フジテレビ「恋愛ドラマの月9」が“復活” 年0作から年3作のハイペースに“原点回帰”した理由

『366日』は広瀬アリスが主演(公式HPより)

 月9といえばラブストーリーを思い浮かべる人が多いかもしれない。しかし、2018 年冬から2023年春までの5年3か月の間、放送されたラブストーリーの数はゼロ。その“封印”を解いて、昨年夏からハイペースでラブストーリーが放送されている。なぜ“原点回帰”したのか? その背景についてコラムニストでテレビ解説者の木村隆志さんが解説する。

【写真】「白×黒」のタイト系ワンピースを着る広瀬アリス。他、月9のヒロインたちの”美貌”浅野温子、鈴木保奈美、松たか子

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 8日夜、新たな月9ドラマ『366日』(フジテレビ系)がスタートします。

 同作はHYの名曲「366日」に着想を得た広瀬アリスさん主演のラブストーリー。その内容は「高校時代に実らなかった恋をかなえようと動き出した男女が予期せぬ悲劇に直面しながらも、愛する人を想い続ける壮大な愛の物語」などと紹介されています。

 脚本を『最愛』(TBS系)や『リバーサルオーケストラ』(日本テレビ系)などを手がけた清水友佳子さん、演出を『JIN-仁-』(TBS系)や『義母と娘のブルース』(TBS系)などを手がけた平川雄一朗監督が担当。他局で名作を手がけてきた両者を立てて挑むところに、同作への強い意気込みが感じられます。

『366日』を放送する“月9ドラマ”に目を向けると、ラブストーリーは前期の『君が心をくれたから』に続く2作連続。前々期の昨秋『ONE DAY~聖夜のから騒ぎ~』はジャンルレスな作品でしたが、その前の昨夏『真夏のシンデレラ』もラブストーリーでした。つまり月9ドラマは、この1年・計4作のうち3作でラブストーリーが放送されることになります。

 しかも『366日』は名曲をモチーフにストーリー化したものであり、『君が心をくれたから』は「奇跡を起こすために五感を差し出す」というファンタジー、『真夏のシンデレラ』は海が舞台の若者群像劇と、コンセプトを変えながら戦略的にラブストーリーを制作している様子がうかがえます。

 ただ、あまり知られていませんが、月9ドラマは2018年冬の『海月姫』から2023年春の『風間公親-教場0-』までの5年3か月にわたってラブストーリーを一切放送していませんでした。なぜフジテレビの月9ドラマはここにきてラブストーリーに回帰したのでしょうか。

視聴率が下がってもラブストーリー

 月9ドラマがラブストーリーから離れていた5年3か月間、視聴率は他のドラマ枠と比べても安定していて、クールのトップを争うことも少なくありませんでした。

ところがラブストーリーに回帰した『真夏のシンデレラ』『君が心をくれたから』は視聴率が大きくダウン。「歴代ワースト○位」などと厳しく報じるネットメディアも少なくなかったにもかかわらず、なぜフジテレビはラブストーリーに回帰したのか。

 月9ドラマは2010年代後半に入ると視聴率が急落し、クールごとに最低視聴率を更新していくような苦境が続いていました。多くのヒット作を持ち、長年ドラマ業界をけん引してきたドラマ枠だけにその落ち込みを報じる記事は多く、ネットメディアの界隈では「月9の低視聴率記事や打ち切り説を書けば数字が取れる」という風潮があったくらいです。

 フジテレビにとっては1987年から約30年にわたって放送してきた看板枠だけに、ブランドイメージの回復が必要であり、視聴率の落ち込みを止めるために、ラブストーリーを封印。再開までの5年3か月間は、そのほとんどを中高年層を中心にリアルタイム視聴が見込める刑事、医療、法律の物語が占めていました。

 しかし、2020年春に視聴率調査がリニューアルされたことで評価基準が一変。世帯視聴率や個人視聴率全体(全世代)ではなく、スポンサーの求めるコア層(主に13~49歳)の個人視聴率を獲得できるドラマが求められるようになり、ラブストーリーの需要が一気に高まったのです。

配信に強く、多彩な角度から稼げる

 さらに大きかったのが、配信再生数が評価指標として認められるようになったこと。無料配信での広告収入はもちろん有料会員の誘客や海外配信なども含め、下がった放送収入を補うために配信で見てもらうことの重要性が急速に増しています。

 その点、ラブストーリーは配信に強く、たとえば『真夏のシンデレラ』の再生数は“フジテレビ開局65周年特別企画”の大作『風間公親-教場0-』を上回ったと言われています。加えてラブストーリーはネット上の話題性も高いため、企業コラボ、スピンオフや映画の制作、イベントやグッズなどの収入に期待できることも魅力の1つ。放送に限らずさまざまな角度から稼げるコンテンツとして再評価されているのです。

 そしてフジテレビが「ラブストーリーを放送するならどのドラマ枠がいいか」と考えたとき、「人々の中にまだイメージが残っている月9がベスト」と考えるのは自然でしょう。

 現在フジテレビ制作の主なドラマ枠は、月曜21時台、水曜22時台、木曜22時台、金曜21時台の4枠ありますが(月曜22時台はカンテレ制作)、月曜21時台ならラブストーリーに特化しているTBSの火曜ドラマ(22時台)に先行放送することができます。

 逆に残り3つのドラマ枠はラブストーリーのイメージが薄い上に、「TBSの火曜ドラマを見たあと」という不利な視聴環境になるため、やはりフジテレビがラブストーリーを放送するなら月9がいいという判断になるのでしょう。

月9のラブストーリーは半分程度

 振り返ると昨夏の『真夏のシンデレラ』まで月9ドラマがラブストーリーから離れていた5年3か月間も決してあきらめていたわけではなく、あくまでブランドイメージを回復するための期間だったのでしょう。「ラブストーリーが数字を取れない今、無理に放送するより手堅いジャンルでブランドをキープしよう」という編成戦略は理にかなっています。

 しかし、これに近い編成戦略は過去にも何度か見られました。38年にわたる月9ドラマの歴史をひも解いていくと、実は単純な「月9=ラブストーリー」ではないのです。

 まず1987年はメディア業界を描くドラマ枠としてスタート。翌1988年からラブストーリーをベースにしたドラマ枠としてリスタートし、1991年まで“年3作ペース”でラブストーリーを放送していました。しかし、1992年以降は徐々に家族、友情、サスペンス、ホラーなどの実験的なジャンルを織り交ぜるようになっていきます。

 1990年代後半から2000年代はラブストーリーが“年2作程度”に落ち着き、2010年代に入ると“年1作のみ”というペースが過半数を占めるようになりました。そして2018年春から2023年春まで“年0作”になっていたのです。

 つまり月9ドラマは常にラブストーリーを放送していたのではなく、時代ごとのニーズに合わせて増減させていて、全体の作品数を見ても約半分程度に過ぎません。それでも『東京ラブストーリー』『101回目のプロポーズ』『ロングバケーション』『ラブジェネレーション』などのヒット作が次々に放送された1990年代の印象が強烈なため、「月9=ラブストーリー」という感覚の人がまだまだ多いのでしょう。

 実際のところ月9ドラマは「何度かラブストーリーから離れて持ちこたえつつ、再びラブストーリーに戻ってくる」という歴史を繰り返してきました。そんな歴史と培ってきたノウハウがあるドラマ枠だけに、まずは『366日』の序盤に注目してみてはいかがでしょうか。

【木村隆志】
コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者。雑誌やウェブに月30本前後のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』などの批評番組に出演し、番組への情報提供も行っている。タレント専門インタビュアーや人間関係コンサルタントとしても活動。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』『話しかけなくていい!会話術』『独身40男の歩き方』など。

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