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横浜・松坂と投げ合い、敗れた京都成章の元エースは今…

後輩の京都成章ナインにエールを送る古岡基紀さん(ヤマハ提供)

 熱戦が続く全国高校野球選手権大会で、19年ぶり出場の京都成章(京都)が14日に神村学園(鹿児島)と対戦する。前回出場の1998年夏、決勝で横浜にノーヒットノーランで敗れたチームのエースだった古岡基紀さん(36)が、後輩たちにエールを送った。
 伝説となった決勝戦で、松坂大輔(現ソフトバンク)と投げ合った古岡さんは現在、ヤマハで電子楽器の開発管理業務に携わっている。
 後輩たちに「勝ってほしいです。この時期にみんなで野球ができるのは甲子園だけ。悔いを残さないよう頑張ってほしい」とメッセージを寄せた。その言葉の奥には、19年前の経験があった。
 決勝に臨んだ心境を、こう振り返る。「前夜はビクビクしていました。横浜との対戦はうれしいが、決勝まで勝ち上がったのにボロ負けしたらどうしよう、今までの結果が崩れてしまうのでは、と思っていたんです」。決勝戦まで勝ち上がったにもかかわらず、不安で仕方なかった。
 それだけ横浜、松坂という存在は、同世代の球児にとって大きかった。実際、試合に入ってからの事はあまり覚えていないという。「とにかく必死で投げた。1点取られたら終わりと思っていた」。
 記憶にあるのは、マウンドに付いた松坂の蹴り足の跡。その時ばかりは「同じ場所で投げているんだ。幸せだな」とかみ締めた。投げ合った投手にしか味わえない感慨だった。
 大きな注目やプレッシャーと戦いながら、持ち前の制球力を武器に横浜打線に立ち向かい、9安打3失点で完投。しかし打線の援護はなく、無安打で0−3の敗戦だった。「負けた時は悔しかったですが、達成感の方が大きかった。あの年、最後まで試合ができたのは本当に幸せだった」
 松坂の決勝ノーヒットノーランの相手という代名詞がついてしまったことについては、複雑な思いが交錯する。「当時は嫌でした。でも後々考えると、1本でも安打が出ていたら、語り継がれる試合になっていないかも、と思うようになった。あの大会は(準々決勝)横浜−PL学園とか(準決勝)横浜−明徳義塾とか、すごい試合が数々あった。その中の1つとして語り継がれるのは、よかったのかなと思います」。野球ファンの記憶に残る試合に登板したことは、何事にも代えがたい経験となっている。
 松坂とはその後、同年秋の国体で再会しただけで交流はないというが、最も応援する選手の1人だという。
 古岡さんはその後、中大、ヤマハで野球を続けた。大学1、2年の頃はケガに苦しんだが、3年時から復活。ヤマハでは都市対抗野球で東京ドームのマウンドを踏むなど活躍し、11年に引退した。現在は社業に専念している。
 野球中心の生活とはがらりと変わり、デスクワーク中心。同社の人気商品である電子ピアノ「クラビノーバ」など、電子楽器の新モデル立ち上げに関する日程管理などに従事している。「野球とはまた違って、難しいです。人間関係が大切な仕事なので、野球で培ったチームワークが生きています」と、奮闘する毎日だ。
 14日の初戦は、別の予定があるため甲子園に行けない。「夢なんですけどね。母校の試合をアルプススタンドで応援するのが。勝ち進んでくれれば、見に行けるかな」。大舞台を迎えるワクワクした気持ちは、OBも同じだ。(デイリースポーツ・中野裕美子)
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 古岡基紀(ふるおか・もとのり) 1980年11月22日生まれ。京都府宇治市出身。京都成章から中大を経てヤマハで投手。2011年に引退。左投げ左打ち。