「昇太がいない2024年のベイスターズを、あなたはどんな気持ちで見守っていたのでしょうか…」今永昇太投手への手紙
昇太、元気にしてますか。おかあさんです。
昨年惜しまれながら終焉を迎えたはずの文春野球が「日本シリーズ1日限定復活!!」と銘打ち、久々の対戦形式でコラム日本シリーズを行った先月末。そしてなんということでしょうか、またやるそうです。まさかの1日限りの限定復活、第2弾。永遠なる閉店セール。ジェイ・Zか、大仁田厚なのか、はたまたmisonoか。
しかしこういった節操の無さ、おかあさん嫌いじゃない。だってベイスターズは日本シリーズを勝ち切り、26年ぶりの日本一に輝いたのですから。そしておかあさんにベイスターズのこと書かせる酔狂媒体、文春野球しかないですものね。
優勝できるチームになったよと海の向こうの昇太に見てほしかった
「自分を変えたい」
そう言って、昇太がMLBへの挑戦を決めたのはちょうど1年前の今頃。あの日昇太30歳の決断に、おかあさんは泣きました。頼もしさ半分、さみしさ半分。だって昇太はベイスターズがずっと探し求めていたエース。エースがいなくなったチームは、これからどうなってしまうのか。
おかあさんは「今永がいるから大丈夫」という、家内安全お守りにも近いあの感覚に何度救われたことでしょう。昇太がいない2024年のベイスターズを、昇太はどんな気持ちで見守っていたのでしょうか。
リーグ優勝してほしかった。本当に切なる思いで、おかあさんは今年もベイスターズを応援していました。昇太がいなくてもベイスターズはやれるよ、優勝できるチームになったよと海の向こうの昇太に見てほしかった。そしてちょっぴり、ほんのちょっぴりだけ、優勝の瞬間のハマスタのマウンドに自分がいないことを悔やんでもほしかった。
でもその夢が今年叶うことはありませんでした。頑張ったことより努力したことより、何より「勝ち」が最上位に置かれるからプロスポーツは美しく、フェアで、時に残酷で、すべての選手が「勝ち」を求めて死にものぐるいになるからこそ、ファンはその周辺にきらめく「物語」に心を打たれる。「勝ち」を求めるから、同じくらい「負け」は尊いものになる。
ベイスターズとそのファンは、長く「負け」の中に他とは異なる「負け」を探し、とあるベイスターズおじさんの言葉を借りるなら、普通の黒豆の中から丹波産最高級黒豆を選別するが如くに暮らしてきました。でもそれではいけないって、牧キャプテンが言ったんです。「勝ち切る覚悟」と。
「勝ち切る覚悟」、英語ではどう言うのでしょうか。絶対Win。オーバーザWin。おかあさん英語3点だからわからないけど、「勝つ」は「勝つ」でしかないのに、そこに「切る」と「覚悟」をつける意味を考えていました。
27個のアウトをとった時点で、1点でも多くとっているほうが勝ち。このシンプルなシステムの中で、その1点をもぎとることの難しさ、その1点を守り切ることの難しさをどのチームより知っているのはベイスターズなのだと、おかあさん思います。手にする直前でふわっと消えていく白い星を何度も見てきたベイスターズですから。
そうか、勝つことは偶然ではないんだ。何が起こるかわからない、その最後の最後まで攻め続け守り続けて、その時初めてさも偶然のように舞い込んでくるのが「勝ち」。その偶然を呼び込む姿勢を、おそらくキャプテンは「覚悟」と言ったのでしょう。
おかあさん、こういうときのベイスターズは強いんだよなとも思いました
キツい戦いが続きました。CSファーストもCSファイナルも、そして日本シリーズも。誰がどう見てもベイスターズより相手チームは強力で、さらにベイスターズはここにきてケガ人続出。一つ勝つたびに一人仲間を失っていくような、いつだって神はベイスターズばかりに試練をお与えになると、おかあさん野球の神様を呪いました。
でもそんな時、おかあさんの中のキヨシが言うんです。
「筒香がいない、誰がいない、そういうチーム事情はどのチームも持ってる」
「これはマイナスじゃない、みんなの意識を高めていく、絶対的なチャンスだと俺は思うんだよな」
それは2014年、守備中に梶谷と交錯した筒香がケガをし、初CSを射程にとらえた大事な夏に主砲を欠いたチームに中畑清元監督が語りかけた言葉でした。
今シーズンのベイスターズを攻守にわたり支え続け、侍ジャパンにも初選出された山本祐大を欠き、その穴をしっかり埋めてくれていた扇の要、伊藤光を欠き、昇太渡米後の絶対的エースとして君臨した東克樹を欠き、ポストシーズンはマンガでもやりすぎなくらいの絶体絶命大ピンチだらけ。
だけど昇太、おかあさんなんの根拠もないけど、こういうときのベイスターズは強いんだよなとも思いました。いや、極限の精神状態に陥ったときのベイスターズファンだけが持つ、それは特殊能力だったのかもしれません。
だってあのキヨシの言葉には続きがあったから。
「なぁ大輔、今日を大事に行こうよ。みんな集中して最高の野球をやって横浜に帰ろうや」
2014年の夏、キヨシがこう語りかけた三浦大輔は、今キヨシと同じ監督として、日本シリーズホーム2連敗を乗り越え、本当に「最高の野球をやって」横浜に帰ってきてくれました。
ポストシーズン中、三浦監督が何度も繰り返していた「全力を出し切ろう」というフレーズ。右の肘が伸びなくなるくらい投げ続けてきた三浦監督ほど「全力を出し切ろう」という言葉に説得力がある人はいないかもしれない。強いチームを倒すためには、ベイスターズは全力を出し切るしかない。出し切る、勝ち切る。その向こう側にあったのは、金と紺のテープが吹雪のように舞い踊り、炎と花火が上がる中、泣きながら抱き合うファンと、笑顔の選手に5回胴上げされる三浦監督。おかあさんが26年前にハマスタで見た権藤監督と同じ、宙を舞う三浦監督のその指は「1」を指していました。
7年の時を越えて、ベイスターズはようやく鳥になりました
「自分を変えたい」
昇太、おかあさんどこかで「人間なんて変わらない」と思っていました。ファンから見た昇太に変えたほうがいいところなんて見当たらなかったし、そのままの昇太で十分だと。でも今のままではダメだと感じた昇太は、より厳しい戦いの場に挑んだ。それはベイスターズも同じでした。
CSでも日本シリーズでも、守備ひとつ、走塁ひとつ、おそろしいまでの集中力を見せ、勝利を呼び込んでいくベイスターズ、おかあさん、こんなベイスターズ知らなかった。応援しながらどこかでベイスターズを見くびっていたのは、他ならぬおかあさんだったんです。
人は変わる。ベイスターズも変わる。2017年の日本シリーズ、ホークスに3連敗したチームに昇太が言った「おれらは鳥だ。鳥になるんだ」という言葉。7年の時を越えて、ベイスターズはようやく鳥になりました。幸せの青い鳥、幸せの青いベイスターズ。青い鳥たちはもう、次なる目標である「リーグ優勝」を目指して飛び始めていることでしょう。
だから昇太、2年目のジンクスなんて関係なく、昇太もアメリカでバードになってください。ベイスターズファンはいつだって昇太の味方です。どうか大船に乗ったつもりで、でも大船までは行かないで、関内で下車して。ウケたら同じギャグもう一回言っちゃう系おかあさんを許してネ。
最後に……昇太が日本一のお祝いメッセージ動画をチームに送っていましたが、なんかよくわからん薄暗い部屋で、なぜか小さな声で、ふつうに真面目な祝福メッセージ言っててウケました。ああいうわかりづらい今永おもしろ、ああ昇太ぜんぜん変わってないなと思いました。
編集部注:筆者の西澤千央さんは今永投手のお母さんではありません。
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(西澤 千央)
11/10 11:10
文春オンライン