgという体格だが、体重として80kgまでアップして、これがそのままパワーアップにもつながっていくと信じている。

 小松君と並んで打線の中軸を打つ前川君は夏の練習ではケガということもあって、自分自身が出遅れていたということもあり、「結果として、チームが勝ち進めたので、ある程度満足はしているし、よかったのだけれども、自分自身はケガ明けということもあって、悔しい思いの方が大きかった」と、正直に振り返っている。

13人の部員をまとめる主将・岩下 舜典選手から一言


主将・岩下 舜典選手

 そして、来年へ向けては、「グラウンドでのフリーバッティングが出来ない分、ティーバッティングやゲージでのマシン打撃を徹底して多く時間を割くようにしていきたい。ウエイトなどの体力づくりでもパワーアップしていきたい」という思いは強い。チーム内でも、長打の放つことが出来る貴重な存在でもある。「この秋は、いろんなところと試合をして相手を見て下半身の違いを痛感した」という思いをクリアしていくべく取り組んでいくこの冬の練習となりそうだ。

 13人という少人数でもあり、チームワークとしては非常にいいのだが、そのチームをまとめているのが主将の岩下 舜典君だ。「秋は、県大会の初戦となった美和戦で勝利したことで達成感を感じられた」と、県大会で勝てたことは自信にもなっている。とは言うものの、「目標はベスト8以上だったので、県大会で2勝しても、目標には1勝届きませんでしたが、個人としてもチームとしても大きなものを得ることが出来た」という実感はあるという。

 そして、その秋以上の成績を残していくためには、「ウェイトトレーニングやダッシュなどでの体力づくり」と、やはり地道な下半身強化を掲げている。

 県内屈指の進学校でもあるだけに、選手個々の考え方や意識はしっかりとしている。自分たちの力量も把握しながら、今、何をすべきなのかということの理解度も高い。そのことは中埜監督も実感している。「選手一人ひとりがチームの一員としての自覚を持ってくれて、自分で考えるプレーをする」という目標は、少しずつ達成されているという。それでも、大事なところでミスが出たりするのは、やはりもっとメンタルの強化も必要だと感じている。

「この秋は、県大会以降の市内大会でも最後まで残れましたから、例年に比べると、公式戦も多く戦えました。緊張感のある中での試合で、一つのプレーの大事さ、判断の大切さということも学習していかれたと思います。打力向上は目標ですが、走塁にも力を入れて機動力を生かせるチームにしていきたい」

 ある程度の実績を残しただけに、来春へ向けての期待や思いも大きくなっている。そして、その一方で、1年生がわずか4人ということもあり、来春の新入生の部員確保も大きな課題となっている。厳しい入試を突破してきた生徒の中から、「高校野球をやりたい」という思いの生徒を集めていくことも、125年目を迎える伝統の野球部としての大きなテーマでもある。

(取材・文=手束 仁)

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