『生誕130年記念 北川民次展―メキシコから日本へ』レポート 約30年ぶりの大回顧展が世田谷美術館で開幕
1920~30年代、革命を経たメキシコで画家・美術教育者として活動し、戦後日本でも活動を続けた北川民次。約30年ぶりとなる回顧展『北川民次展 メキシコから日本へ』が世田谷美術館で11月17日(日)まで開催中だ。名古屋市美術館を経て世田谷美術館、年明けに郡山市立美術館に巡回する3館共同企画。プレス内覧会から同展担当キュレーター塚田美紀の言葉を交えながらレポートする。
同展では6つのテーマを設け、各章ごとに「メキシコから日本へ」と緩やかにループするように構成されている。まず、北川民次はなぜメキシコへ行ったのだろうか。
「ほぼ偶然と言ってもいいのではないでしょうか。北川民次は1894年、静岡県で製茶業を営む家に生まれ、1914年、20歳のとき、すでにアメリカ西海岸で商売をしていた兄を頼ってアメリカに行きます。稼業より芸術に興味があり、ニューヨークで働きながら学んでお金を貯めて、1921年、本当の“ライフ”を求めてメキシコへ向かいました。途中キューバで現金とアメリカで描いたドローイングを盗まれ、メキシコで長く生活することになります」(塚田)
展覧会全体に通底するのは、北川の市井の人々へのあたたかな視線。例えば、第1章「民衆へのまなざし」では、メキシコで先住民の集落を訪ねていた北川が、先住民文化を共有し、近代化する社会をたくましく生きる姿を描いている。また、1936年に帰国後も、近年公開されるようになった出征兵士を描いた作品などから、戦争で被害を被るのはいつも庶民だという批判精神が感じられる。
戦時下の日本。第3章「幻想と象徴」では、シュルレアリスムの非現実的・暗示的手法を、検閲を逃れる武器として用いた画家たちと響き合うような作品を紹介。1940年、国家行事として行われた「紀元二千六百年奉祝美術展覧会」出品作《岩山に茂る》は、不毛の土地で粘り強く生きる植物を描いているが、時代への抵抗を潜ませているとも取れる。北川が戦争画の波に巻き込まれなかった所以を塚田に聞くと「欧米中心の時代に、進んでメキシコに行くという異色の経歴であり、帰国時は国内では全く無名の画家だったためではないか」という答え。確かに主流や時流から距離を置き、よく世界を観察していたように思われる。
妻の故郷・愛知県瀬戸市に疎開後は気に入って終の住処となった。第4章「都市と機械文明」では、産業のまち「瀬戸」を描いた作品なども。「当初は、機械化による良いものづくりが社会にもたらす豊かさへの期待があったと思うんです。それが60年代以降は公害の問題などもあり、両義的な絵を描くようになります」(塚田)。
また、北川は、メキシコと日本で庶民への美術教育にも取り組んだ。第5章「美術教育と絵本の仕事」では、まずメキシコ市南部のトラルパンと市から約170キロ離れたタスコの野外美術学校での教師としての活動を紹介。同展のキービジュアルにもなったロバの絵は、現地の雑誌で大きく掲載された作品。「メキシコでは革命で国が疲弊した後、とりわけアメリカから多くの観光客を招いて活性化させようとしました。野外美術学校で同僚の画家が書いた同記事では、土産物屋や風光明媚な場所にだけ行ってわかったような顔をして帰る観光客が多いなか、北川は先住民の暮らしに分け入って絵を描いている人。私たち(メキシコ人)の眼で描いていると紹介されています。ロバは、当時のメキシコの庶民にとって家族同然の動物であり、それを愛情深く丁寧に描いているんです」(塚田)。
また、戦時中は日本でも学校開設を試みたが叶わず、やきものづくりがテーマの『マハフノツボ(魔法の壺)』など2冊の絵本を制作。戦後は、名古屋の東山動物園で1か月、子供たちが絵を描く学校を2年間行った。北川の真意が親や周囲に必ずしも理解されたわけではないようだが、子供たちは自由に絵を描いているように見える。
また、ディエゴ・リベラら1920年代のメキシコ壁画運動の作家たちと交流があり、帰国後も壁画を描くことをずっと目指していた。第2章「壁画と社会」では、メキシコで現実社会と向き合い、社会に対する批評や見解を作品で表現することを学んだ北川が、沖縄の米軍基地問題や安保闘争を扱った作品などを展示。
そして「エピローグ 再びメキシコへ」の名古屋CBC会館壁画や瀬戸市民会館陶壁など、ようやく実現した壁画制作へとつながる。名古屋旧カゴメビルの壁画原画について「トマトという名前はメキシコの先住民の言葉に由来する、メキシコとつながりの深い食べもの。メキシコではポピュラーな緑のトマトの種を取り寄せて、自ら栽培しながら描いたといいます」(塚田)。
「会場をぐるっと回り、ずいぶん旅をしたなという感じを持っていただけたら嬉しいです」と塚田。画中に時折見られる「バッタ」は北川の分身だそうだ。近年復刊された著書『絵を描く子供たち』には、社会を変えようと人々が声を挙げるアメリカやメキシコに比べ、日本人は運命的に捉えて戦おうとしないといった難しさも綴られている。1989年に没後も、作品を通して「自由とは何か」を伝えてくる草の根の画家を今こそ見直したい。
取材・文・撮影(提供写真以外):白坂由里
<開催概要>
『生誕130年記念 北川民次展―メキシコから日本へ』
2024年9月21日(土)〜11月17日(日)、世田谷美術館にて開催
10/07 18:00
ぴあ