三上博史インタビュー「残りの人生、きれいに生きたい。これ以上汚れたり、濁ったりしたくない」ライブバージョンで復活する伝説的舞台“ヘドウィグ”を通して伝えたいこと

今年の11~12月にかけて、新たなライブパフォーマンスを披露する三上博史

 多くの人には1980年代末〜1990年代に一世を風靡したトレンディードラマでの活躍が印象的なのではないだろうか。しかしデビューは、アングラ演劇の旗手である故・寺山修司さんが監督したフランス映画。2000年代からはテレビや映画だけでなく舞台へも活躍の場を広げ、円熟味を増した演技と存在感を見せつけてきた三上博史。挑戦を続ける三上がこの11〜12月、新たなライブパフォーマンスを披露するというので話を伺った。紡ぐ言葉に、三上の研ぎ澄まされた感性が表れていた──。

【写真】ライブでド派手メイク&衣装でパフォーマンスする三上

役者を辞めたい…過渡期に出会った作品

 レオパード柄のボウタイブラウスに、ゆったりしたジャケットとワイドパンツのブラックスーツ。豊かな黒髪を後ろで結び、にこやかに現れた三上の瞳は爛々として力強さがみなぎり、還暦を過ぎているとは思えないほどの色気が漂っている。

 そんな三上がいま、真正面から向き合っているのが11月26日から東京・PARCO劇場を皮切りに全国4都市で上演する『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ〔ライブ〕』だ。本作は2004年と2005年に三上が主演した舞台のライブバージョンで、三上たっての希望で日本での初演が実現したという思い入れの強い作品だ。

「30代の頃から、“このまま役者をやっていていいのだろうか”という迷いがあって、40才で役者は辞めようと思っていました。そんなときに、寺山修司没後20年記念公演『青ひげ公の城』(2003年)の話をいただきました。生前の寺山さんから、“お前は舞台に向いていない”と言われていたので、その教えを守って舞台はやってきませんでした。いま思えばそれは、10代でまだ何者でもなかった“子供のぼく”に対して言ったことで、深い意味はなかったかもしれないのに……。でも、20代30代と俳優としてしっかり歩んできたぼくを見てくれていたら、寺山さんも違うことを言ったのではないか、役者を辞めるなら、最後に好きなことをやってみようという気持ちで挑戦したところ、こんなに自由にできる場所があったのかとハッとさせられました。ぼくはまだ舞台という場で生きられる、という手ごたえを感じたんです」

 この公演後、さらなる出会いに恵まれたという。

「アメリカをひとりで旅していたのですが、地方都市の小さな劇場でたまたま舞台『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』を見ました。楽曲が魅力的で、帰国早々、青ひげ公のチームに“ヘドウィグのような舞台をやりたい”と言ったところ、翌年にはヘドウィグ役をいただき、舞台に立たせてもらえました」

 この作品は、性別適合手術をするも、手術ミスにより性器を1インチ残されてしまったロックシンガー・ヘドウィグが、哲学者プラトンの語る「愛の起原」になぞらえて、自分のかたわれを探して全米各地を巡る愛の物語だ。1997年にオフ・ブロードウェイで上演されるや大ヒットを記録し、映画化もするなど、全世界で大ブームを巻き起こした。

 日本でも、多くのアーティストが演じてきたが、三上が主演した初演は伝説的な公演となり、2005年に再演。そして初演から20年を記念し、ライブバージョンとして復活することになった。

トレンディードラマ全盛時代、ライブでイメージを打破

 ライブと聞いて、三上にシンガーとしての印象があまりない、という人もいるのではないだろうか。しかし三上は、20代の頃からライブ活動を活発に行ってきた。当時は、“トレンディードラマのエース”として活躍してきた時代だ。にもかかわらず、全国ツアーもこなしていたとなると、かなり忙しかったのではないだろうか。

「そうですね、でもスタッフに恵まれていましたし、楽しかったです。当時のテレビドラマは、前の週に撮ったものを翌週に放送するようなスピード感で撮影していて、とにかく時間がない。連続ドラマなのに編集する時間がなくて、生放送するケースもあったくらいですから(笑い)」

 だからこそ逆に、実験的なこともできたという。

「スタッフがぼくのことをよくわかってくれていて、先回りしていろいろ考えて役をくれたんです。

 たとえばあるとき、“多重人格の役をやりたくない?”とプロデューサーに聞かれて、いただいたのが『あなただけ見えない』(1992年・フジテレビ系)の三重人格の役。最初は『ジキルとハイド』みたいな……と言われていたのですが、“連続ドラマは長丁場だからもうひとり人格が増えるかも”なんていうノリで役が3人に増えました(笑い)。

 野島伸司さん脚本の連続ドラマ『君が嘘をついた』(1988年・フジテレビ系)の最終回を撮っている最中のロケバスの中では、プロデューサーから“次はどんなのをやりたい?”と聞かれたので、“日本では難しいかもしれないけど、フランス映画『ベティ・ブルー 愛と激情の日々』(1986年、本能のままに愛し合う男女の姿を赤裸々に描写し、世界的なロングランヒットを記録したフランス映画。監督はジャン=ジャック・ベネックス。日本公開は1987年。)のようなドラマをやりたい”と話しました。そうしたら、翌週には企画書があがってきて……。すごいスピード感でしょ(笑い)」

 それが孤独なホステスと天才ピアニストの究極の愛を描いたドラマ『この世の果て』(1994年・フジテレビ系)だ。こうして役者として常に挑戦を続け、同時にシンガーとして40〜50本ものライブをこなしていた。

「一時期、ドラマや映画の影響からか、アイドルのように見られていた時期があったのですが、ライブではその固定観念を崩すように激しいパフォーマンスをしていました。お客さんの期待をいい意味で裏切りたいという気持ちがあって(笑い)。それは今回のライブでも変わりません。シンプルでいこうというのは許されないと思っています」

20年の人生を注ぎ深みの増したライブ

 俳優とシンガー、さまざまな“顔”を見せ続け、常に新しい挑戦を繰り返してきた三上は還暦を越え、いままた別の顔を見せようとしている。

「今回の『ヘドウィグ〜』は20年前の舞台と違ってライブバージョンなので、再演とはまた違う。バンドのミュージシャンはほぼ同じ仲間が揃いましたが、20年の間にぼくも含めて皆、いろいろなことがあって成長している。だからたとえ同じことをしても、20年分の人生が演奏に出て、深みは増すのではないかなと思うし、それを踏まえても、いまの自分に何ができるのか、何をしようか、いままさに考えているところです」

 前回の公演では11曲のうち6曲の訳詞も三上が担当したが、今回も訳詞については表現を探しているという。

「ヘドウィグが伝えたいことは“壁を壊そう”ということ。でもいまはSNSの普及のせいか、相手と意見が違うと、取りつくしまもないほど関係が分断されてしまう。人の意見に対し、“自分はそうは思わないけれど、その意見もいいんじゃない? ぼくは責めないよ”という柔軟さが欠けている人が多いと思うんです。自戒を込めてですが(笑い)。

 年を取ると、自分を守るためか、どんどん頑固になります。でもそんな考え方を壊して柔軟でいたいと思います。

 ぼくは残りの人生、きれいに生きたいんです。これ以上汚れたり、濁ったりしたくない。勝ち負けにもこだわりたくない。押しつけがましくなるのは嫌だし、理想論なのもわかっているけれど、今回のライブを通して、皆にも“そんなに傷だらけにならなくても大丈夫だから、きれいに生きよう”と伝えたいです」

 プライベートでは喧騒から離れ、地方の山中に暮らすという三上。SNSや最新の流行にも疎いという。しかし舞台に立てば、常に新しい、これまでに見たことのない姿を見せてくれる。そんな三上の活躍から目が離せない。

【プロフィール】
三上博史(みかみ・ひろし)/東京都生まれ。高校在学中、劇作家の故・寺山修司さんに見出され、フランス映画『草迷宮』(1979年/日本公開1983年)で俳優デビュー。映画『私をスキーに連れてって』(1987年・東宝)で脚光を浴び、『君の瞳をタイホする!』(1988年・フジテレビ系)など数々の作品に出演。今年、寺山修司没後40年記念公演『三上博史 歌劇─私さえも、私自身がつくり出した一片の物語の主人公にすぎない─』を上演。映画、ドラマ、舞台と多岐にわたって活躍中。

【出演情報】

PARCO PRODUCE2024『HIROSHI MIKAMI/HEDWIG AND THE ANGRY INCH【LIVE】』
1997年に初演され、2001年に映画化。2014年にブロードウェイに進出し、トニー賞4部門受賞。日本では2004年に三上主演で初演、2005年に再演され、今回はライブバージョンとして復活する。
公演スケジュール■11/26〜12/8東京・PARCO劇場■12/14〜15京都・京都劇場■12/18宮城・仙台PIT■12/21〜22福岡・キャナルシティ劇場

取材・文/土田由佳 撮影/政川慎治、矢口和也 ヘアメイク/赤間賢次郎(KiKi inc.) スタイリスト/勝見 宜人(Koa Hole inc.) 衣装/GALAABEND(3RD[i]VISION)

※女性セブン2024年11月28日号

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