”日本一”の「盗塁王」は…プロ野球通算盗塁数ランキング1〜5位【NPB歴代最高記録】

産経新聞社

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 2023年シーズンに向け、動き始めているプロ野球。2022年は中村剛也(西武)の450本塁打、山﨑康晃(DeNA)の史上最年少での200セーブなど多くの通算記録が達成された。ここでは、各カテゴリのNPB歴代最高記録ランキングトップ10を紹介していく。今回は、通算盗塁数編。

 

 

第5位:高橋慶彦 477盗塁(実働期間1976-1993)


生年月日:1957年3月13日
身長/体重:176センチ/79キロ
投打:右投両打
経歴:(城西高-)広島東洋-ロッテ-阪神
ドラフト::1974年ドラフト3位
 
 33試合連続安打のNPB記録を持つ高橋。両打のリードオフマンとして広島初の日本一に大きく貢献した。
 
 高橋は、城西高から1974年ドラフト3位で投手として広島に入団。入団後まもなくして野手転向、同時にスイッチヒッターに挑戦した。
 

 
 猛練習が実を結び、4年目の78年から遊撃手として頭角を現すと、79年には1番打者として打率.304、55盗塁をマークし、最多盗塁のタイトルを獲得。
 
 同年は33試合連続安打のNPB記録を樹立するなど打線を牽引し、球団創設初の日本一を達成した。
 
 以降も活躍を続け、83年にはこれまで1桁にとどまっていた本塁打数が24本に激増。持ち味の俊足も健在で、最多盗塁のタイトルは通算3度(1979、80、85年)受賞した。
 
 キャリア晩年となった89年オフには、ロッテへトレード移籍。91、92年は阪神でプレーを続けた。

木塚忠助 479盗塁(実働期間1948-1959)

生年月日:1924年4月23日
身長/体重:168センチ/60キロ
投打:右投右打
経歴:(唐津中-門司鉄道局-)南海-近鉄
 
 いぶし銀としてチームを支えた木塚。広い守備範囲と強肩を活かした遊撃守備にも定評があった。
 
 1948年に南海へ入団。1年目から遊撃のレギュラーを担うと、翌49年には打率.303、59盗塁をマークし、初の最多盗塁に輝いた。
 

 
 同年から足で圧倒的な実績を残し、4年連続で最多盗塁を獲得。
 
 打順は主に2番や下位を打ったが、ルーキーイヤーから11年連続30盗塁以上を決め、ベストナイン受賞も7度を数えた。
 
 56年オフには、金銭トレードで近鉄へ移籍。59年まで現役を続けた。

柴田勲 579盗塁(実働期間1962-1981)


生年月日:1944年2月8日
身長/体重:175センチ/74キロ
投打:右投両打
経歴:(法政二高-)読売
 
 巨人V9時代の「1番・中堅」を担った柴田。赤い手袋がトレードマークとなっていた。
 
 柴田は、法政二高から1962年に巨人へ投手として入団した。同年オフから本格的に野手へ転向すると同時に、俊足を活かすためスイッチヒッターにも挑戦。
 

 
 直後の63年に中堅のレギュラーを獲得。66年には打率251ながら、18本塁打、70盗塁をマークし、初の最多盗塁を受賞した。
 
 実働20年間で打率3割を超えたシーズンは1度もなかったが、65年から9年連続日本一を達成したチームで、塁上を駆け回る不動のリードオフマンとして躍動した。
 
 タイトルを見ると、最多盗塁6度(1966、67、69、72、77、78年)に加え、ベストナイン4度(1967、71〜73年)獲得。
 
 ダイヤモンドグラブ賞(現ゴールデン・グラブ賞)も5度(1972〜74、76、77年)受賞するなど守備でも高い貢献度を見せていた。

広瀬叔功 596盗塁(実働期間1956-1977)


生年月日:1936年8月27日
身長/体重:176センチ/72キロ
投打:右投右打
経歴:(大竹高-)南海
 
 22年間南海一筋でプレーした広瀬。その存在は、NPBにおける盗塁の価値を高めたといわれている。
 
 広瀬は、1955年に投手として南海に入団。56年途中に野手へ転向すると、翌57年には黄金期を迎えていたチームで、「1番・遊撃」の座を射止めた。
 

 
 61年に42盗塁を決め、初の最多盗塁を獲得。同年から5年連続タイトルに輝き、64年には打率.366、72盗塁で首位打者との同時受賞を果たした。
 
 圧倒的なスピードに加えて高い盗塁技術を誇り、64年には31回連続盗塁成功、68年にはシーズン盗塁成功率95.7%(44盗塁、2盗塁刺)をマーク。
 
 また、通算盗塁成功率は82.9%(596盗塁、123盗塁刺)となっている。

福本豊 1065盗塁(実働期間1969-1988)


生年月日:1947年11月7日
身長/体重:169センチ/68キロ
投打:左投左打
経歴:(大鉄高-松下電器-)阪急
ドラフト:1968年ドラフト7位
 
 2位以下を大きく引き離し、トップに立った福本。通算1065盗塁は、NPBのアンタッチャブルレコードとなっている。
 
 1968年ドラフト7位で入団。2年目の70年から外野の一角を担うと、同年に打率.274、75盗塁をマークし、初の最多盗塁を獲得した。
 

 
 以降も、阪急黄金期のリードオフマンとしてチームを牽引し、同年から13年連続最多盗塁を受賞。
 
 特に72年には打率.301、106盗塁のNPBシーズン盗塁記録を樹立し、最優秀選手にも輝いた。
 
 また、俊足を活かした外野守備も球界随一で、72年から12年連続ダイヤモンドグラブ賞(現ゴールデン・グラブ賞)、ベストナインも10度受賞。
 
 打撃面では、歴代8位の通算1234四球と選球眼にも長けており、通算115三塁打は、盗塁とともにNPB歴代最高記録となっている。

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