運動科学から見た、投手・大谷翔平の凄さ。肩甲骨の自由度が生み出すスピード・球威とコントロール

MLB1年目の大谷翔平選手が、期待以上のパフォーマンスを発揮できている。運動科学研究の第一人者であり、5月7日に『肩甲骨が立てば、パフォーマンスは上がる!』を上梓した高岡英夫氏は活躍の理由として”肩甲骨の使い方”を挙げる。

Getty Images、運動科学総合研究所

野球でいう”タメ”が自然にできる

 大谷選手は二刀流ですから、バッティングを見たら、次にピッチングも見ていかなくてはいけません。
 
 ピッチングについてはバッティングに比べその長い運動プロセスの多くの局面において、肩甲骨が肋骨からはがれて自由に動ける、つまり「立甲」していることが必要です。ここでは紙面を有効利用するためにテイクバックの局面から順番に見ていくことにしましょう。
 まずは、テイクバックの局面です。私は「テイクバックダウン」と呼んでいますが、腕を後ろに引いて腰くらいの高さにボールが来るタイミングで、肩甲骨は肋骨からはがれる、つまり立甲します。そこで何が起きるかというと、前回のバッティングの話でも説明したように、肩関節から肩甲骨を含む、周りの大きな筋肉全体が肋骨からはがれて甲腕一致し、力が抜けてダラー、ズルズルとゆるんでくるのです。
 
 この状態にある選手は、肩甲骨周りが脱力してゆるんでいるので、その外側にある上腕や前腕の筋肉も脱力ができています。脱力は体幹に近い筋肉ほど難しくなるので、体幹の中にある肩甲骨やその付近の筋肉が脱力できていると、上腕、前腕の脱力もできやすいのです。
 
 テイクバックダウンは後方の下向きに行っていますから、地球の重力にしたがって全体的に腕が垂れた状態になります。この後、軸足に乗って体幹が体軸を中心に軸回転しつつ前方、つまり捕手の方向に移動していきながら、それと同時に上腕も肩の高さまで上がっていこうとします(前腕は上腕より低い位置に垂れている)。全体として見ると、腕に対して腕を捕手方向へ引っ張っていこうとする下半身から体幹の運動があり、さらに、腕は捕手方向かつ上方向に引っぱり上げられ、移動させられます。このとき、肩甲骨周り、肩周り、腕の筋肉がゆるんでいると、腕とボールが元々あった後ろ下方の位置に理想的に残ろうとするのです。もし、これらの筋肉に力が入っていると、体幹が移動しようとするとすぐに一緒についていってしまい、腕とボールが残らなくなってしまうのです。
 
 ところが、大谷選手はいまお話ししたように、肋骨の外、肩甲骨周りの大きな筋肉や腕全体がブラブラに脱力していますから、元の位置に残ろうとする働きが強く生じます。このように物体が元の位置に残ろうとする力を「停止慣性力」といいます。自由に存在している物体は、他から力を加えた時に大きな抵抗力を持ってその場に残ろうとするのですが、これが実は、野球で言う“タメ”の一つの原理なのです。

立甲ができるから、強力でスピーディーな腕振りに繋がる

 立甲と甲腕一致ができると、このファーストステップのタメが十分にできるようになります。これは肩甲骨が十分にはがれ、立甲ができている大谷選手にとっては大きな強みです。続いて体幹は捕手方向に移動しながら、体幹が少し軸回転して三塁方向に向き、両腕はグラブを付けた腕とボールを持った腕が、体幹の左右でちょうど対等に向かい合うような瞬間があります(※これをセカンドステップとします)。この時に肩甲骨が固い選手だと、肩甲骨が肋骨に強くへばりついて固定されてしまいます。というのも、この局面は軸を天地にまっすぐ通し胸を張るように体幹をしっかり屹立(そびえ立つように垂直に立てること)させ、両上腕を肩の高さに近いところまで持ってくる必要があるため、僧帽筋、菱形筋、三角筋など上背部から肩周りの筋肉群を首の付け根に向かって収縮させるからです。これにより、肩甲骨が固い選手では肩関節や肩甲骨、両腕が自由度を失い、ブラブラの重みのある状態が全くなくなってしまいます。ですから、このような体幹を屹立し胸を張った局面でも肩甲骨が肋骨からはがれている必要があるのです。これがなかなかプロでもできないのですが、大谷選手はこれができているのです。
 
 胸がきちっと三塁方向を向いたセカンドステップでは、顔~目が捕手の方向を正対するように向いています。両腕の上腕が大きな衣紋掛けのようにパッと左右に開いて、前腕は垂れている感じ、あの状態の格好が大谷選手は非常に良いのです。軸と体幹の屹立と安定、甲腕一致による“タメ”、そして打者に対して体幹の裏に右腕が隠れるブラインドポジションの3つが、ファーストステップからセカンドステップにわたり同時に達成されているのです。
 
 また肩甲骨が固いと腕が上がっていくことに影響され、肋骨は歪んでねじれてしまったり、いろいろな力を受けてしまいます。目に見えないところで軸が狂い、バランスの精度が下がり、連動が切れ切れになり、力の流れが途絶えてタメがなくなり、自分でも整理し切れない状態が起きてくるのです。ですから、肋骨の周りの筋肉も肋骨自身も力が抜けて、体幹全体とともにストーンと屹立させないとダメなのです。これができると、軸がしっかりと通って体のバランスが整い、全身が適切に連動し、力がよどみなく流れます。大谷選手はそれができています。
 
 それができるから、その後、私が「テイクバックアップ」と呼ぶサードステップ局面で、肩甲骨と肩関節の自由度を保ったまま頭の後ろにボールを持ってくることができ、フォワードスイングでの腕を斜め高く上げ伸ばすゼロポジションに、肩関節・肘関節のストレスなくスムーズに入っていけるのです。そのすべてのプロセスでも、肩甲骨は肋骨の上で自由に動いています。つまり、野球でよく使われる「ゼロポジション」を含む投球動作の全プロセスで「立甲」から「甲腕一致」ができているのです。このテイクバックアップからフォワードスイングを終えるまでのプロセスで肩関節から先で上腕を振ると、肩関節や肘関節に過剰な負荷がかかり、肩や肘を傷めてしまう恐れがあります。
 
■ゼロポジション
 


 
ゼロポジションとは、肩甲骨の裏側にある屋根のような部分=肩甲棘が腕の上腕骨と一直線になったポジションのこと。
 
 前回のバッティングでも言ったように肩関節から先が動くのではなく、肩関節の使用を抑制し、肩甲骨と肩関節を含む大きな筋肉と一緒に肘関節を含む腕全体を甲腕一致させて動かし、振っていくのです。肩関節というのは股関節に比べて小さく、実は靭帯も弱く、弱いがゆえに、それを支えるためのローテーター・カフという筋肉群が存在します。この筋肉群は、皆さんも聞いたことがあるかもしれませんが、4つの筋肉が周りを囲むようにして弱い靭帯のサポートをしているのです。
 
 ですから、肩関節を使って腕を振るのではなく、肩関節を含んだ丸ごと大きな肩甲骨全体が肋骨の上で自由に動きながら甲腕一致して腕振りがなされ、強力で高速度な運動量を持ったスイングになることが必要なのです。下半身から生まれ、体幹の軸回転と移動によって生まれた大きな運動量は、バッティングでもそうだったように、強力でスピーディーな腕振りに高速変換しながら伝わらなければなりません。これにより“タメ”が十分に活かされ、体重の乗ったボールが矛盾なく腕から放たれることになります。あの大谷選手の実に滑らかで気持ちの良いピッチングは、こうして生まれるのです。
 
 フォロースルーも肩甲骨全体が腕とまさに充分に甲腕一致して、肋骨の上を前方向に滑りながら左斜め前へ落ちていきます。このフォロースルーにおいて肩甲骨が柔らかい大谷選手は、強大なフォワードスイングの運動量のうち、ボールに移動伝達された運動量の残りのかなりの大きさの運動量を、肋骨の上を「甲腕一致」で滑らせながらきれいに流し去り消すことができるのです。このプロセスにおいて肩甲骨の固い選手は肩関節だけで残りの運動量を受け止め吸収しようとするために、肩関節を傷めやすくなるのです。
 
第1回 運動科学から見た、打者・大谷翔平のパフォーマンスの高さと故障の要因はこちら
 
 
 
【書籍紹介】肩甲骨が立てば、パフォーマンスは上がる!
 
高岡英夫著(運動科学総合研究所所長)、A5判、P256、定価:1700円+税
 


 
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