映画『八犬伝』役所広司インタビュー「“悪をなさず、正義を求める”物語は大事だと思います」

役所広司が主演する映画『八犬伝』が公開されている。本作は、山田風太郎の小説をベースに、『南総里見八犬伝』の作者・滝沢馬琴の物語を描く“実の世界”と、馬琴が描いた八犬伝の物語を描く“虚の世界”が交錯する意欲作だ。

役所はこれまでに実在の人物や、歴史上の人物を何度も演じてきたが、本作の脚本・監督を務めた曽利文彦の本作にかける熱意を知り、実と虚の世界が交互に描かれる本作への出演を決めたという。

「八犬伝は有名な物語で、これまでに映画化、アニメーション化もされていますし、人形劇にもなっていますよね。今回、新たに映画化する上で、この物語がどうやって生まれてきたのかを描くことで、実から虚へ、虚から実へ動くことの面白みがある。監督はそれを狙ったのではないかと思います」

役所が演じる滝沢馬琴は、江戸後期に活躍した読本作者/戯作者だ。彼の描いた『南総里見八犬伝』は、現在でいうところの“連載小説”で、因縁によって結ばれた八人の者たち=八犬士が運命に導かれるように集い、安房里見家のために、正義のために戦う物語が綴られる。その連載期間はなんと28年! 日本最長の伝奇小説とも呼ばれている。

映画でも作品の開始から完結まで、つまり馬琴の後半生が描かれ、彼はいつも自室で物語を紡いでは、友人でもある葛飾北斎に物語の挿絵を頼む。

「自分のイメージした物語が“絵”になる、それも葛飾北斎というすごい画家が描いたものになる。そこからさらに物語がふくらんでいく経験をしたんじゃないでしょうか。小説家は自分の空想で物語を描いているわけですから、ありきたりな絵であれば、そんなものは見たくないと思うんでしょうけど、北斎の描いたものは影響を受けるほどの絵だったと思うんです。だから馬琴が話を書き、北斎が絵を描いて、ふたりで喧々轟々とやりとりをする。そのことで八犬伝の物語はふくらんでいったんでしょう」

映画の“虚”の部分はダイナミックな映像と活劇の連続だ。戦いの中で仲間たちが集まっていき、奇想天外な出来事が次から次に起こる。現在、私たちが映画やコミックやアニメーションやゲームで見ている光景のいくつかは、確実に『八犬伝』が基になっているとわかる。一方で、実の世界の馬琴はとにかく動かない。自室に閉じこもり、机に向かってひたすらに筆を動かしている。“ただそこにいる”ことの凄み、そして物語を紡いでいく中で実の世界に流れていく時間を役所は見事に表現している。

「この映画では28年という時間が描かれていますから、見た目などの変化は大事だったと思います。そのことで演じている僕の雰囲気も変わっていきます。もちろん、映画の中では描かれていない部分については、この間にどんなことが起こったのか、息子や女房がどんな状態だったのか考えました。時間の流れは美術や見た目的な部分が表現してくれるので、僕はそこにじっと座って。馬琴というのは、妻に罵倒されるぐらい妻には何もしていなくて(笑)、ずっとあの場所に座って仕事をしているんです。

もちろん、“ただいるだけ”ではダメだと思うんです。昔から演技は“何もするな”と言われるんですけど、本当に何もしないと変なんですよね(笑)。画面が素直に捉えているものを邪魔をしない、余計なことをしない、ということが大事かもしれないですね。そこにセットがあって、画があって、せっかくいい存在感なのに、動いてしまうことで、表現しようとすることで、マイナスになることは避けなければならない。つくったものを表現するために“最低限そこに存在する”ということが大事なのかもしれません」

「王道の八犬伝を描こうとする曽利監督の力になれれば」

『南総里見八犬伝』は長大な物語になったが、その根底には常に“正義”が置かれている。社会が混沌とし、悪の側に立った方が良い想いができると思ってしまう人が出てきたとしても、馬琴は忠義を貫き、正義のために戦う人間が勝つ物語を書き続ける。

「話をつくる人間にとって永遠のテーマだと思います。いろんな物語がある中で、王道の正義を謳う物語は少し照れ臭いと思ってしまう時代もあります。でも、そういうものに真っ向から立ち向かって、“正義が勝つ。悪をなした者は報われねばならない”という物語がなければ、人間はどんどん良くなくなっていく気がします。劇中でどれだけ悪を描いたとしても、やはり最後には悪はいけないものなんだという表現にならなければ、恵まれない者や虐げられている者の痛みを感じる心がどんどん退化してしまう。ですから、現実にはそんな物語にはなかなか出会えないとしても“悪をなさず、正義を求める”物語は、やはり大事だと思います。

曽利監督もおそらくは子どもの頃に『八犬伝』を観て、ずっとその想いを抱えて、今になっても“正義を謳って何が悪い”という気持ちでこの映画を作られたわけですから、おそらく少年時代に見た八犬伝への想いを持ち続けていたと思うんです。それは監督としてすごいことだと思いましたし、監督が何年も前からずっとこの作品を作りたかったんだという話を聞くと、王道の八犬伝を描こうとする曽利監督の力になれれば、と思いました」

物語とそこに封じ込められた想いが時を超えて人を動かす。江戸後期に描かれた連載読み物は、時を超えて令和六年に映画になって銀幕に登場するのだ。この映画もまた時を超えて、未来の誰かが発見するかもしれない。

「いつも映画を制作するときには『この物語をお客さんはどんな想いで観るんだろう?』と考えるんですけど、お客さんも同じ時代に生きているわけですから、自分と同じように感じるだろうとは思うんです。もちろん、演じることでお客さんに影響を与えたいと思って演じることはないですけど、お客さんによっては作り手と同じ想いを抱いてくださったり、忘れていたけど映画を観て思い出してくれるかもしれない。

だから、もし時代が変わって争いのまったくない平和な時代になれば、この映画はリアリティも何もない映画になってしまうかもしれません。でも、時が過ぎて、悪がのさばる時代、争いの起こる時代が来た時には、再びこういう映画が生き返るんじゃないかと思うんです」

役所広司の出演してきた作品を振り返ると、映画史にその名を刻む作品が存在する。彼の演技もまた時を超え、誰かが再発見することになるだろう。その時、映画『八犬伝』は役目のひとつを果たす。江戸後期の戯作者・滝沢馬琴から、令和の時代を生きる映画監督・俳優・観客へ、そして未来の誰かにタスキがわたる。

「僕たちの肉体はいずれ消えてしまうんですけど、作品というのは残ることによって、まったく違う時代の人たちに影響を与えられる。これは俳優にとっていちばんの贅沢だと思いますし、これだけの作品がある中で、その作品がちゃんと“残る”ということ、それだけでもすごく贅沢なことだと思うんです」

映画『八犬伝
10月25日(金) 公開
(C)2024『八犬伝』FILM PARTNERS.

撮影:源賀津己

HAIR&MAKE-UP:勇見 勝彦(THYMON Inc.)
スタイリスト:安野ともこ

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