『侍タイムスリッパー』本物の武士が時代劇の斬られ役に!? 【おとなの映画ガイド】
「脚本がオモロい!」と、東映京都撮影所が異例の協力をした自主制作映画『侍タイムスリッパー』が、8月17日(土) に公開される。幕末の侍がタイムスリップしてしまい、その着いたところが現代の京都にある「時代劇撮影所」だったという意外性からはじまって、なるほどその手があったか、の連続。映画って、やっぱり“アイデア”と“心意気”なのだと感心させられる、ものすごい熱量で作られた、笑いあり涙ありのチャンバラ活劇だ。タイムスリップものに飽きた人も、気楽に観るときっと驚きます。
『侍タイムスリッパー』
考えてみれば、京都というのは不思議な街。ちょんまげを結って侍の姿をした人が歩いていても、だれも動じない。「時代劇のロケの途中かなんかだろう」と思ってしまう、日本でも唯一の場所だ。
ましてや、時代劇のオープンセットがあって、江戸時代の格好をした役者やエキストラが行き来する撮影所なら、そこにタイムスリップした本物の侍が現れたとしても、周囲は全然驚きはしない。
主人公は、会津藩⼠⾼坂新左衛⾨(山口⾺⽊也)。家老じきじきの密命により、倒幕派の⻑州藩⼠を打つべく、相手と刃を交えた瞬間、落雷に打たれ気を失ってしまう。ふと目を覚ますと、なんとそこは、現代の京都。時代劇撮影所、江戸の町セットのなかだった。
おりしもテレビ時代劇の撮影中。町人たちの中に「異国」の服を着た人も交じっているし……と新左衛⾨は状況が飲み込めない。とんちんかんな行動をする彼は、どうやら“イッちゃってる”新⼈の⼤部屋俳優と勘違いされたようだ。そうこうしているうちに、セットの材木に頭を打ち、また気を失ってしまう。
タイムスリップものの場合、元の時代に戻る方法を必死に模索し苦しむ筋書きも多いのだけれど、新左衛門はあまりそこに執着しない。
親切な助監督の優子(沙倉ゆうの)や寺の住職夫妻に助けられて、置かれた状況を理解した新左衛⾨は、現代で生きることをひそかに決意する。そして、選んだ職業は、初めて撮影所で見た、時代劇の「斬られ役」。剣の腕を活かせるのはこれしかない!というわけだ。ここからの展開はもうなんだかすごい。映画撮影所を舞台にした涙と笑いの人情ドラマでありつつ、驚きの事態に発展していくのだ。
この映画、安⽥淳⼀監督が脚本・撮影・照明・編集と、いろいろ担当している。安田は、ブライダルや企業用ビデオなどの撮影業の傍ら、自主制作の映画に挑戦し、これまで2本の作品を完成させ、公開してきた。「次は自主映画で時代劇を作る」という途方もない夢をこんな形で実現した。
東映京都撮影所のスタッフが安田の脚本を面白がったのは、おそらく、ちゃんばらの裏方さんや大部屋俳優さんたちを、江戸の侍の視点でみたら、というユニークさだろう。
つかこうへいの『蒲田行進曲』や、朝のテレビ小説『カムカムエヴリバディ』を彷彿とさせるところもある。東映京都撮影所で60年余り大部屋俳優を続け、「5万回斬られた男」「日本一の斬られ役」と称された故・福本清三さんへのオマージュともいえるシーンもあり、殺陣シーンもかなりの見応え。『鬼平犯科帳』(SEASON1)『大岡越前』などのチャンバラを手掛けた“殺陣師”清家一斗(東映剣会)の仕事だそうだ。
撮影は、わずか10人の自主制作スタッフで行ったが、時代劇衣装、床山(カツラ、メイク)、照明など、時代劇のプロフェッショナルたちが参加している。
新左衛⾨役の山口⾺⽊也は、藤田まこと主演の『剣客商売』で息子の秋山大治郎役を演じてから、NHK大河ドラマをはじめ数多くの時代劇で活躍している。本作が代表作と言いたくなるほどこの役にハマっている。
助監督の優子役、沙倉ゆうのは現在、東映京都俳優部に所属する女優さんだ。新左衛⾨の師匠となる殺陣師・関本役は東映専属の「斬られ役」出身の峰蘭太郎。大スター役の冨家ノリマサはじめ、時代劇で常連の役者や関西の演劇人が多く顔をみせている。みんな、いい味をだしてマス。
微笑ましいのは、剣のリアル達人である新左衛門が、“画面映え”する立ち回りの技術習得に苦労したりするところ。朴訥でまじめな江戸の侍が、時代劇という作り物の世界で、奮闘努力するさま。
昨年秋の京都国際映画祭でプレミア上映され、大好評を博した。東映京都撮影所は協力しているけれど、製作・配給は、安田監督率いる未来映画社。超マイナー映画にもかかわらず大ヒットした『カメラを止めるな!』ゆかりの、池袋シネマロサ1館での上映スタート。30日からは川崎チネチッタでの公開が決まっている。さあ、ここからどこまで公開館が増えるか。
文=坂口英明(ぴあ編集部)
【ぴあ水先案内から】
佐々木俊尚さん(フリージャーナリスト、作家)
「……時代劇への深い愛と武士文化への最大限のリスペクトに溢れた傑作……」
高松啓二さん(イラストレーター)
「……時代劇の斬られ役で食っていくことにするが、本人は本物の侍なのに映画用に鍛錬していくのが可笑しい……」
(C)2024未来映画社
08/12 12:00
ぴあ