銀シャリ・橋本直が細かく語るお笑い論「ツッコミって、怒りを鎮めるレクイエムです」

2016年のM-1王者、銀シャリ・橋本直。日常生活でもツッコミ続けているという

 2016年のM-1王者、銀シャリ・橋本直のツッコミは切れ味鋭いのはもちろん、豊富な知識と想像力に裏打ちされたワードの長さ、強さ、意外さ、しつこさにあふれている。そんな橋本さんは、日常生活でも、ささいな出来事に脳内でツッコミを入れているという。曰く、「ツッコミは、日常の鎮魂歌」なのだと。ツッコミと共に歩む生活の隅々を綴った初めてのエッセイ集『細かいところが気になりすぎて』(新潮社)を刊行した橋本さんに話を聞いた。ツッコミを生んだ源流から、無口で保守的な男が芸人になった理由。橋本さんが考える、お笑い論についてまで。

【写真】エッセイの表紙は鰻さんの絵。橋本さんの似顔絵は味わい深く似ている

芸能界に生きている感じがしないんです

──洗濯機につぶやいたり、「たまごかけご飯」の上で踊る鰹節が気になって仕方がなかったり……。橋本さんらしい「細かいツッコミ」にあふれています。書き言葉ならではの面白さもありますね。

橋本:通して読んで、うるさいなと思いました。文章がうるさいなと。一回一回の連載のときはそれほど気にならなかったんですが。

──うるさくないです。というか、読む人は、そのうるささを求めている気がします。

橋本:そうだとありがたいです。これだけ長い文章を書くのは初めてで、すごく難しかったですが、しゃべり言葉では伝わらへんけど、書き言葉だと伝わることがある、というのは発見でした。これまで、ヘンなことやモヤモヤすることが起きたら、ラジオでしゃべっていたんです。もう一つ、「文章」という道ができたのは、自分にとってもよかったです。

──漫才論や自伝、あるいは小説を書く芸人も増えていますが、橋本さんのエッセイは日常のなんてことのない出来事をネタにしています。どういう意図がありましたか?

橋本:毎回、自分が気になったことを書いていたら、結果的に、生活に密着した内容になりました。とくにメシの話が多いんです、ラーメンとか蕎麦とか。食べるの大好きやから。

 収録に行って誰々に会ったとか、そういった芸能界の話を、ラジオなどで聴くぶんにはすごく楽しいんです。でも自分は、芸能界に生きている感じがしていなくて、芸能界の話はほとんどありません。自分にとって非日常すぎるからです。

お笑いはファンタジーであってほしい

──テレビにもたくさん出られているのに、「芸能界に生きてる感じがしない」のは、なぜでしょうか?

橋本:芸人さん以外に友達がいないからじゃないですかね。芸人さん以外と飲んだことないんです。芸人さんは自分にとって、同じ部署の人という感じですし。人見知りなんですよ。そういう芸人って多いと思いますが。

──少し話を戻しますと、本を出すなら、漫才論や漫才分析を書かれようという気持ちはなかったのでしょうか。橋本さんは分析力にも言語化能力にも定評があって、たとえばノンスタイル石田さんとのM-1談義(YouTube)は、めちゃくちゃ聴きごたえありました(【M-1談義】NONSTYLE石田明が今1番飲みたい人は、銀シャリ橋本さん。ゆる〜く濃くあの話をします)。

橋本:視聴者として、漫才論を見たり聞いたり読んだりするのは好きなんです。でも、演じる側としては、お笑いはファンタジーであってほしい、という気持ちがあります。ネタもなんも考えてません、ただマイクの前にやって来てしゃべってます、っていう感じが自分はいいなあと。

 だから、YouTubeなどで漫才についてしゃべらせてもらうのは嬉しいんですけど、ぎりぎりのところで頑張ってる感じです。頑なに語らんとこうとは思ってないですけど、すべてのからくりを明かさないようにしているところはあるかもしれません。

一発逆転ホームランを打つとしたら、ここしかなかった

──そもそも橋本さんは、子供のころは無口でネガティブで、大学時代(関西学院大学)もお笑いサークルなどには入っていなかったんですよね。

橋本:よく「落研だったんですか?」と聞かれるんですが、違うんですよ。なんもやってませんでした。

──しかし、<人生で発揮した唯一の勇気>によって吉本に入り、お笑いの道に進まれた。なぜこのときだけ、勇気が出たのでしょうか?

橋本:一発逆転のホームランを打つとしたら、ここしかないと思ったんでしょうね。自分は保守的な人間だとわかってたんで、ここで路線を変えないと、このままいってしまうぞと。自分のことを半分好きで、半分は嫌いやったんやと思います。なんにもない22年間に、どこかで決別したいと思っていたんです。

──<半分は嫌い>は、芸人になって変わりましたか?

橋本:結局、どこにいっても、自分は自分なんですけど……芸人のみなさんによって変えてもらったのかなと思います。芸人にさせてもらった、という気持ちです。

ラテ欄をくまなく読むと、面白い番組が”におい”ます

──お笑い好きになったきっかけとしては、橋本さんは、テレビが大好きだったんですよね。お笑いはもちろん、ドラマ、バラエティも大好きだった。お母さん、お祖父さんもテレビ大好きで、テレビっ孫(ソン)だったとも書かれています。新聞のラテ欄をくまなく読んで、面白い番組を探していた、というエピソード、「細かいところが気になる」橋本さんらしいなと感じました。

橋本:大学生のとき、めっちゃヒマやったんで、明け方まで起きてたんです。で、家のポストに新聞が配達されたときの「がしゃん」っていう音を聞くと、すぐに取りに行って、ラテ欄をチェックしていました。当時はネットニュースもないし、お金がなくてテレビ雑誌を買うのももったいないから、ラテ欄だけが頼りやったんです。

 深夜帯に、一回だけ放送されるような、謎な番組がありますよね。そういう掘り出しもののような番組を、ラテ欄の一行とかから探すのが楽しかった。3文字、4文字の情報からでも、におうんです。これ、おもろそうやな、っていうのが。

──テレビ好きの橋本さんは、テレビが元気がなくなってきた最近の状況をどう感じていますか?

橋本:時代の移り変わりはしようがないと思ってます。その時代、その時代の輝きはあると思んで。ただ、本音を言えば、自分がワクワクして見ていた、「昭和のブラウン管」に入ってみたかったですね。タモリさん、たけしさん、さんまさんのビッグ3がいて、とんねるずさん、ウンナンさん、ダウンタウンさんがいて……輝いていたあの頃のテレビに入ったら、今とはまた違う楽しさがあるかもしれないなという気持ちはあります。

父から、ツッコミの英才教育を受けていた

──橋本さんって、呼吸するようにツッコミされている印象ですが、無口だったころはどうされていたのでしょうか?

橋本:脳内でしゃべってました。無口かおしゃべりかは、発しているか発していないかの違いだけだと思います。脳内でしゃべってる人は、呼び水さえあれば、一気にしゃべるようになるんです。僕の場合は芸人になったことで、脳内にわきあがるおしゃべりを、外に発していいんだと気づいたんです。今も、脳内でもしゃべってますね。

──脳内ツッコミが続くと疲れませんか……?

橋本:いやむしろ、ツッコミで、日々のモヤモヤを消化してる感じです。毎日、100%楽しいってないじゃないですか。今日も、ここに来るとき、タクシーに道を間違えられたんです。そういう対人関係によって起きることだけでなく、銀行に行くのがめんどうやなあとか、忘れ物してもうたとか、仕事でいやなことがあったとか……生活してるといろいろあると思うんですけど、ツッコミを入れると、全部が「ボケ」に見えてくるんですよ。だから、ツッコミで、日常のあれこれに、お焼香あげてる感じです。僕にとってツッコミって、怒りを鎮めるレクイエムです。

──ツッコミを入れることで、目の前の出来事に距離ができたり、心に余裕が生まれるのはわかる気がします。とくに「細かいことが気になる」橋本さんゆえに怒りやモヤモヤが大きく、それが笑いを生み出している……という(好)循環がこの本でよくわかりました。46歳で亡くなったお父さんも厳しく、怒りっぽかったと書かれていますね。

橋本:親父は大の本好きで、正月には黒紋付に袴をはき、誰かとぶつかると「失敬」と言うような、キャラが濃い人間でした。面白い人間やったと大人になった今は思うんですが、瞬間湯沸かし器みたいなところがあって、子供の頃はめっちゃ怖かったんです。僕もそのDNAを受け継いでいると思うからこそ、親父を反面教師にして、すぐ怒る人にはならないでおこうと決めました。だからストレスがたまるんです(笑)。

 でも考えたら、僕のツッコミの原点って、親父です。親父は喫茶店で、コーヒーが出てくるのがちょっと遅いだけで、よくキレてました。そんな親父を見て僕は、「キレるの早いわ!」とか「怒ってもしょうがないやろ!」とか、ツッコミまくってた。もちろん怖いので口には出さず、脳内で。だから、ツッコミの英才教育を知らぬ間に受けていた感じですね。

──この本には、橋本さんの文章に、相方・鰻さんの四コマ漫画がついています。かわいくて奇想天外で……どこか哲学的でもあります。

橋本:毎回、何を描いてくれるだろうと僕も楽しみにしていました。鰻のセンスはすごいです。あの絵は僕も言語化できないです。

◆橋本直(ハシモト・ナオ)
1980年生まれ。兵庫県出身。関西学院大学経済学部を卒業後、2005年に鰻和弘とお笑いコンビ「銀シャリ」を結成し、2016年に「M-1グランプリ」で優勝。現在はテレビやラジオ、劇場を中心に活躍し、幅広い世代から人気を得ている。

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◆取材・文/砂田明子
◆撮影/君島有紀

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