ソフトバンクの独走Vは“金銭野球”だったのか…「総スカン」小久保監督がヘッドの意見を聞いた「5番・近藤」と育成から支配下登録した8人の意義

 ソフトバンクが135試合目で4年ぶり20度目のリーグ優勝を果たした。4月4日から最後ま4首位の座を明け渡すことなく独走。2位の日ハムには11ゲーム差をつけての圧勝だった。就任1年目の小久保裕紀監督(52)はいかにしてチームを優勝へ導いたのか。チームOBで福岡に在住、ソフトバンクの野球に詳しい評論家の池田親興氏(65)に、その理由を分析してもらった。

 毎試合帰宅後に早送りせずに録画した試合を見直す

 その瞬間、小久保監督は、奈良原浩ヘッドコーチと抱き合った。そして京セラドームのマウンド付近で、8度宙に舞った。就任1年目で4月4日から最後まで独走してパ・リーグの頂点に立った。優勝マジック1で迎えたオリックス戦。足首を痛めて戦線離脱した近藤の代役でスタメン起用されていた中村晃のタイムリーで先制。すぐに逆転されたが「9番・ライト」の育成3年目で今季から支配下登録された川村友斗の猛打賞2打点の活躍など15安打で9得点を奪っての圧勝だった。今季のソフトバンクを象徴するようなゲームだった。
 優勝インタビュー。
「2月のキャンプからこの日のために全員でやってきた。懸命に戦った選手たちに胴上げしてもらえて本当に最高でした」
 小久保監督はどこか誇らし気だった。
「我々は常に最悪最低を想定しながらマネジメントはするんですが、そのチャレンジャーとしてスタートした中で、こう逃げ切るとか守りに入るっていうところもやはりあった。9月に入ってからの戦いが非常に長く、しんどく感じた。開幕当初、選手たちには『プロとはなんぞや』と。代えのきかない選手になることが本当のプロフェッショナルだと言ってきた中で、選手たちが代えのきかない選手になり、集大成の9月を迎え連敗もありましたが、そこから跳ね返したのはプロフェッショナルとしてやった結果」
 なんと貯金「38」での圧勝V。チーム打率.259、得点577、本塁打107、そしてチーム防御率2.53とすべての数字がリーグ1位。ソフトバンクは無双だった。
 現役時代に阪神、ダイエー、ヤクルトでプレー。ソフトバンクの試合はファームも含めて取材してきた池田氏は「小久保監督は1年間ぶれなかった」と分析した。
 開幕から3番・柳田悠岐、4番・山川穂高、5番・近藤健介のクリーンナップを固め、柳田が怪我で離脱するまでの48試合は、その打順を固定した。3番は、その後、84試合は栗原陵矢が任されたが、西武からFAで移籍してきた山川は全試合で4番を打ち、近藤も9月16日のオリックス戦で右足首を痛めて登録抹消されるまで全129試合に5番で出場した。頭を悩ませたのは、近藤の起用法だった。
 池田氏によると、小久保監督は、当初、「3番・近藤」を考えていたという。
だが、青学大の先輩で侍ジャパンでもコンビを組んだ経験があり、自ら声をかけて招聘した奈良原ヘッドコーチが「5番・近藤」を提唱した。
「山川に好きに打たせ勝負してもらうには後ろの打者が重要」
 小久保監督は、その根拠に納得して、柳田、山川、近藤のクリーンナップで開幕を迎えた。
「1軍ヘッド時代の小久保監督はどちらかと言うと人の意見は聞かず全部自分で決めていた。2軍監督を経て、監督になって考え方がより柔軟になり視野が広くなった」
 池田氏は、1軍ヘッド時代に「選手に総スカン」だった小久保監督の変化を感じ取った。

 

 山川は6月に打率,182、0本と大スランプ。5月22日の楽天戦の12号から7月2日の西武戦の13号まで30試合本塁打がなかった。それでも小久保監督は動かなかった。いや動く必要がなかった。5番の近藤が6月に打率.413、7本塁打、23打点と打ちまくってチーム成績も17勝5敗1分けと大きく勝ち越した。まったく影響がなかったのである。
 山川は、「変に小細工をしてゲッツーで終わるより、思い切って振って三振した方が、後ろの近藤さんがなんとかしてくれる」と考えて打撃が小さくまとまることはなかったという。結果的に、山川は32本塁打、94打点で現在リーグ2冠である。
 FAでの山川の獲得は物議を醸した。
 西武時代に不起訴にはなったとはいえ、強制性交の疑いで書類送検され、当然のようにファンのバッシングを受けた。本来は明るい性格だが、春先までは池田氏が取材に訪れた際にも「目を合わせようとはしなかった」という。
 チームに溶け込ませたのは、柳田や栗原ら性格が明るいメンバーだ。
 当初、山川は、本塁打のあとの「どすこいポーズ」は封印するつもりだった。
それを彼らが「やろう、やろう」と背中を押して、ベンチ前で一緒にポーズをとった。
 山川は、チームメイト、そして最終的には温かく迎え入れてくれたホークスファンへ何度も感謝の言葉を繰り返したという。
 池田氏はソフトバンクのもうひとつの優勝の理由に「チームモチベ―ション」をあげた。
「ソフトバンクは4軍制を敷いている。支配下登録されていない育成選手が多い。その中で小久保監督は、3月の“育成三銃士”から始まって今季8人も育成から支配下登録をした。そのことで“頑張ればチャンスをもらえるんだ”という一体感が、1軍から4軍までソフトバンクという組織全体に生まれた。2軍監督を経験した小久保監督だからこそ感じたものだったと思う」
 小久保監督は、フロントに直訴してキャンプで存在感を示した緒方理貢、川村友斗の外野手2人と仲田慶介内野手の“育成三銃士”を開幕前に支配下登録した。6月には昨年オフに戦力外を通告して育成で契約をし直した2019年のドラフト1位の佐藤直樹を支配下に戻し、登録期限ギリギリの7月には、中村亮太、三浦瑞樹、前田純の3投手と石塚綜一郎捕手の4人を支配下登録した。
 また池田氏は「2位以下にゲーム差をつけ、チームがたるみかねないところをやる気にあふれた若手の積極起用でチームに刺激を与え続けた」という点にも注目した。ドラフト3位ルーキーの廣瀨隆太を5月に昇格させ〝ギータ2世〟の笹川吉康にもチャンスを与えた。

 

 

 また投手陣でも岩井俊介、村田賢一、澤柳亮太郎、大山凌のルーキー4人を抜擢している。故障者をカバーしたのは選手層の厚さである。柳田の穴は、正木智也、柳町達らが補い、9月に近藤が抜けた穴は、中村晃が埋めた。また投手陣は、ストッパーのオスナが離脱した7月は、松本裕樹、松本が9月に抹消されると、昨季加入の左腕のヘルナンデスが、きっちりと役目を果たした。セットアッパーでは未完の大器と言われた杉山一樹が覚醒した。
 池田氏は「先発はモイネロ、有原、大津の3人が軸になったが、春先は、まだ整備できていなかった。それが4月、5月は6連戦ではなく2連戦と3連戦の週に5試合というパターンが3度、4度続いて助けられた。序盤戦のダッシュにつながった。ターゲットとしていたオリックス、そして西武の調子が上がらず勝ち星を稼げたことも大きかった。流れがソフトバンクにあった」という。
 小久保監督は「美しい野球」をスローガンに掲げた。
「勝利の神様は細部に宿る」とも言い続けた。池田氏が小久保監督をインタビューして驚いたのは、小久保監督が、自宅、あるいは遠征先では宿舎に帰り、毎試合、録画した試合を早送りせずに見直して、選手だけではなく、監督、コーチまで、ベンチでの立ち振る舞い、表情、ユニホームの着こなしまでをチェックしていたことだという。
「見られていることを意識せよ!」
 選手には、そう問いかけたという。
「そういう細かな部分まで注意することが、ゲームへの集中力につながるという考え。徹底していましたね」
 一方で、昨年はFAで日ハムから近藤を獲得し、メジャー帰りの有原、ロッテの守護神だったオスナまで“強奪”。今季も山川や巨人のウォーカーなどの大型補強を行ったことへの“金銭野球”という批判もある。
 池田氏はこんな意見だ。
「あまりにも強いので、そういう意見が出てくるのはわかるけれど、考えてみてく下さい。60億円補強と言われる大型補強をしてここ3年は勝てなかったんですよ。生え抜きの若手のプラスアルファで勝てた。お金をかけたから優勝できるというものではない。金銭野球という表現で今季の優勝を語るのは間違い」
 次なる目標はもちろん日本一。その前にクライマックスシリーズでリベンジに燃えるライバルチームを蹴散らさねばならない。だから小久保監督は、「余韻に浸るのは今日だけ」と言った。

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