大谷翔平がドジャースと結んだ“後払い”契約の反響と舞台裏

大谷翔平選手の移籍がついに決まりました。有力とされていたロサンゼルス・ドジャースと、なんと10年7億ドル(≒1,000億円!)という、スポーツ界の歴史を塗り替える契約となりました。

大谷選手が加わることによるチームやリーグ全体へのインパクトなどについては、今後さまざまな媒体で発信されていくと思いますが、本記事ではあえて「契約」に焦点を絞って書いていきたいと思います。

毎年の支払いが軽減されることでさらなる補強が可能!

まず、契約詳細は発表されていないものの、単純計算をした場合の平均年俸は7000万ドル(≒100億円)。これまでの史上最高額がマックス・シャーザー選手(テキサス・レンジャーズ)のおよそ4,333万ドルであったので、おおよそ60%増の大幅な記録更新となりました。打者と投手、すなわち“二刀流”としての極めて高い出力と貢献に見合った金額と言えるでしょう。

一方、少しずつ詳細が明らかになっていますが、契約金額のほとんどが“後払い”、つまり10年契約の終了後に順次支払われていくとされます。これにより、ドジャースの毎年の支払い金額が大幅に軽減され、実際の資金繰りにおいても、贅沢税の運用上でも純粋に年7000万ドルを支払うより遥かに負担が軽減されます。

※贅沢税とは:簡潔にまとめると、チームのペイロール(全選手の年俸総額)が一定のしきい値を超えた場合、しきい値を超えた額に「税」が課されます。税率はしきい値を超えた具体的な金額、および、しきい値を超えた年数によって変わる(しきい値を大きく超えるほど税率が上がる、また数年連続でしきい値を超えた場合は税率が徐々に上がっていく)。細かい条件はありますが、簡単にいうと贅沢税は「金満球団が無制限にお金を使うことを制限するペナルティ」と理解していただければ十分です。

誤解を防ぐために明確化をすると、もちろん最終的には7億ドルが大谷選手へ支払われます。しかし、チームへの所属が決められている契約期間の10年のうちにではなく、契約終了後、つまり再契約がなければ「退団後にも支払いが分割されていく」ということです。

米The Athleticの最新の報道によると、単純に割り算をした場合の平均年俸7,000万ドルのうち、実支払金額が200万ドル、後払いに回されるのは6,800万ドルとされます。つまり、給料のなんと97%(!?)を後払いに回しています。

この場合、後払い分が贅沢税計算上では4,400万ドル程度に圧縮されるとされ(お金の「現在価値」という考え方に基づいた計算、詳細は後ほど記述します)、結果的に実質年俸が4,600万ドルとなります。

この仕組みを見て、筆者として真っ先に「巧みだなぁ」と感じました。なぜなら、大谷選手と球団の双方が考慮をしなければならなかった多くの問題や利害関係を、すべて軟着陸させるような契約となったからです。

二刀流をハイレベルでこなす、という極めて希少価値の高い能力に年俸7,000万ドルという値段をつけ、さらに後続の選手の稼ぐ力に負の影響を与えない(極論、大谷選手レベルで高い給料をもらっていないと、一般的な選手も全員年俸が限定されてしまう)ことに大谷選手とチームは成功。選手側に不利な条件を含めた契約を徹底的にブロックする選手会も(大谷選手本人が移籍を発表している以上)満足したと推察できます。(そもそも、労使協定には後払いを制限するような条項が含まれていません)。

すなわち、実際の支払い金額を長期間に引き延ばすことによって、ドジャースに過度な支払い負担を強いることもなく、他戦力の補強への足枷となるレベルの大型契約にはならずに済むので、そのメリットは計り知れないでしょう。

とはいえ、支払いが極端に抑えられてしまっては、今度は他球団と比べてあまりにもドジャースが有利になってしまう。戦力均衡が崩壊する可能性もあるなか、実質年俸を4,600万ドルに抑えながらも他選手よりまだ高い年俸を確保することで、少なくとも実支払いの年俸を極限に抑えるよりかはある程度納得できる水準に調整されている点もポイントです(この点はかなり議論の余地があるとされるので、こちらも後ほど解説します)。

そして、すべては大谷選手が「お金は二の次」としているから可能な契約であることも見逃せません。2018年シーズン前、あと2年待てば数億ドルの契約が確実視されていたなかで、そんなことに目もくれず渡米した衝撃的なニュースを思い出させます。

前代未聞の活躍をする大谷選手にとって、契約ストラクチャーまで前代未聞のもの内容となりました。いつも世界中を驚かせる大谷選手に、また一本取られた気がしますね。

「現在価値」で分析すると見えてくる数字の損得

ここからは契約の「カラクリ」を解説しておきましょう。少しテクニカルな話にはなりますが、お金には「現在価値」という概念があります。たとえば、「今現在の1万円は5年後の1万円より価値が高い」とされて、なぜなら「今から1万円を5年間投資をすれば、1万円以上に増やせる」からです。

発想を逆転させると、「5年後の1万円は今から9XXX円を投資すれば獲得できる」。すなわち「この9XXX円が5年後の1万円の“現在価値”」となります。

The Athleticの報道によると、今回の契約は「契約期間中には2,000万ドル、残り6億8,000万ドルは10年後以降10年間かけて支払い」であるため、平均年俸は【A. 契約期間中の実支払年俸(200万ドル)】+【B. 後払い金額分を現在価値に割り戻した金額(10年後の6,800万ドルの現在価値)】となります。

B.の現在価値を計算する際、投資のリターン利率を4.45%としています(なぜこの数値が採用されたのかは不詳ながら、選手会が公表している労使協定上では、リターン利率が契約上明記されてない場合は米国のMid-Term Annual AFRを採用としており、当該率は足元5%弱であり一般論と大きく乖離はしていません)。

今から4,400万ドルを4.45%利率で運用をすれば10年後に6,800万ドルになる、という計算になり、B.の現在価値が4,400万ドルとなります。つまり、実額の年俸7,000万ドルに対し、理論上の年俸、すなわち贅沢税の計算でも使用される年俸、はA. 200万ドル+B. 4,400万ドル=4,600万ドルとなり、3割強も減ります。

そして前述の戦力均衡の点についても触れておきましょう。今回、大谷選手の理論上の年俸が4,600万ドルとなりましたが、他のスーパースターの年俸(史上最高年俸はマックス・シャーザー選手の4,333万ドル、野手史上最高年俸はアーロン・ジャッジ選手の4,000万ドル)とあまり乖離がないため、「大谷翔平という最高峰のレベルの戦力を割安で獲得できたドジャースへのアドバンテージが強すぎるのでは」と報道初期の段階ではメディアやファンに議論の対象として挙げられています。

筆者個人としては、もちろん大谷選手の戦力や、大谷選手がもたらす集客・マーケティング力を踏まえると相当割安ではあるものの「戦力均衡を崩すレベルではない」と考えます。

初期に報道された年俸7,000万ドルと数日後に報道された理論上の年俸4,600万ドルの乖離があまりにもインパクトが強すぎて、圧倒的に割安のような印象を受けざるを得ないものの、オフシーズン前の市場予想年俸5,000万ドル台とはそこまで大きくかけ離れていない数字となりました。おそらく移籍発表と同時に詳細がすべて明らかになっていれば、あまり物議を醸すことはなかったのではと推察します。

しかし、今回の類を見ない契約は、労使協定には後払いの制限がされていなかったがゆえに実現しており、これだけの後払い、そしてそれがもたらす年俸削減効果は選手会および球団オーナーにとって想定外のことであり、労使契約の抜け穴が露呈されたとも言えるでしょう。

繰り返しになりますが、大谷選手が「お金は二の次」としているからこそ可能な契約であり、今後、多くの選手がマネをするトレンドとは思えません。また、当該の抜け穴を修正する動きは今後見られることになるでしょう。

ただ、すべてはチームの勝利のためであり、大谷選手が望んだ“後払い”がもたらすメガメリットは計り知れないインパクトがあります。かの野茂英雄選手が日本球界を任意引退し、メジャーに挑んだ経緯を思い浮かべた方も多いのではないでしょうか。奇しくも同じドジャースに入団ということに運命を感じますし、日本人選手によって、またまた新たな歴史が刻まれたことは誇らしく感じます。

いろいろとテクニカルなお話をしましたが、MLBの仕組みの理解への一助として役立てば幸いです。このように、どうしてもお金の話に話題が集中していますが、大谷選手の目はすでに来シーズン、そしてワールドシリーズ制覇に向かっていることでしょう。これからもさらなる活躍から目が離せません!

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