「もし、自分の身長が伸びたら"なこみく"って呼ばれなくなっちゃう」HKT48の未来のエース・田中美久が当時を振り返る!

毎年恒例、週プレNEWSが選ぶ、「今年"大注目する期待のアイドル"連続インタビュー」。2019年もやりますよ! 第1回目に登場するのは、HKT48の未来のエース・田中美久(たなか・みく)ちゃん!

指原莉乃さんの卒業。そしてIZ*ONE(アイズワン)として活動するため、宮脇咲良さん、矢吹奈子さんの約2年間の活動休止という大きな変革期を迎えたHKT48を背負う彼女! アイドル・田中美久の今の心境に迫る!

* * *

――さて、「週プレNEWSが選ぶ2019年の注目美少女アイドル」。ひとりめは田中美久さんです!

田中 ありがとうございます。よろしくおねがいします!

――田中さんは、現在17歳。HKT48に加入したのが小学6年生ということで。すごく早いデビューでした。12歳の頃の記憶って、大人になると薄れてしまうものなんですけどね(笑)。

田中 あ、でも私も12歳の頃の記憶、忘れてきてるかもしれません。

――そうなんですか? ちなみに人としての記憶で一番古い記憶ってなんですか?

田中 え~っと、保育園のときに豆まきした記憶があります。これが最初かな? 多分、3歳とか4歳のときです。鬼のお面に色を塗って作って、みんなで鬼のお面をかぶって豆を投げ合って遊んでた記憶が。楽しかったです。

――鬼同士が豆をぶつけ合う。考えてみるとシュールな光景ですね(笑)。

田中 鬼ごっこが大好きだったんです。追いかけられて捕まるか捕まらないかの寸前のドキドキ感が好きで。得意でした(笑)。でも逆にかくれんぼはできなかったです。「隠れる場所にオバケがいたらどうしよう」って思って。

――小学生らしい! 可愛い! 鬼ごっこが得意ってことは足が速かったんですか?

田中 速かったです! 運動会では必ず1位でした。運動神経も良いほうだったと思いますし、保育園のころなんか本当に元気で。男のコと一緒に遊ぶ感じでしたね。でも小学校に入ったらいきなり人見知りになっちゃって。1~3年のころは静かで正反対の性格になっちゃいました。本が好きになって。

――どんな本を?

田中 ディズニーの本と、料理の本ですね。レシピ本です。図書室にあったので、それをずっと見て覚えて。家に帰って作るのが好きでした。火は使えないから、お父さんと一緒にシャーベットとか作ってました。

――素敵な娘さんです!(笑)男のコと活発に遊んだり、本を読んだり、料理をしたり。そんな子どもらしい生活を続けていたのに、なぜ芸能界に? アイドルに興味があったんですか?

田中 当時は、まったく興味がなかったんです。AKB48さんのカードとか写真とかは、友達と一緒に集めてましたけど。最初に覚えたメンバーは、前田敦子さんと大島優子さんでしたね。熊本は『AKBINGO!』とか流れてなかったんですけど、総選挙の放送は観ていました。

――その状態からなぜHKT48に入ろうと?

田中 お母さんがもともとAKB48さん好きで。小学6年生のときにお母さんから「博多にもAKB48の姉妹グループがあるよ。受けてみる?」って言われて。その頃は、ちょっと興味もあったし、ダンスも小学校低学年のときから、ちょっとやってたりもしたし、歌も好きだったので。音痴でしたけど(笑)。

――あれ? 田中さんってそんなに音痴でしたっけ?

田中 HKT48に受かったときにボイトレを受けたりして、少しは上達したかなと思ってます(笑)。

――なるほど。そんな感じで受けたHKT48はどうでした?

田中 最初はお母さんに言われて受けたので、本気で受かるとは思ってなかったんです。一次審査、二次審査の合格は「わ~い」って喜んでたんですけど、最終審査に進んで福岡に行くことになったときは「え? これ受かったらどうするの?」って、急に不安にもなって。

――そんなつもりじゃなかったのに!(笑)

田中 最終審査で福岡に行ったら、ちっちゃいコがいて。それが(矢吹)奈子ちゃんでした。第一印象は、すごくハキハキして積極的なイメージで。けっこう目立ってました。

――後に「なこみく」と呼ばれる、ふたりの天才美少女の出会いですよ! ライバル意識はありました?

田中 当時はなかったです。ただうれしかったです。HKT48を受けるときにいろいろ調べていたら「身長の高いコが受かりやすい」って書いてあったのを見たんです。だから「自分は身長低いし、小学生だからダメかも」って思って。そしたら同じく身長の低いコがいたから「あれ? ちっちゃいコいるんだ!」って。......そう、最終審査のとき、高い靴をはいて行ったんですよ。当時140センチくらいだったから、4センチ高い靴をはいて。

――小学生で4センチは攻めてますね。当時、いつも高い靴をはいてたんですか?

田中 全然です! だからガタガタでフラフラ歩いてました(笑)。

――(笑)。そこから、HKT48に合格して、すぐに田中さんと矢吹さんは「なこみく」と呼ばれるようになりました。それはうれしかったですか?

田中 活動すること自体はうれしかったです。でも当時はネガティブで。「多分、奈子ちゃんがいないと自分はダメなんだ。ひとりではこうやって前に出させてもらえないんだろうな」って思ってました。なので、当時は「なこみく」って呼ばれるのは苦手でしたね。比べられるのも苦手でしたし。

――いろいろ考えてたんですね。たしかに、なこみくが出てきたときに、「奈子ちゃんは天真爛漫で、美久ちゃんは、歳のわりに考えてる」っていうイメージでした。

田中 あははは(笑)。

――「このコ、中身12歳じゃないだろ」って。

田中 あははははは(笑)。

――めっちゃ笑ってます。自覚ありました?

田中 すごいめっちゃ考えてました!(笑)「もし、自分の身長が伸びたら"なこみく"って呼ばれなくなっちゃう。そうなったら私は前に出れなくなっちゃうかも」って思って。「夜早く寝ると身長が伸びやすい」って聞いたので、夜寝るのを遅くしてみたり。

――そんな努力を!

田中 すごくネガティブだったんです。一時期はお互いケンカばっかりして。お互い子どもだったから、先輩の取り合いとかもしてましたし。特になっちゃん(松岡菜摘)がなこみくを可愛がってくださってて。それをどっちも嫉妬したり(笑)。「なっちゃんに話しかけないで~」って。バチバチしてました(笑)。

――一緒に遊んだりは?

田中 中1のころはなかったです。ギスギスしてた気がします。

◆後編⇒「HKT48といったら田中美久って言ってもらえるぐらい頑張りたい」HKT48を背負う田中美久を直撃!

●田中美久(たなか・みく) 
2001年9月12日(17歳)熊本県出身。HKT48の3期生メンバー。好きな食べ物は「天神ホルモンのまるちょう」。矢吹奈子とともに「なこみく」として活躍。自身のユニット曲『ロマンティック病』がAKB48リクエストアワー2019で堂々2位を獲得。公式Twitter【@miku_monmon3939】

取材・文/篠本634(short cut) 撮影/武田敏将

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