クビ覚悟から侍ジャパンへ。楽天・田中和基は独特の発想で飛躍した

 楽天の田中和基が見せた今シーズンのパフォーマンスは、ちょっとしたサプライズだった。

 1年目の昨季は51試合に出場し、59打席にしか立たなかった。出番のほとんどは代走と守備要員である。そんな男が今季6月からレギュラーに定着すると、1番打者として球団生え抜き日本人では最多の18本塁打を記録。21盗塁と本来の持ち味も発揮した。


今季ブレイクを果たし、初の侍ジャパン入りした楽天・田中和基

 この唐突な飛躍には誰もが驚いた。平石洋介監督の言葉が、もっともわかりやすい。

「田中が今シーズンこうなるって予想していたか? 誰も予想してなかったでしょ。我々としても『出てきてほしいな』って気持ちは当然ありましたよ。もともと足と守備力はありましたからね。でも、打つ方でもこれまでにないものを見せてくれたのは驚きでした」

 レギュラー獲得を期待されていた若手が、一躍、新人王候補に名乗りを上げている。そして、日米野球では初の侍ジャパンに選ばれ、球界トップクラスの選手である柳田悠岐秋山翔吾らと外野陣を形成する。

 1年足らず。たったそれだけの期間で、田中が成長を遂げた背景は、侍ジャパン入りを果たした際に残した言葉に隠されている。

「何もかもが初めて。日本を代表する選手が集まるので、いろんなものを吸収したい」

 一見するとありきたりなコメントである。だが今季を振り返れば、田中はこれを忠実に守り、学び、試しながら結果を残した。

 時を遡れば、田中の探究心は野球を始めた時期から備わっていた。

 もともとは右打者だったが、小学生の頃から遊び感覚で左打ちの練習もしており、立教大4年には「上のレベルで野球をするなら、右でも左でも同じくらい打てないとダメだ」と、完全に両打ちとなった。打撃での持ち味は、右でも左でもフルスイング。その様がスカウトの目に留まり、プロの扉を開いた。

 田中は担当スカウトの沖原佳典にこう言われた。

「お前の一番いいところは右でも左でもフルスイングできるところだ。プロのピッチャーはレベルが高いけど、それだけは貫け」

 1年目から沖原の助言に従い、打席に立てば目一杯、バットを振った。だが、結果が伴わない。田中が一軍で59試合に出られたのは、50メートル最速5秒9の足と堅実な守備があったからだった。

 思い切りのいい打撃は魅力だ。ただ、それ故に粗さも目立った。二軍時代から田中を指導する栗原健太打撃コーチが説明する。

「タイミングの取り方が上手じゃなかったんです。動き出しからステップのタイミングがバラバラでね。バットを振る力は申し分ないんですけど、それができなかったからボールをしっかり見極められなかった」

 野球選手とは、たったひとつのきっかけで化けることがある。

 打者で言えば、バットを構える角度やトップの位置、足の上げ方などがそれにあたるが、田中の場合はステップだった。池山隆寛二軍監督(当時)の勧めで試したノーステップ打法が、フルスイングを身上とする田中にハマった。

 変化を受け入れた理由ははっきりしていた。ある時、田中がこう漏らしたことがある。

「『もう今年で終わりだな』と思って……」

「さすがにそれはないでしょ」と返すと、田中は「いやマジで。本当に、クビを覚悟していましたから」と真顔で言い、こう続けた。

「二軍でも打率が1割台だったし、一軍に上がったのだってケガをしたオコエ(瑠偉)の代わりでしたからね。上がっても打てる気がしなかったんで、『だったら割り切ろう』って。思い切りスイングをして、ダメだったらダメでしょうがないだろうって」

 この時点で田中が学び、試そうとする意志は、貫くことへと変わっていた。

 打席では、対峙する投手タイプに合わせてバットを短く持つなどの微調整はする。それは、どの選手にも言えることではあるが、栗原コーチは「田中には修正能力がある」と、彼の本質を高く評価する。

「5月あたりからバッティングの感じがよくなりましたけど、僕としては『いつ悪くなるのかな?』と思いながら見ていましたね。だって、1年間ずっと調子がいい選手なんていませんから。ましてや、田中はレギュラー1年目でしょ。だから、そう感じるのは当然のことで。

 でも、結局はそこまで落ちることがなかった。田中は頭がいいんです。僕らコーチとの会話を真に受けるんじゃなくて、自分でも考える。発想は独特なんですけど、しっかりと会話ができるんです。そこが、田中のいいところじゃないですかね」

 田中の独特の思考。その最たる例を挙げれば、どれだけ打てない時期が続いても、彼の根幹をなすノーステップ打法だけは変えなかったことだ。

 その狙いを、田中が解説する。

「一軍の試合に出続けること自体が初めてじゃないですか。だから、やってみないと何を変えていいかも判断できないと思って。ノーステップって、続けていると『下半身がきつくなる』って言われるじゃないですか。実際、疲れてくると思うように動かなくなるときもあって……。

 そうなると、ウエイトトレーニングで鍛えたりするのかもしれないですけど、僕はやらなかったんですね。それをやったことでフォーム全体のバランスを崩してしまったり、ケガをするかもしれない。そうなるのが嫌だったんで。だから、今年はコンディショニングを最優先に。試合では自然体でやることしか考えなかったですね」

 今季の成績だけで言えば、3割前後をキープしていた打率は8月から下降し、最終的に2割6分5厘まで落ちた。

 だがそれも、自然体を意識してプレーした田中にとっては想定内のはずである。なにせ、今年は「初めて尽くし」の1年だったのだ。田中に言わせれば、満足はしていないが納得はしている。そんなパフォーマンスだったのではないだろうか。

「結果は出せたのかもしれませんけど、自然体でやった結果がそうなっただけで。もしかしたら、今年の成績がプロ生活のキャリアハイかもしれないし、来年は3割30本塁打てるかもしれない。

 逆に2割、ホームラン1本だって考えられるわけじゃないですか。今のまま来年も続けられるのか? ダメだったときにどうすればいいのか? それをある程度、見極めるために自然体でやったんです。

 僕、今年、右ピッチャーなら左打席、左ピッチャーなら右打席で全部打ったじゃないですか。来年はピッチャーによっては右対右、左対左でやることもあるかもしれない。そういう可能性も、今年判断したかったんです」

 首脳陣に「独特の発想を持っている」と評された田中が、2年目とは思えない達観した思考で結果を残し、今季の新人王候補に挙げられている。

 だが、そんな状況も自身にとっては、結果の一部に過ぎないのだろう。田中の新人王に対する心情が、それを物語っていた。

「獲れれば嬉しいですけどね。でも、『今年がベストだ』とも感じていないんで。獲れなくても、なんとも思わないっす」

 この男、やはり達観している。

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