名優マイケル・ケインの引退作『2度目のはなればなれ』──過去と向き合う旅【おとなの映画ガイド】
イギリスのみならず世界で活躍するレジェンド、マイケル・ケインが俳優人生のフィナーレとして選んだ作品、『2度目のはなればなれ』が10月11日(金)に全国公開される。2014年に「ノルマンディー上陸作戦の70年記念式典」が開催された時、世界中で話題となった、ある退役軍人の行動を描いている感動作だ。
『2度目のはなればなれ』
物語の主人公はバーニー・ジョーダン。19歳の時にノルマンディー上陸作戦(Dデイ)で戦った、89歳の退役軍人だ。そのバーニーが「ノルマンディー上陸作戦70年記念式典」を前に、愛妻レネと暮らすケアホームから失踪し、騒ぎとなった。
捜索にあたった警察が、彼はどうやら、こっそりホームを抜け出し、ひとりでフェリーに乗り、ドーバーを越え、式典が行われるノルマンディーを目指したらしいと突き止め、Twitterで戦争映画の名作になぞらえて「#TheGreatEscaper(大脱走者)」とハッシュタグをつけて発信した。それが、“Dデイ70年”の格好のトピックとして、マスコミでも派手に取り上げられ、話題になった。
なぜバーニーは、70年も経ったこの時に、ひとりでノルマンディーへ向かったのか? 妻のレネは、それをどう受けとめた?
ふたりにとっては、戦争で引き離されたのが”最初のはなればなれ”だった。そして”2度目のはなればなれ”が、このバーニーのノルマンディーへの旅。
映画は、旅の途中で起きるできごとと、大戦時の回想、若き日のレネとの恋を並行して描く。退役後、社会に貢献しながら健やかに暮らす日々のなかで、彼が忘れられなかったDデイのトラウマを炙りだしていく。
そのバーニーを演じたのが、俳優歴70年、2度のオスカーのほか、数々の賞に輝いている、マイケル・ケインだ。
ケインは、下積み生活を経て、『ズールー戦争』(1964)で映画初主演。『アルフィー』(1966)でつき合う相手をつぎつぎと乗り換えるプレイボーイを演じ、スターダムに駆け上がった。ローレンス・オリヴィエと共演したミステリー『探偵スルース』(1972)、ショーン・コネリーと共演した『王になろうとした男』(1975)ほか、スパイ映画、戦争映画、歴史ものなどに幅広く出演し、クールな演技で存在感をみせた。
ウディ・アレンの『ハンナとその姉妹』(1986)では、妻の妹に魅せられ浮気をしてしまう中年男役で米アカデミー助演男優賞を受賞。『サイダーハウス・ルール』(1999)でも同賞を受賞している。最近では、クリストファー・ノーランが監督した『ダークナイト』などのバッドマンシリーズで、ブルース・ウェインの執事役を渋く演じているが、まさに名優という名にふさわしいキャリアの持ち主だ。
レネ役は、ケインとは『愛と哀しみのエリザベス』以来、50年ぶりの夫婦役となるグレンダ・ジャクソン。彼女も『恋する女たち』(1969年)と『ウィークエンド・ラブ』(1973)で2度もオスカーに輝いている。50歳半ばにして政界入りを果たすなど才気に満ちた活躍をし、80歳になるときに女優を再開したが、この映画の公開前、2023年6月15日にこの世を去っている。
そんな、レジェンド俳優ふたりが、惜しみもなく放出する“エスプリの利いた演技”と“ウィットに富む会話”は、ともすると重たくなってしまうこの映画のテーマを、決して湿っぽくさせない。むしろ、ものすごくオシャレな愛の物語に仕上がっているのだ。
どちらかというと、シニカルな役が多く、今回のような感動作とはイメージが少しちがうマイケル・ケインだが、脚本を読んで、心を動かされ、本作の出演を決めたという。
特に、記念式典に向かうバーニーがドイツの退役軍人グループと遭遇し、交流するシーン。あるバーで、静かに飲んでいた元ドイツ兵の彼らは、式典に参加するわけではないが、秘めた思いを胸に、ひっそりとノルマンディーにやって来ていたのだ。
1944年6月6日、いわゆるDデイの死者は連合軍と防戦するドイツ軍をあわせて10万人をこえたという。『プライベート・ライアン』、『史上最大の作戦』、これまでハリウッド映画では何度も熾烈を極めた戦いが描かれてきたノルマンディー上陸作戦だけれど、敵でも、悪人でもなく、ドイツ兵も同じ犠牲者だったのでは、と描かれているこの作品は、きわめて珍しいのでは、と思う。
あれから80年。対戦相手のことも思いやるために、それだけの時間がかかったのだ。と、そのことにも深い感銘を受ける作品だ。
文=坂口英明(ぴあ編集部)
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09/23 12:00
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