捕手で大成しなくても… 小笠原、和田、北川ら打撃を武器に飛躍した一流プレーヤーたち

ソフトバンク・栗原陵矢【写真:藤浦一都】

ソフトバンク・栗原陵矢【写真:藤浦一都】

捕手と他のポジションを兼任しながら活躍した選手は過去にも存在

 ソフトバンクの栗原陵矢捕手が対外試合で好調を維持し、首脳陣に対して大いにアピールした。彼が本職とする捕手には強肩で鳴らす甲斐拓也がおり、チーム内における壁は高い。だが、栗原は捕手に加えて一塁手や外野手としても出場するユーティリティ性を発揮しており、複数のポジションをこなしながら1軍定着のチャンスをうかがっている。

 このように、捕手を本職としながらも、1シーズンにおいて捕手を含めた複数の守備位置を守りながら、1軍で出場機会を確保した選手は過去にも少なからず存在している。その中には、和田一浩氏、小笠原道大氏、近藤健介、森友哉といった、後のタイトルホルダーも複数存在。彼らは複数ポジションをこなして見せた活躍をきっかけに、大成を果たした選手の典型例といえるだろう。

 今回は先人たちの例を、兼務した当時の年齢、ならびに各選手のキャリアにおける時期によって2つに分類しながら、それぞれの傾向について振り返る。

持ち前のユーティリティ性が、後の活躍の礎となった選手たち

 まずは、若手、あるいは中堅時代に、捕手と他のポジションを兼任していた選手たちを紹介していく。なお、年数の後ろに表記してある年齢は、各選手の当該年の満年齢を示したものとなっている。

○礒部公一氏(元近鉄・楽天)
1998年(24歳)
捕手70試合 外野手71試合
118試合 320打数93安打 4本塁打31打点 2盗塁 5犠打
打率.291 出塁率.345
2000年(26歳) 
捕手87試合 外野手34試合
94試合 318打数99安打 6本塁打33打点 6盗塁 10犠打
打率.311 出塁率.367

関川浩一氏(元阪神・中日・楽天)
1995年(26歳)
捕手94試合 外野手26試合
124試合 417打数123安打 2本塁打30打点 12盗塁 7犠打
打率.295 出塁率.362
1996年(27歳)
捕手33試合 一塁手6試合 外野手60試合
113試合 344打数108安打 2本塁打28打点 5盗塁 2犠打
打率.314 出塁率.368
1997年(28歳) 
捕手60試合 外野手31試合
95試合 245打数75安打 5本塁打26打点 3盗塁 2犠打 
打率.306 出塁率.392

高木大成氏(元西武)
1997年(24歳) 
捕手4試合 一塁手107試合 外野手4試合 指名打者8試合
130試合 474打数140安打 7本塁打64打点 24盗塁 6犠打
打率.295 出塁率.357

○小笠原道大氏(元日本ハム・巨人・中日)
1998年(25歳) 
捕手20試合 一塁手3試合 外野手1試合 指名打者3試合
71試合 86打数26安打 1本塁打9打点 1盗塁 0犠打
打率.302 出塁率.378

和田一浩氏(元西武・中日)
2000年(28歳) 
捕手8試合 一塁手15試合 外野19試合 指名打者13試合
55試合 170打数52安打 1本塁打24打点 9盗塁 0犠打 
打率.306 出塁率.360
2001年(29歳) 
捕手25試合 一塁手1試合 外野手45試合 指名打者11試合
82試合 206打数63安打 16本塁打34打点 5盗塁 5犠打
打率.306 出塁率.372

近藤健介(日本ハム)
2014年(21歳) 
捕手16試合 三塁手70試合 遊撃手2試合 指名打者3試合
89試合 264打数68安打 4本塁打28打点 3盗塁 10犠打
打率.258 出塁率.295

森友哉(西武)
2016年(21歳)
捕手26試合 外野手49試合 指名打者22試合
107試合 349打数102安打 10本塁打46打点 1盗塁 0犠打
打率.292 出塁率.367

小笠原氏、和田氏は捕手スタートから球界を代表する大打者に

 以上のように、規定打席未到達ながら打率.300前後の成績を残している選手が多くなっている。後に打者としてブレイクを果たした選手たちは、複数ポジションで出場を続けるという負担の大きな状況でも、打撃面で一定以上のインパクトを残していたことがうかがえる。

 後に三塁手や一塁手として数多くのタイトルを獲得した小笠原氏や、パ・リーグで首位打者と最多安打、セ・リーグで最高出塁率とMVPを受賞した和田氏をはじめ、これらの選手たちはいずれも後にチームの屋台骨を支える存在へと成長を遂げている。パ・リーグの現役選手2名もキャリアの初期に捕手以外のポジションをこなしながら経験を積み、近藤は外野手、森は捕手としてレギュラーを獲得し、活躍を続けている。

 比較的若い時期に複数ポジションを兼任した選手が多い中で、今回取り上げた2年間が20代終盤という時期だった和田氏はやや異彩を放つ存在といえるか。和田氏は大学、社会人を経て25歳で入団と、年齢面ではやや遅いプロ入りだった。しかし、2002年からの9年間で8度の打率3割を記録し、2015年には史上最年長で2000本安打を達成するなど、30代以降に達してからの活躍は目覚ましいものだった。

 和田氏は2000本安打を達成した2015年限りで現役を退いたが、この年も43歳という年齢にして79試合に出場して打率.298を記録しており、まさに晩年まで衰え知らずの現役生活を送っていた。まさに大器晩成と形容できる和田氏のキャリアにおいて、2002年以降のブレイクへは、今回取り上げた2年間が大きな意味を持っていたに違いない。

ベテランとなってから一塁手に転向した2選手に対し…

 続けて、ベテランの域に達してから捕手と複数ポジションを兼任した選手たちについても、先ほどと同様に紹介していきたい。

田淵幸一氏(元阪神・西武)
1978年(32歳)
捕手79試合 一塁手37試合
117試合 413打数119安打 38本塁打89打点 1盗塁 0犠打
打率.288
1979年(33歳)
捕手25試合 一塁手25試合 指名打者54試合
107試合 382打数100安打 27本塁打69打点 0盗塁 0犠打
打率.262 出塁率.336

北川博敏氏(元阪神・近鉄・オリックス)
2001年(29歳)
捕手55試合 一塁手16試合 指名打者5試合
81試合 200打数54安打 6本塁打35打点 2盗塁 1犠打
打率.270 出塁率.355
2003年(31歳)
捕手15試合 一塁手58試合 指名打者27試合
99試合 317打数98安打 13本塁打50打点 5盗塁 1犠打
打率.309 出塁率.380

阿部慎之助氏(元巨人)
2005年(26歳) 
捕手98試合 一塁手32試合
130試合 476打数143安打 26本塁打86打点 0盗塁 0犠打
打率.300 出塁率.365
2012年(33歳)
捕手116試合 一塁手21試合 指名打者1試合
138試合 467打数159安打 27本塁打104打点 0盗塁 2犠打
打率.340 出塁率.429

阪神から近鉄に移籍した北川は打撃を武器に「代打逆転サヨナラ満塁優勝決定ホームラン」

 ベテランになってから守備の負担を減らすために他のポジションに移るというケースは、捕手に限らずよくある話だ。その目的からして、最終的には他のポジションに比べればフットワークを必要としない一塁手への転向が多くなるのは理に適っている。今回取り上げた田淵氏と阿部氏に関しても、その法則に則った例といえそうだ。

 阿部氏は当時26歳とまだ若かった2005年に、一旦故障の影響で負担の少ない一塁手での起用が多くなった。だが、翌年からは再び本職である捕手としての出場が大半に。それでも2009年以降も一塁手として守備に就く機会は存在し、首位打者、打点王、MVPと大活躍した2012年には再び一塁手としての出場が増加。2年後の2014年にも捕手111試合、一塁手24試合と2012年に似た数字となり、翌2015年からは本格的に一塁手へと転向している。

 田淵氏は、本塁打王を獲得した1975年には捕手128試合、外野手5試合と、試合数は少ないながらも全盛期の頃から一塁手や外野手として出場する機会もあった。ベテランとなってからは一塁手を務める機会が増え、阪神での最後のシーズンとなった1978年、西武移籍初年度の1979年と、段階的に捕手としての出場が減少。そして、1980年以降は捕手としての出場はほぼなくなっている。

 一方で、29歳と31歳のシーズンを取り上げた北川氏のケースは、先述した和田氏とよく似たものだ。阪神時代は1軍での出場機会に恵まれなかったが、2001年に移籍した近鉄では主に代打として活躍を見せ、同年に「代打逆転サヨナラ満塁優勝決定ホームラン」を放って一躍注目を浴びた。2003年には規定打席不足ながら打率.300を超える好成績を残すと、その後は主に一塁手を務め、近鉄とオリックスの主力打者として活躍を続けた。

 先述したように、年齢の影響で一塁手にポジションを移すケースが2つあったのに対し、和田氏よりもさらに高齢となってからスーパーサブとしてブレイクの足がかりをつかんだ北川選手のような例があるのも興味深い。出場機会を得るために積極的に新境地に挑む姿勢は、年齢を問わず実を結ぶ可能性が十分にあるということだろう。

10名すべてがリーグ優勝に貢献という縁起の良さも

 以上のように、捕手を含めた複数のポジションを務めながら、打撃面で優れた成績を残した選手は少なからず存在した。しかし、2005年の阿部氏と2016年の森選手以外は、後に捕手以外のポジションにコンバートされている点も示唆的だ。やはり、捕手以外のポジションも務めながら打撃面で結果を出すと、打撃をより生かすために他のポジションに移るケースが多かった。

 また、今回取り上げた10名の選手は、いずれもその現役生活において、所属したチームのリーグ優勝に貢献した経歴を持っている点も興味深い。北川氏以外はいずれも優勝したシーズンにチームの主力を務めており、唯一の例外である北川氏も、代打として優勝を決める劇的な本塁打を放つというインパクト抜群の活躍を披露。こういった縁起の良い流れも、コンバートに対する楽しみな要素の一つと言えるだろう。

 一旦は外野や指名打者での出場が多くなりながら、その後捕手に復帰し、扇の要として埼玉西武のリーグ連覇に貢献した森選手が直近の例ということもあり、ユーティリティで結果を出したら捕手以外にコンバート、という潮流が今後は変わっていく可能性もある。栗原選手がこれからどのような野球人生を送るかは現時点では誰にもわからないが、先人たちのように一軍に定着し、主力としてチームの優勝に貢献するような活躍を見せてほしい。(「パ・リーグ インサイト」望月遼太)

(記事提供:パ・リーグ インサイト)

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