西武・岡田雅利は生涯一捕手で現役引退 「生まれ変わってもやりたい」キャッチャーの面白さを語る

 生まれ変わっても、キャッチャーをやりたいですか?

 今季限りで11年間の現役生活に終止符を打った岡田雅利(西武)に初めてそう聞いたのは、キャリアで2番目に多い52試合に出場した2018年シーズン終盤だった。

「やりたいです。斉藤和巳(元ソフトバンク)さんみたいにカッコよかったら、ピッチャーをやりたいけど(笑)。キャッチャー、面白いです」


控え捕手として長きに渡りチームを支えた岡田雅利 photo by Koike Yoshihiro

【第三捕手として優勝に貢献】

 西武が10年ぶりのリーグ優勝を達成した2018年、森友哉(現・オリックス)の72試合、炭谷銀仁朗の41試合に次ぎ、岡田は28試合で先発マスクをかぶった。数にすれば決して多くないが、"第三捕手"は優勝に不可欠な存在だった。

 なかでも大きな意味を持ったのが6月13日、メットライフドーム(現・ベルーナドーム)で行なわれた交流戦のヤクルト戦。プロ入り2年目の今井達也がプロ初登板初先発を果たすと、6回1失点で初勝利に導いたのだ。

 2024年9月14日の引退会見で、岡田はこう振り返っている。

「ちょうどこの前、今井に『初勝利させてもらったのは岡田さんです』と言ってもらえて、すごくうれしかったです。初めは『どうしたらいいんや、コイツ』っていうぐらいだったけど、今は投手陣の大黒柱として頑張ってくれています。いろんな考えを持って、すごくいいピッチャーになったと思います。今年は奪三振のタイトルがかかっているので、目指して頑張ってほしいですね」

 大阪ガスから西武に入団して5年目の2018年。前年はキャリア最多の68試合に出場したものの、岡田は難しい立場に置かれた。大阪桐蔭の後輩である森が本格的に捕手としてプレーすることになったからだ。

 加えて西武には、岡田が「なかなか超えられない存在」と言う炭谷もいた。

「森がいて、銀さん(炭谷)もバッティングの成績がすごくよくなっていたので、『ちょっと居場所がないな......』というプレッシャーがすごくありました。森も成長してきて、それまで銀さんが組んでいたピッチャーの先発の時に、森がマスクをかぶることも出てきたので」

 野球で捕手は最も競争の激しいポジションだ。岡田は出場機会に恵まれるたび、「なんとか爪痕を残そう」と意気込んだ。

 マウンド上の投手に自分の意図を伝えるため、ミットを構えて小さくなり、「低めに来い」と大袈裟なジェスチャーを見せる。打者に気づかれるかもしれないが、それより投手を引っ張ることを優先した。

 リードではインコースをあえて多く使うなど、炭谷と違う配球を心がけた。さらにイニングの合間や試合後、とくに若手投手とは積極的にコミュニケーションを図った。

「若いピッチャーは、(深い考えを持たず)ただ単に投げていることも多い。試合前に『インコースでいきたい』と言っていたのに、インコースのサインを出したら首を振るとか。試合後、『あそこはインコースにいけたんじゃないか』と話し、次に生かしてもらうようにします。ゴマするわけじゃないですけど、『キャッチャー、誰がいい?』と聞かれたピッチャーが『こう言ってくれたから岡田さん』となってもらえたらいいし。キャッチャーとしてピッチャーを伸ばせる部分って、そういうところしかないと思うので」

今井達也のプロ初勝利を演出】

 節々での会話に加え、配球でもメッセージを伝えた。それが奏功したのが2018年6月13日、今井を初勝利に導いたヤクルト戦だった。

「今井は初先発、自分も交流戦だからデータもあまりないので、『とりあえずいいところを出していこう』と一番にピッチャーのことを考えました。ピンチになれば、いつもと"違うところ"を出していく。今井で言えば真っすぐ、スライダーがキーになるなか、ここぞというときに第三のボールであるチェンジアップを大事にしています。バッターは真っすぐ、スライダーの二択と考えているところで、違うボールをどんどん振ってくれました」

 今井は高校時代から150キロを超えるストレートと鋭く曲がるスライダーを武器にしている。そんななかで岡田はチェンジアップをうまく使い、投球の幅を広げようとした。

 コンビを組んだ今井はどう感じたのだろうか。

「組むキャッチャーで配球や、組み立て方は全然違います。そういう意味ではどんな配球や投球パターンでも試合をつくっていけるピッチャーがいいと思います。ワンパターンにならずというか、いろんなキャッチャーの方とバッテリーを組むことで自分の配球の引き出しが増えたり、自分はもっとこういうピッチングができるんだと、自分が気づかないところに気づかせてくれたこともありました。そういう部分はすごくありがたかったです」

 プロでも際立つポテンシャルを誇りながら、なかなか自身をうまくコントロールできずにいた今井をどう引っ張るか。岡田は二軍戦の映像を確認し、特徴や傾向を把握して少しでもいい方向に導こうとした。

「1、2回はちゃんと丁寧に投げているけど、3、4回になったら適当になることがありました。僕は結構ピッチャーに怒るほうですけど、フォアボールを出したあとにマウンドに行って『おまえさあ......』みたいに指摘したら、今井は不貞腐れていました(苦笑)。でも、ピンチになったらすごくいいボールを放るんです。そうやって言えるためにも、データや映像を見ておくことは大事だと思います」

 キャッチャーというポジションで、どうすれば居場所をつくれるか。岡田はムードメーカーとして声を張り上げることに加え、捕手として今井や他投手のよさを引き出し、チームの優勝に欠かせない戦力となった。

「去年より試合数は減ったけど、自分のなかではすごくいい1年でした。正直、自分の姿を出せたので。森と銀さんと違うところを出さないとダメだと、この1年間で一番わかりました」

 リーグ制覇を果たした2018年オフ、岡田は右肘関節鏡視下関節形成術を受け、2019、2022、2023年と左膝に3度メスを入れた。一方、炭谷が2019年オフ、森が2021年オフにフリーエージェント権を行使して移籍したが、岡田が出場機会を増やすことはなかった。

 そして2024年9月14日のロッテ戦が引退試合となり、11年間の現役生活にピリオドを打った。

 実働9年で325試合に出場、打率.217、6本塁打、40打点。"ピンチバンター"の印象も強い男は41犠打を記録した。

 数字以上にファンの記憶に残ったのは、控え捕手としてチームを懸命に支え続けたからだろう。小学1年生で野球を始めた頃からマスクをかぶり、キャッチャーというポジションに強いこだわりを見せてきた岡田に、最後も同じ質問をした。

 生まれ変わっても、キャッチャーをやりたいですか?

「ぜひやりたいですし、もう少し膝を強くして、生まれ変わりたいなと思います(笑)」

 いつでも冗談を交え、周囲を明るくする。それも、岡田が人々の心に刻まれる理由だ。

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