森田剛主演『劇場版 アナウンサーたちの戦争』フェイクニュースもあたり前。ラジオの声は兵器だった……【おとなの映画ガイド】
太平洋戦争時の放送の黒歴史を、アナウンサーの視点から赤裸々に描いた映画『劇場版 アナウンサーたちの戦争』が、8月16日(金) に公開される。NHKで昨年夏に放送された同名ドラマを再編集した作品だ。主役は、名調子のスポーツ実況中継で人気を博した天才アナウンサー、和田信賢。森田剛が演じている。和田アナをはじめ、当時の関係者はすべて実名で登場、驚くほどドラマチックな作品だが、これは実話である。
『劇場版 アナウンサーたちの戦争』
まだテレビもネットもない時代。一般国民にとって、ラジオが発する“生の言葉”は最も重要な情報源だった。太平洋戦争についても、1941年12月8日に放送された「帝国陸海軍は、本8日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり……」という臨時ニュースで開戦を知り、1945年8月15日の玉音放送「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び……」で終戦を受けとめた。
その重要な両方の放送に関わっていたのが、和田信賢アナ(森田剛)と若手の館野守男アナ(高良健吾)だ。
和田信賢は34年(昭和9年)にNHKの前身である社団法人日本放送協会に入局した、アナウンサーの新規採用第1期生だ。25人いた同期のなかでも、天才とよばれた才能で、以降、プロ野球の初放送、小説の朗読などを名調子で語り、人気は全国にひろがった。最も話題になったのは、名横綱双葉山が70連勝を前に敗れた一番のアナウンスだ。
天才肌ではあるが、昼間からお酒を飲み、アナウンサー室のソファーで高いびきをかくという、バンカラな豪傑タイプ。やるときはやって、キメてみせるので、皆からの信頼は厚い。
一方、後輩の館野守男は、まだ20代。「国家の宣伝者」を自認している真面目な熱血漢だ。
ふたりは、戦争が始まると、日本軍の戦況を伝える番組を担当。力強い声と言葉で勝利のニュースを電波に乗せ、番組も大人気となる。
この映画は、そんな彼らを中心に、アナウンサーという職業に誇りと夢を持っていた当時の関係者たちが、どのように戦争に翻弄され、加担していったか、その秘話といっていいエピソードを、後に和田の妻となる女性アナウンサーの草分け・和田実枝子(橋本愛)の語りで綴っていく。
もちろん、それはきれいごとではない。戦争が進むにつれ、国民の士気高揚のため、ラジオ放送は戦果ばかり大げさに語り、都合の悪いことは隠蔽するようになっていく。
それも、ラジオを武器とした「電波戦」のひとつ。さらに、場合によってはフェイクニュースを流し、敵を混乱させるという謀略作戦も使われた。アジアへの戦線拡大に呼応して、放送局は次々と開設された。占領地の日本化を目的としたプロパガンダがその役割だ。
和田の先輩・米良忠麿アナ(安田顕)、今福祝アナ(浜野謙太)、長笠原栄風アナ(渋川清彦)など重要なアナウンサーたちがアジア各地につぎつぎと赴任していった。館野もまた、3万人が犠牲となったインパール作戦に派遣され、“地獄”をみる。
「虫眼鏡で調べて望遠鏡で喋る」、ていねいな取材が和田の信条だった。学徒出陣がきまった母校早稲田の野球部員たちを取材。主将の朝倉(『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』でも特攻隊員を熱演した水上恒司!)をはじめ、部員たちの心の内を知り、苦悩する。
1943年10月、明治神宮外苑競技場(後の国立競技場)で開催された出陣学徒壮行会、ラジオ実況をまかされた和田は……。
毎年、この季節になると、戦争のことが語られるが、ラジオと戦争をテーマにしたドラマは、これまで観たことがなかった。
夢の機械も悪魔の拡声機になる──、メディアからの痛切な自己批判である。
文=坂口英明(ぴあ編集部)
【ぴあ水先案内から】
池上彰さん(ジャーナリスト)
「……戦争は戦地でだけ戦われていたわけではない。アナウンサーたちにも戦争はあったのです。」
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08/05 12:00
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