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ホットドッグに童心――「10月男」に必要な要素

【内田雅也の広角追球】司馬遼太郎の『国盗り物語(一)斎藤道三前編』(新潮文庫)で、松波庄九郎(後の道三)が初めて謁見(えっけん)した美濃の守護大名、主君の土岐頼芸に「人間、思いあがらずになにができましょうか」と語るシーンがある。

レジー・ジャクソン(AP)

「美人はわが身が美しいと思いあがっておればこそ、より美しくみえ、また美しさを増すものでございまする。才ある者は思いあがってこそ、十の力を十二にも発揮することができ、膂力(りょりょく=腕力・筋力)ある者はわが力優れりと思えばこそ、肚(はら)の底から力がわきあがってくるものでございます」

「美濃のマムシ」と呼ばれ、権謀術数を駆使して大名となった道三である。戦国の世、下克上を果たすには「思いあがり」が肝要だった。

同じ勝負の世界、プロ野球の天下取りにも通じているのではないか。

日本一に向けた戦いが間近に迫った。セ・パ両リーグとも、クライマックスシリーズ(CS)ファーストステージが14日に開幕する。ファイナルステージ、そして日本シリーズと続く。

大リーグではプレーオフやワールドシリーズに活躍する選手について「ミスター・オクトーバー」(10月男)という言い方がある。この称号を最初に受けたのが、レジー・ジャクソンだった。

ヤンキースの主砲として1977年、ドジャースとのワールドシリーズに出場。優勝を決める第6戦での3打席連続“初球”本塁打など通算で打率4割5分、5本塁打と活躍。エンゼルス時代以来2度目のシリーズMVPに輝いた。この時、「ミスター――」の異名が定着した。

豪快で「ワールドシリーズが好きじゃない唯一の理由は自分のプレーが見られないことだ」など、歯に衣(きぬ)着せぬ発言が目立った。オールスター戦に向けて「プレーしに行くんじゃない。注目されるために行くんだ」、ヤンキース移籍で「スターになるためにニューヨークに来たんじゃない。もともとスターなのさ」と言い放った。

こうした選手をアメリカでは俗に「ホットドッグ」と呼ぶ。自己顕示欲が強い、目立ちたがり屋といった意味だ。賛辞ばかりでなく、どこか冷めた批判的な意味もあり、関西弁で言う「いちびり」に近いかもしれない。

ジャクソンは「あれだけのホットドッグに塗るマスタードは世界中から集めても足りない」と言われた。

フライをジャンプしながら捕球し、本塁打を放った際にしばし打球を眺めるなど、攻守に派手で目立った新庄剛志は大リーグ時代、現地紙で「ホットドッグ」と書かれていた。新庄もまた明るく、豪快だった。

やはり「10月男」や「シリーズ男」になるには「思いあがり」の「ホットドッグ」でなければならない。プレッシャーがかかって当然の大舞台を、逆に楽しむような姿勢だろうか。

そんな意味もあるのだろう。阪神監督・金本知憲も就任当初から「やんちゃ」な「野球小僧」のような選手の出現を歓迎していた。金本自身、阪神での現役時代、2003年の日本シリーズで3試合連続4本塁打を放つなど大舞台に強かった。「野球小僧」だと自覚していたのかもしれない。

同じ感覚を戦後、球界を代表する大打者、大下弘(東急―西鉄)が書き残している。巻紙に毛筆で記した『大下弘日記――球道徒然草』に<大人になると「子供と遊ぶのが馬鹿らしくなる」と人は云ふかもしれないが、私はそうは思はない>とある。<私はその反対だ。子供の世界に立ち入って、自分も童心にかへり、夢の続きを見たい>。

この童心もまた「10月男」の要素だろう。

大リーグで三冠王にもなったカール・ヤストレムスキー(レッドソックス)が10月について語っている。「一日中、野球に思いを巡らし、夜は夜で夢にまで見ている。唯一考えずにすむのはプレーしている間だけなんだ」

選手もファンも野球記者もしびれる季節。「10月男」の出現が楽しみである。=敬称略=

    (編集委員)

◆内田 雅也(うちた・まさや) ワールドシリーズはニューヨーク支局時代の2001年にダイヤモンドバックス―ヤンキースの激闘、02年に新庄剛志(ジャイアンツ)の日本人初出場などを取材。01年の最終第7戦(フェニックス)で、前日先発勝利していたランディ・ジョンソンがブルペンに歩んだ時の大歓声には震えた。1963年2月、和歌山市生まれ。桐蔭高―慶大卒。1985年入社。07年から大阪紙面でコラム『内田雅也の追球』を執筆。