【『虎に翼』が好発進】伊藤沙莉“父が蒸発して一家離散”からの逆転 演技レッスン未経験での“初めての現場”で遺憾なく才能を発揮

伊藤沙莉の逆転劇(写真/EPA=時事)

《一個の人格者として認められていない女のくせに、法律を学んでいる、地獄の道を行く同志よ。考えが違おうが、共に学び、共に戦うの》

【写真】街中で、黒ワンピ姿の伊藤沙莉。全身。他、ノースリーブ姿の伊藤も

 1930年代、法を学ぶために明律大学女子部に入学した“同志”の女生徒たちを、鼓舞し、勇気づける──日本初の女性弁護士である三淵嘉子さんをモデルにしたNHK連続テレビ小説『虎に翼』が好スタートを切っている。

 第2週の平均世帯視聴率(ビデオリサーチ調べ、関東地区)が16.4%で、第1週の16.2%を上回った。コラムニストの木村隆志さんは、人気の理由は間違いなくヒロイン・猪爪寅子を演じる伊藤沙莉(29才)にあると断言する。

「とにかく伊藤さんの演技がうまい。情熱的なヒロインながら、素朴さや落ち着きもあって“この子なら間違いない”と落ち着いてストーリーに集中できる。笑顔が多いのも朝ドラのヒロインとして誰にでも好かれる大きな魅力です」

 通常、朝ドラのヒロインはオーディションで決まるが、今作の伊藤は制作サイドからのオファーという形で抜てき。制作統括の尾崎裕和氏は、『虎に翼』の取材会でこう期待を語った。

「親しみが持てて、唯一無二のお芝居をしてくれる」

 木村さんは、伊藤のたしかな演技力の裏に“積み重ねてきた苦労”を見る。

「伊藤さんは俳優としてのキャリアが長く、子役から下積みを続けた苦労人。その経験が演技に表れています。令和のいま、彼女みたいに叩き上げのような俳優さんは大変希有な存在でしょう」

 千葉県生まれの伊藤は、3人きょうだいの末っ子。兄はお笑いコンビ「オズワルド」として活躍中の伊藤俊介(34才)だ。父は道路工事会社を営み、幸せな家庭生活を送っていたが、バブル崩壊で一変。伊藤が2才のときに会社は倒産し、自宅に押しかけた借金取りから逃げるようにして父が蒸発。一家は離散した。

「家が差し押さえられ、沙莉さんは幼なじみの家、俊介さんとお姉さんは俊介さんの友人の家に身を寄せることになった。お母さんはその時期、仕事に使っていた軽トラで生活していたそうです」(芸能関係者)

 その後、母と伯母が必死に働いて家を借りることができ、家族はふたたびひとつになった。

「狭いアパートで母・伯母・3きょうだいの5人暮らしでしたが、沙莉さんは家族と住めることがうれしくて、“お城だ! すごい!”と喜んだそうです。3枚の布団で5人がひしめきあって寝る生活の中、沙莉さんは3才からキッズダンスのスクールに通い始めました」(前出・芸能関係者)

 ダンサーを夢見てスクールに通っていた伊藤だが、9才のときダンススクールで偶然開催されていたドラマ『14ヶ月~妻が子供に還っていく~』(日本テレビ系)のオーディションが転機になる。同ドラマのプロデューサーを務めた演出家の山本和夫さんが振り返る。

「伊藤さんの役どころは体が9才に若返った40才の女性研究員。ドラマのキーマンとなる重要な役でしたが、まだ幼い女の子が40才の女性を自然に演じるのは難しく、100人以上をオーディションしても適役は見つかりませんでした」

 候補者が少なくなる中、オーディションに現れた華奢な女の子が伊藤だった。

「最後には会場として借りていたダンススクールの生徒さんも、オーディションに参加してもらうことになったんです。その中に、ハスキーな声ですごく自然に演技をした子がいたので、スタッフみんなで顔を見合わせました。100人以上と会った中で彼女のナチュラルさはズバ抜けていて、演技を見た瞬間に“この子”と決めました。“どこでレッスンを受けたの?”と聞いたら、“受けてないです”と返ってきたので、さらに驚きました」(山本さん・以下同)

 偶然によって見出された才能は初めての撮影現場でも遺憾なく発揮された。

「最初こそ緊張していましたが、リハーサルを重ねるうちに自信をつけてきた。勘がよくてぼくらの言うことをすぐ理解するし、演技の自然さはピカイチ。責任感もあり、ぼくにとって救世主で、彼女と出会えたことで難しい設定のドラマを乗り切れました」

私、お芝居普通に好きだったんだ

 玄人をうならせるデビューを飾り、2005年には天海祐希(56才)主演のドラマ『女王の教室』(日本テレビ系)で志田未来(30才)演じる主人公の友人でありながらいじめる側に回ってしまういじめっ子役が評価されたが、その後は伸び悩む時期もあった。

「『14ヶ月』が話題になり、出演作が続くと思っていたのにそうはならず、あれだけの輝きを見せてくれた彼女がなぜ……不思議でした」

 もがき続ける伊藤に光が差したのはそれから7年後、2012年公開の映画『悪の教典』だ。同作で演じた女生徒はメインの登場人物ではなく、当時高校3年生だった伊藤はこのまま役者の道を進むかどうか進路に悩んでいた。しかし、家族と一緒に映画館で同作を鑑賞し、エンドロールに自分の名前が大きく流れた瞬間、うれしくなって芝居を続けようと決心したという。そのときの心境を伊藤は『キネマ旬報』(2020年11月15日号)でこう語っている。

《誰のために頑張っているのかわからなくなっていたけれど、『私、お芝居普通に好きだったんだ』と、自分の中で整理がついた瞬間でした》

 役者一筋で生きると決めた伊藤は大学には進まず、アルバイトをしながらオーディションを受け続けた。本人いわく「ニート期間」を経て、2014年のドラマ『GTO』(フジテレビ系)などの話題作に徐々に出演するようになった。

「彼女がブレークしたハマり役は朝ドラ『ひよっこ』(2017年)で演じた米子でしょう。米屋の一人娘なのにお米が嫌いでパンが好き、自分の名前が気に入らず『さおり』と勝手に名乗る個性的なキャラクターをユーモラスに演じて圧倒的な存在感が光り、ターニングポイントとなったドラマです。デビュー作『14ヶ月』以降に出演した作品の一つひとつに爪痕を残し、その積み重ねが『ひよっこ』で花開きました」(木村さん)

 同作で下剋上を果たして以降、ドラマや映画に引っ張りだことなり、朝ドラのヒロインに指名されるまで上り詰めた。

「彼女がそんなに恵まれた環境にいないことは、なんとなく聞いていました。でも、それを隠そうとも開き直ろうともせず、あくまで自然体。すべてを演技に変える天性を感じました。間違いなく日本を代表する役者になるでしょう。彼女の魅力や表現力には言葉を超える力があるので、ぜひ世界の舞台を目指してほしい」(山本さん)

 不遇を乗り越え、翼を手にした「寅子」はどこまでも羽ばたいていくはずだ。

※女性セブン2024年5月2日号

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