『フェラーリ』情熱と狂気、そして愛。1957年、“F1の帝王”に何が起きたのか? 【おとなの映画ガイド】

イタリアの自動車メーカー「フェラーリ」の創始者を主人公にした映画『フェラーリ』が7月5日(金)、全国公開される。“F1の帝王”とよばれる彼が、公私ともに危機に陥り、ある挑戦をしかけた1957年の日々をスリリングに描いた傑作。監督はマイケル・マン。主演はアダム・ドライバー。

『フェラーリ』

エンツォ・フェラーリの朝は早い。そしてなかなか忙しい。起床すると車を駆って自宅へ急ぐ。どこで寝ようと、朝の珈琲は妻とともに飲むと約束させられている。自宅に着くと、スクープを狙うプレスが張り込んでいる。部下からライバル社が雇ったドライバーの動向を知らせる電話が入っている。不機嫌そうな妻と日課のような喧嘩をする。そのあとひとりで墓地へ赴き、去年若くして亡くなった長男の霊と話す。床屋に行き、髭をそりながら古くからの友人と軽口で会話を交わす。教会のミサにでて、息つく暇もなく、テストコースへ……。

彼は元レーサーでカーデザイナー。10年前に妻と設立したフェラーリ社は、レース参加6戦目のローマ・グランプリで優勝、自動車メーカーとしても成功していた。ところが、ここのところ、レースに費用を注ぐあまり、資金難に陥っている。そんななか、ライバルのマセラティ社をはじめ、競合他社がフェラーリのスピード記録を破り始めた。

50%の株を持つ妻ラウラ(ペネロペ・クルス)とは、長男の死以来、夫婦関係が冷え切っている。彼女は、彼が密かに愛し合っている女性リナ(シャイリーン・ウッドリー)の存在に、うすうす気づきだしたようだ。リナとの間には12歳の息子ピエロがいる。当時のイタリアは法律で離婚が認められておらず、このピエロの認知も、エンツォの悩みの種だ。

そんなエンツォとふたりの女性の愛憎模様を横軸に、経営者として社運を賭けた、イタリア全土1000マイルを走行する公道レース「ミッレミリア」参戦を縦軸に、映画は展開していく……。

この映画の魅力のひとつは、エンツォ・フェラーリを演じるアダム・ドライバーだ。現在40歳。『スター・ウォーズ』シリーズのカイロ・レン役をはじめ、黒い長髪のイメージが強い彼だが、毎日2時間かけてヘアメイクを行い59歳のエンツォに変身、シルバーグレーの髪がよく似合う“コメンダトーレ”(社長)になりきっている。

「ブレーキを忘れろ!」とチームのドライバーたちにどなり、「ジャガーは車を売るために走る、私は走るために売るんだ。」といい放つ。カーレースと車の魅力に取りつかれ、見え隠れする狂気。“死”と常に向き合う恐怖。一方で、妻と愛人の間で悩むひとりの男。それを演じるアダムの姿は。ほぼ同じ時代を舞台にした『ゴッドファーザーPART2』のマイケル・コルレオーネに扮したアル・パチーノを彷彿とさせる。

マイケル・マン監督をして「アダムの中にエンツォがいた」といわしめた憑依ぶりは、すさまじい。

トム・クルーズ主演の『コラテラル』を始め、アクション主体の男の世界を描いてきたマイケル・マン監督だが、本作は構想から30年をかけている。その間、フェラーリ社とは『マイアミ・バイス』や『​​フォードvsフェラーリ』(製作総指揮を担当)でコネクションを築いてきた。

レーシング・シーンには、そんな監督のこだわり、というか執念を感じる。

なにしろ舞台は1957年。しかもミッレミリアは公道のレースだ。最大の課題はレースシーンで使うマシーンの調達だったという。オリジナルカーは時に1億ドルもの値がつく、設計図も手に入らない超貴重品。最終的にはフェラーリ社の協力を得て、当時のオリジナルカーのオーナーから何台か車を借り、3Dスキャンして、撮影用のレースカーを作り上げた。

レース会場には、フェラーリをはじめ、ベンツ300SL、ポルシェなど当時のオリジナルがかなり登場しており、その風景たるや圧巻だ。

息子ピエロに、エンジンのスケッチをみせながら、「どんなものであれ、うまくいく場合、見た目も美しいんだ」とエンツォが教えるシーンが印象的。

艶めく真っ赤なスポーツカーが、快音を響かせながら峠を越え、町中を疾走する「ミッレミリア」の再現は、スリルと美しさが共存する、実にため息ものの映像だ。

文=坂口英明(ぴあ編集部)

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