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石井琢朗コーチが感謝する、「新井さん」が放ったチャンスでの凡打

【連載】チームを変えるコーチの言葉〜広島東洋カープ打撃コーチ・石井琢朗(2)

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今シーズン限りで広島を退団することになった石井琢朗コーチ

 アウトもムダにしない打撃、後ろにつなぐ野球――。

 今シーズン限りでの退任を発表したが、広島の打撃コーチ・石井琢朗が提唱する攻撃の理念は、リーグ連覇の大きなファクターとなった。実際、チーム打率と得点を見ると、昨年の広島は.272、684でいずれも12球団トップ。今年も.273、736は12球団一と、昨年ほどの安定感がない投手陣をカバーした形だ。「7割の失敗」も生かして貪欲に点を取ろうとする意識が、選手に浸透した証(あかし)だろうか。石井に実情を聞いた。

「まずひとつは、去年と比べてそんなに選手が変わらなかったこと。もうひとつは、昨シーズン選手個々に数字を残して、チームが優勝できたこと。それがすごく今シーズンの自信につながったと思います。最低限、こういう攻撃をすればチームとして大崩れはしないと、肌で感じてきたんじゃないかな。逆に言うと、去年のシーズン当初は、選手の方に『半信半疑』っていう気持ちがあったと思うんですよ」

 打率3割を残せる技術を身につけヒットを打ち、チャンスではランナーを還す打撃で打点を稼ぐ。これを目標とする選手たちが、3割という成功のみならず、凡打という「7割の失敗」も生かして点を取りにいくという方針を示されるのだ。「半信半疑」も仕方ないだろう。戸惑いもあっただろう。

「半信半疑といっても、僕が示した方針は新しいものじゃないんです。最低限の攻撃は当たり前だし、選手もすぐ理解はしてくれました。ただ、それでもチャンスの場面で打席に立ったら、なかなかそうはいかない。きれいなヒットを打ったなかで1点を取りたい、という気持ちがすごく強いんで。だから、しつこいぐらいに言いました。実行するのは選手で、僕らコーチは本当に『言うは易し』で、言うことしかできません。試合ではグラウンドに立って選手と一緒に動けるわけじゃないですからね。そういう意味でも、僕らが重点を置いたのは、いかに意識を持たせるかというところでした」

 昨春キャンプの実戦練習、紅白戦からオープン戦にかけて、選手が攻撃時に「7割の失敗」を生かした場合、石井はしっかりと評価することにした。広島には石井のほかに東出輝裕、迎祐一郎と2人の打撃コーチがいるが、その2人に対しても、ひとつの凡打を評価するよう求めた。

 試合中のベンチ内。コーチがワンプレーを評価すれば、選手も手を叩くようになる。たとえば、無死満塁の場面で併殺打でも、その間に1点が入るから「ナイスバッティング!」。犠牲フライで1点でも「ナイスバッティング!」。ビッグチャンスで1点しか取れなかった……とは考えない。たとえ点が入らなくても、ひとつの凡打でランナーが進めば、それだけでベンチが盛り上げるよう仕向けた。

 近年、送りバントを決めた選手を拍手で迎えるシーンは、プロ野球でも珍しくなくなっている。しかし球界OBのなかには、「バントひとつでなにを喜んでいるんだ!」と苦言を呈す御仁もいる。送りバント以上に目立たない、凡打による進塁を評価するのは相当に難しかったのではないか。

「確かに、今まではそういう流れでした。でも、その進塁打がきっかけで1点が入って、イチゼロ(1対0)で勝つかもしれない。1点が入るなら、グシャッという当たりのボテボテの内野ゴロでもいいんだと。実際、それですごく印象に残っているのが、去年のゲームなんですけど、8月のマツダスタジアム、佳境を迎えた2位ジャイアンツとの3連戦でした。2連敗して、ここで負けたら2位とのゲーム差が3.5になるという試合です」

 2016年8月7日、広島対巨人18回戦は試合序盤から点の取り合いとなった。2回に3点を先制した広島が中盤に逆転され、追いついても終盤に勝ち越される展開。それでも6対7と1点ビハインドで迎えた9回裏、二死から2番・菊池涼介が起死回生の同点本塁打を放つ。さらに3番・丸佳浩が四球で出ると、4番・新井貴浩がレフトにタイムリー二塁打を打ってサヨナラ勝ち。劇的な幕切れとなったが、石井自身、この試合で特に印象深かったのが、「劇的ではない新井の打撃」だったという。

「3対5の5回裏、一死二、三塁。ここで新井のセカンドゴロの間に1点。その後、5対7で迎えた7回裏、一死一、三塁。またもや新井でセカンドゴロでしたが、ボテボテでゲッツー崩れで1点。どちらも追いついてませんが、追いかけるためにはすごく必要な1点でしたし、まさにアウトもムダにしない打撃を、新井が実践したのがキーポイントなんです。というのは、2000本安打も記録したベテランになると、どうしても自分の形で打ちたくなる。それで結果、三振でも仕方ないって周りも納得します。でも新井は、なんとかしよう、泥臭くてもいいから1点を取ろうという姿勢を率先して示してくれた。『新井さんがやってるんだったら、僕らもやらなきゃ』って、若い選手は強く思いますよね」

「言うは易し」のコーチがしつこく言い続けるよりも、「行なうは難し」の選手自ら模範を示すほうが影響力は強い。それも田中広輔、菊池、丸、鈴木誠也といった若い主力以上に、精神的な支柱たる「ベテラン・新井さん」の影響力は甚大となる。ゆえに、もしもそんなベテランがコーチの方針に従わず、好き勝手にやっていたら、その姿を目にした若い選手がどうなるか、石井には容易に想像できたという。

「だから僕は新井に感謝しています。去年はこの新井が打つ方で、投げる方では黒田(博樹)という大黒柱がドンといたのが大きかった。その点、黒田がいない今シーズンの投手陣はキツかったと思います。もちろん、みんな頑張っていましたけど、波があったし、特に8月は苦しかった。それはもう数字がどうというよりも精神的な部分で。ここで黒田みたいなベテランが音頭を取って、若い選手を叱咤してくれたらなあと、打撃コーチとしても思うときはありました。それこそ、甲子園で9点差をひっくり返された試合がそうでした」

 5月6日の対阪神戦。広島は5回までに9対0とリードしながら投手陣が乱れ、終わってみれば9対12と大逆転負けを食らった。打線の強さが目立つ一方、投手陣の不備が指摘されがちな今季の「力差加減」を象徴する試合展開――。若い投手たちに向かって、「お前ら、なめられてんじゃねえよ! もう少し頑張れ!」と一喝する黒田の声が、石井の脳裏に響いた。そんなひと言を発するベテランがいたら雰囲気はまったく違ったのに、と思った。

「今シーズンのポイントでした、あの試合は。ここから落ちていくのか、這い上がっていくのか、分かれ目だったと思います。コーチとしても悔しかったですけど、でも、これは打つ方は教訓にしようと。シーズンが終わったときに、『あの試合があったからオレらはここまで来られた』って言えるように。だから何点差あっても、とにかく点を取れるときは取るんだと。あらためて意識が高まったと思います」

つづく

(=敬称略)

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