〈日本で凱旋公開〉最高視聴率58%! アニメ「ボルテスV」はなぜフィリピンで国民的コンテンツとなったのか?

もともと1977~78年に日本で放送されたテレビアニメ「超電磁マシーン ボルテスV」がフィリピンで国民的人気番組となり、ついに現地で実写化された。このたび生まれ故郷の日本に凱旋し、『ボルテスV レガシー』として、10月18日より劇場公開されたこの作品に、特別な思いを抱くのは、作家の砂原浩太朗さんだ。

【画像】半世紀前に発売された「超電磁マシーン ボルテスV」の雑誌

 

主題歌はフィリピンで「第二の国歌」とも

「ボルテスV(ファイブ)レガシー」というフィリピン映画が公開された。5台のメカが合体して巨大ロボットとなり、地球侵略を目論む異星人と戦うSF物語。

フィリピン映画を、しかも全国規模のロードショーで観る機会はまずないが、今回の上映には、それなりの理由がある。ほぼ半世紀まえに放送された日本のアニメーションが、彼(か)の地で実写化されたものだからだ。

以下、この実写化へ寄せる感慨について書きたいのだが、読み進めていただければ分かる通り、それは「大好きだった作品が、海外で実写化されてうれしい」といった単純な心もちではない。どこか陰影めいたものを帯びた感情といってもいいだろう。

オリジナルは半世紀近くまえのテレビ番組であり、すでにある程度知られてもいるから、ストーリーの根幹に触れる場合があることをお断りしておく。

原作アニメ「超電磁マシーン ボルテスV」(1977~78)が放映されたのは、私が小学2年生のときである。

人気作「超電磁ロボ コン・バトラーV(ブイ)」の後を受けて企画された。5台のメカが合体して巨大ロボットになるというアイディアはコン・バトラーVが元祖で、番組はヒットし、おもちゃも売れに売れて一大ブームとなる。私も夢中になったひとりだった。

つづいてスタートしたのがボルテスVだったが、テレビ雑誌などで先に情報を知った私は、大いに失望した。

5台のメカが合体するというアイディアはそのまま、「超電磁ロボ」から「超電磁マシーン」へ、「V(ブイ)」でなく「V(ファイブ)」、武器は「超電磁ヨーヨー」から「超電磁ゴマ」へと、そうした小手先の技とも感じられる設定の類似が子どもだましと思え、当の子どもだけにいっそう腹立たしかったのである。

 当時、ヒット作と設定の似た後番組が作られる例は数多あったから、この時だけというのもふしぎといえばふしぎだが、前作のインパクトがそれだけ強く、また、作品世界が異なるにもかかわらず、ということは大きかっただろう。

私はボルテスVを完全に拒否した。敵ボアザン星人の司令官プリンス・ハイネルが、いわゆる「美形悪役」として絶大な支持を受けたという話を聞いたりはしたが、とうとう一本も見なかったし、それで惜しいと思った覚えもない。

ところが、成人するころになって、ボルテスVがフィリピンで国民的な人気を得ているというニュースを耳にするようになった。

最高視聴率は58パーセント、国民の94パーセントがボルテスVを知っており、主題歌は「第二の国歌」と呼ばれて、これを歌った堀江美都子氏が現地へ招かれた折は、国賓のような待遇で迎えられたという。

かたくなに拒んでいただけに、動揺にも似た思いを抱いた。選(よ)りによって、私が背を向けたボルテスVがなぜ、というわけである。釈然としないものが胸の隅に残りつづけた。

ボルテスVとの和解

それからさらにながい時が経ち、このたびフィリピンで実写化の報が流れてきた。日本での公開が決まり、宣伝の一環として、原作アニメ全40話の配信が始まる。

考えた末、私はこれを全部見ることにした。長年、かすかな引っかかりを覚えてきたボルテスVに向き合う、最後の機会だと思えたのである。

結論からいえば、不明を愧(は)じるとは、このことだった。基本的なアイディアが二番煎じだったことは否めないにせよ、それと作品単体のクオリティは別だったらしい。「超電磁マシーン ボルテスV」は、紛(まご)うかたなき傑作だった。

たんなる戦闘ものではなく、父を追い求める家族の物語であり、骨太かつ緻密なストーリーと、ケレン味のあるアクション描写が共存している。のちに「機動戦士ガンダム」シリーズを生み出すことになる富野由悠季(当時の表記は、とみの喜幸)氏も、演出陣のひとりだった。

ありがちな「お約束のように攻めてきて、ただやられる」敵はほぼなく、全編を通じていささか息苦しいほどの緊迫感に満ちている。なにしろ第2話から地球側の基地が総攻撃を受け、主人公たちを救うため母親みずからが特攻・散華するという苛烈な展開。

敵幹部のひとりが裏切りの末、最期を迎えるエピソードでは、二転三転どころか四転五転するシナリオに、まったく先が読めなかった。ロボットが出ず、人間ドラマのみの回さえあるのだから、総監督・長浜忠夫氏の果敢さに呆然とする。

前述の敵司令官プリンス・ハイネルの血に隠された秘密も、劇的というほかなかった。人気が出るのも当然というべきだろう。

ボルテスVがフィリピンで国民的番組となった理由については、おもにふたつの説が唱えられている。まずは、パイロット5人のうち、3人が兄弟であり、ロボットの設計者でもある行方不明の父を追い求める姿が、家族を何より大切にするフィリピン人の琴線を揺さぶったというもの。

もうひとつは、角(つの)の有無で理不尽に階級を決められる敵ボアザン星の社会構造が、当時、マルコス独裁政権下にあった彼の地の状況とだぶったというものである。初めての放送がボアザン星の革命と解放を描く終盤以前で中止されたのは、マルコスが民衆の熱狂を怖れたためとも言われている。

私じしんは、長らくこれらの説を眉唾だと思っていたのだが、原作を見通した後では、その認識もあらためなければならないような気がしている。そう思わせるだけのパワーがあったということだ。

ひと足はやく拝見した実写版も、CGを駆使し、よくぞここまでと感嘆するほどの再現性に満ちていた。主題歌はフィリピンのシンガーが担当しているが、当時の主題歌そのままに日本語で歌っている。

どれも生半可な情熱でできるものではない。ボルテスVとの和解および謝罪を経た今は、フィクションがこれほど愛されうるのだということに、実作者のひとりとして希望を感じてすらいる。

文/砂原浩太朗

1969年生まれ。兵庫県出身。早稲田大学第一文学部卒業。2016年「いのちがけ」で第2回「決戦!小説大賞」を受賞。21年『高瀬庄左衛門御留書』で第9回野村胡堂文学賞、第15回舟橋聖一文学賞、第11回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。22年『黛家の兄弟』で第35回山本周五郎賞を受賞。他の著書に『いのちがけ 加賀百万石の礎』『藩邸差配役日日控』『夜露がたり』『浅草寺子屋よろず暦』など。12/5に初の現代小説『冬と瓦礫』が刊行予定。

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