侍ジャパン初選出の中日・松山晋也が躍動 ターニングポイントは大学時、監督から「練習量が足りない」と言われ急成長

 人間には1年365日、1日24時間の時間が等しく流れている。だが、時に秒針を力づくで振り回すかのように猛烈なスピード感で生きている人間に出会うことがある。

 筆者にとっては、今春の侍ジャパンに選出された剛腕、松山晋也(中日)がそんな存在だ。3月7日の欧州代表戦では3番手としてマウンドに上がり、自己最速タイの156キロをマークするなど1イニングを打者3人で抑える好リリーフ。この試合、侍ジャパンは松山を含めた6投手によるパーフェクトリレーを完成させている。


3月7日の欧州選抜との試合に3番手で登板した松山晋也 photo by Kyodo News

【人生初のお立ち台】

 試合後、ミックスゾーンで数名の報道陣に囲まれる松山に「大学時代に取材させていただいた者です」と声をかけると、「おぉ、菊地さんですよね!」と気安く応じてくれた。この日に完全試合リレーを達成した6投手とともに上がったお立ち台は、プロ入りしてから初めて、人生初のお立ち台だったという。

「何をしゃべっていいのかわからなかったんですけど、うまく答えられてよかったのかなと思います」

 穏やかに笑う松山に、続けて聞いた。2年前の今ごろ、何をしていたか覚えているかと。松山は少し考えてから答えた。

「たぶんコロナで何かがあって、東洋大学の遠征(オープン戦)に行っていたとは思うんです」

 しかし、当時はほとんど投げていなかったのではないか。そう聞くと、松山は「そうですね」とうなずいた。八戸学院大4年春のシーズン、松山はリリーフで4イニングあまりを投げただけ。その時点で、大学リーグ通算0勝の松山がプロ入りできる可能性などほとんどなかった。

 2年間の感慨を込めて、松山に聞いた。

「2年前の松山投手が、今の自分の姿を見たらどんな言葉をかけると思いますか?」

 松山は生気のみなぎる表情でこう答えた。

「いやぁ、何も言わないと思います。そこからまだまだ、まだまだなので。全然レベルも低いですから。まだまだ上げていくだけです」

 大学4年秋に2勝を挙げて台頭した松山は、2022年育成ドラフト1位指名を受けてプロ入り。「211」という重い背番号でスタートした昨季は6月5日に支配下登録され、19試合連続無失点を記録するなど大活躍。36試合に登板し、1勝1敗17ホールド、防御率1.27の成績を挙げた。そしてこの春、侍ジャパンのトップチームに召集されての完全試合リレーである。

【すごいなと思ったのは山下舜平大】

 松山を知る者からすると、短期間での急激な状況の変化に頭がついてこないというのが本音だ。だが、松山本人は見る者の感傷など置き去りにして、ただひたすら前を向き、今を生きている。

 松山の言葉を聞いて、大学4年秋のドラフト会議直前の様子を思い出した。「世界が変わってきたんじゃないですか?」という質問に、松山はこう答えたのだ。

「いや、世界が変わってきた感じはないですね。いつもどおりやってきたら、結果が出ていた感じで。特別なものはなく、いつもどおりです」

 泰然とした口ぶりに大物感が漂っていた。身長188センチ、体重92キロという巨体に大学まで青森県で生まれ育った生育環境から、のんびりとした人物像を思い描いていたが実像は違った。松山は対戦相手の男子マネージャーともすぐに仲良くなれるくらい、社交性に長けた人間だった。

 松山の「いつも」が変わったのは、大学3年秋のことだった。くすぶる日々を過ごすなか、正村公弘監督(現・亜細亜大)から「練習量が足りない」と発破をかけられて奮起した。

「最初は反骨心というか、『監督に勝つ』くらいの意識で、とにかく投げ込んでいました。そこでケガをしたらそこまでだと。絶対に負けたくなかったんです」

 投げ込み、体のケア、すべてにおいて時間をかけて取り組み、大学時点で最速154キロの剛速球を手に入れた。「全身を釣り竿のようにしならせるイメージ」と語ったように、ダイナミックな投球フォームは見る者にロマンを感じさせた。

 一方、正村監督も松山の潜在能力を認めていた。

「プロに巣立った教え子のなかでも、高橋優貴(巨人)や大道温貴(広島)が3000CCの排気量だとしたら、松山は6000〜7000CCのエンジンを積んでいますから。体が使い減りしていないのも魅力ですよね」

 この2年間の劇的な出世ぶりを見たら、十分に立派だと言いたくなる。それでも本人は現状に甘んじることなく、次の一歩を踏み出している。

「球速はまだまだ上がると思うので。平良さん(海馬/西武)とメカニックやトレーニングの話ができたので、今後やっていこうかなと思います」

「すごいなと思ったのは、山下舜平大選手(オリックス)。勉強になりました。後輩ですけど、得るものを吸収できたかなと感じます」

 自分はまだ、何かを成し遂げたわけではない。松山の言動は、そう如実に語っているように感じられた。

 2年後、WBCのメンバーに選ばれるためには何が必要か。そう尋ねると、松山は覇気たっぷりにこう答えた。

「球速であったり、変化球の精度であったり。そこを重点的にやっていくだけです」

 歩みを止めない限り、道は続いていく。松山晋也の快進撃はしばらく続きそうだ。

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