《好調》『アンチヒーロー』長谷川博己 善悪の境界線を自在に移り変わる巧みな演技を臨床心理士が分析

『アンチヒーロー』に主演する長谷川博己

 テレビドラマの主役として登場する弁護士といえば、分かりやすく正義の味方、弱者の味方という設定が多い。ところが、4月14日から放送されているドラマ『アンチヒーロー』(TBS系)の主人公は複雑だ。臨床心理士・経営心理コンサルタントの岡村美奈さんが、善悪が絶妙に入り交る長谷川博己(47才)の演技を分析する。

【写真】長谷川博己演じる”ダークヒーロー”。サングラス姿で名刺を差し出す

 * * *
 春から放映が始まったドラマの中で、唯一視聴率2ケタ台をキープしているのが日曜劇場『アンチヒーロー』(TBS系)である。それどころか他のドラマが視聴率を落としている中、このドラマだけは初回より2回目の方が高い視聴率を記録した。

 予告編は意味深だった。法廷に立ち、話しかけてくる俳優・長谷川博己が演じる弁護士、明墨正樹はダークなスーツに白いシャツ姿。ノーネクタイで首元のボタンをはずし、弁護士らしからぬラフな印象だ。両手をポケットに突っ込んだまま、やや斜に構えた格好で立っている。主人公の明墨が「正しいことが正義で間違ったことが悪」と鼻で笑いながら、「本当にそうか」と問いかけてくる。刑事ドラマなどでは、刑事といえば両手をポケットに突っ込んでいるのが定番のポーズだが、法廷物の弁護士ドラマで両手をポケットに突っ込んでいる弁護士はあまりいないだろう。

 ポケットに手を突っ込むという仕草は、隠し事がある時や知られたくないことがある時に出やすいといわれている。どちらかといえばネガティブな印象になりやすく、正義の弁護士にはふさわしくないだろう。だが長谷川さん演じる弁護士は、ドラマの公式ホームページ(HP)に”アンチ”な弁護士は正義か悪か――!?とあるので、どちらなのかわからない。さらに手の内を見せない、まだ正体を明かさないという意味でも、この仕草は効果的な印象を与えている。

 ちなみに刑事のそれは、ポーズがカッコいいというだけでなく、捜査において自分の感情は抑える、捜査状況は漏らさない、捜査内容は明かさないという無意識の表れや、隠された事実を明るみに引っ張りだすという暗喩もあるのかもしれない。

 公式HPで「殺人犯へ、あなたを無罪にして差し上げます」とあるように、長谷川さん演じる明墨はヒーローとは言い難い限りなくダークな危険人物。悪い顔で笑う姿は、NHK大河ドラマ『麒麟がくる』やNHK連続テレビ小説『まんぷく』、日曜劇場『小さな巨人』などで見せてきた表情とは違い、TBSドラマ『MOZU』の元公安部捜査官、東役の冷酷さや不気味さを思い出させる。個人的には長谷川さんが演じてきた役の中で、あの東役は当たり役だと思っているので、今回の役を長谷川さんがどう演じるのか楽しみにしていた。

 活舌よく歯切れのよいセリフが機関銃のように飛び出してきて、息詰まるような圧を感じさせる。独特の間合いが場の緊張感を高め、危ない人間という印象を強くさせる。強弱の抑揚を使い分け、畳みかけるようなセリフ回しでシーンを圧倒しながら、ある瞬間になると声のトーンをストンと落とし、テンポを変えて緊張感を緩めてしまう。視聴者はどこからが善でどこからが悪なのか、何が悪で何が正義か境界線がわからなくなり、長谷川さん演じる明墨がどういう人間なのかもつかめない。

『善と悪のパラドックス-ヒトの進化と〈自己家畜化〉の歴史』(NTT出版)で人類学者のリチャード・ランガムは、「人間はどこにいようと、善と悪の共存という同じ性質を持っている」といい、「人間の異質な特徴は、言語道断の邪悪さから、心を打つ寛大さまでの道徳性の幅だ」と見解を示している。長谷川さんの演技は、この幅が広いのだと思う。

 モスグリーンのトレンチコートの襟を立てて歩く姿は、背の高さや体型から線が細く神経質な印象さえ与えるが、胸を張って堂々と歩く姿からは周りの干渉や影響を撥ねつけるような図太いイメージを受ける。まっすぐに相手を見つめ、落ち着いたテンポのセリフは正義や善を感じさせるが、抑揚や強弱をつけた早口になっていくセリフは悪だくみや胡散臭さを感じさせる。わずかにうつむき、少しだけ目元や頬を緩めれば穏やかな印象だが、顎を上げ射るような視線を向ければ悪になる。わずかな表情の違いや話し方で善から悪へ、悪から善へと移り変わっていく演技は見ものだ。

「善の中にも悪があり、悪の中にも善がある」とある心理学者は著書に書いていた。前代未聞の逆転パラドックスエンターテインメントというドラマで、長谷川さんによって正義と悪がどう描かれていくのか期待したい。

ジャンルで探す