ラブホテルで落語会? “シモ方落語の女王”桂ぽんぽ娘が紡ぐピンク色の愛と性

寄席小屋ではなく、ラブホテルで落語会を定期的に開催している落語家がいるという。しかも、女性で、名門「桂」の亭号を掲げて活動しているというから驚きだ。上方落語界の問題児「桂ぽんぽ娘(こ)」がニュースクランチ編集部に語った、愛と性のインタビュー。

▲桂ぽんぽ娘【WANI BOOKS-“NewsCrunch”-INTERVIEW】

ラブホテルで聴くピンク落語

落語は寄席小屋だけで上演されるものではない。公民館や寺社仏閣の広間などに高座を設え、落語会を催す場合もある。たとえカフェやギャラリーなど、演芸とは縁遠い場所であっても、ひとたび座布団を敷いて坐すれば、その場の空気を噺の世界に染めあげてしまう。それが落語家の話芸の力だ。

ラブホテルで落語会を開催し続けている人がいる。それが、桂ぽんぽ娘(こ)。彼女は大阪・京橋の歓楽街にあるラブホテルで、月に2回『ラブホで古典芸能を楽しむ会』を主催しているのだ。現在18回目を数え、2024年中には24回に達するという。告知をすれば予約でたちまち満席となる人気の落語会である。

▲ラブホテルの和室が落語会の会場となる

「私が話すのは『ピンク落語』です。いつも“女も男も性欲にもてあそばれちゃって大変だよね”という噺をしています。落語って人間の業(ごう)や欲望に振り回される人たちの物語なので、ラブホテルはそんな噺を語るうえでぴったりな場所だと思ったんです。私自身、自分の下半身が暴動を起こして、ラブホテルのお世話になった経験も多々ありますから……」

定席にしている場所は、築55年以上という昭和生まれの「ホテル千扇」。妖艶な灯りがともるレトロな和風ラブホの一室が会場だ。観客の8割が女性。日頃は愛が育まれる部屋だが、今日は笑いでいっぱいになる。

ぽんぽ娘が話すピンク落語は「マッチングアプリで出会った女と男」「会社の不倫」といった身近な設定が多く、物語にすーっと入っていける。そして身振り手振り腰振りがリアルで、内容も放送はおろか配信すら無理だろうという赤裸々なものばかり。

それでも観客の女性たちはヒクことなく、手を叩いて大笑いしている。ラブホという完全にゾーニングされた安心空間で、日頃の抑圧から解放されたかのようだ。

「一般的な寄席ではできない、きわどい噺ばかりしています。自分が好きなラブホテルで、自分がしたいピンク落語をして、それを求めてくれるお客さまがいる。演者がやりたいこととお客さまが聴きたい噺にズレがない。だから、すっごく笑ってもらえるし、めちゃめちゃ楽しいんです」

驚くべきはネタの数の多さだ。1回の落語会でお色気度が強い演目を2席話す。そのうち1席は必ず新作だ。月に2度の開催だから新ネタは単純計算で1年に24本にもなる。しかも噺は一つ15分以上あり、構成もしっかりしている。なぜこれほどたくさんの新作を続々と生みだせるのだろう。

「気持ちいいからです。新ネタをおろすのを怖がる落語家が多いんですが、私は逆です。とにかく筆おろし、ネタおろしの瞬間がたまらないんですよ。“男性が射精するときって、こんな感じかな”と思うくらいネタおろしが快感なんです。この悦びのためだったら、書くツラさはぜんぜん耐えられますね」

上方落語ならぬ“シモ方落語の女王”と異名をとる桂ぽんぽ娘。ピンク落語を書き、語る行為は、すなわち彼女にとって生きる意味そのものなのだろう。上方の落語家として18年のキャリアがあるぽんぽ娘だが、じつは東京の葛飾区出身。平成10年から浅草でコントや漫才、ピン芸をやっており、芸歴26年目を迎えるベテランである。

「ピン芸人だった頃、メイド服を着て、ちょっとエッチなメイド漫談をやっていたんです。メイド姿で名古屋の大須演芸場に出演していたとき、うちの師匠・桂文福と同じ出番だったんです。そこで私を見た師匠から“大阪に来たら仕事をあげる”とスカウトをされたんです。“お金がもらえるのならば”と、上方落語をよく知らないままついていきました」

上方落語協会理事である重鎮・桂文福氏からの直々の勧誘とは。ピン芸をする彼女を見て落語家の才能を見抜いたのだろう。さすがの慧眼である。

「じつは、そうじゃないんです。師匠は私のネタや話術にはまるで関心がなく、単にデブ専のメイド好きだったらしいんです。まんまとハメられましたね。あ、ハメられたって、そういう意味じゃないですから(笑)」

有名な師匠から「あんなネタ二度とやるな!」

こうして右も左もわからぬ大阪で落語の修業を始めた、ぽんぽ娘。しかし、東西の言葉の壁や、女流が語って違和感がない上方落語のネタの少なさなどに苛まれ、すぐには芽が出なかった。

早い者だと「2週間であがる」という初舞台も、2年半もの歳月を費やして、やっと実現したという。さらに、舞台へあがれぬ悩みもさることながら、ピンクネタができないのも苦痛だった。

「入門1年目のとき、忘年会でもともとやっていたピンク漫談を披露したんです。めっちゃウケたんですが、ある有名な師匠から“どういうつもりか知らないが、5代目文枝一門の品位が下がるから、あんなネタは二度とやるな”と怒られました。

ただ、懲りずに2週間後の新年会でまたピンク漫談をやりまして、そのときはもう怒らなかったです。言っても無駄だと思ったのでしょうね、それ以降は私を見ないようにしておられます(苦笑)。視界に入ったら怒らなきゃいけないから」

こういった経緯があり、寄席出番ではピンクネタを封印し、10年が過ぎた。しかし入門10年目にして、遂にピンク落語やりたい欲が爆発するきっかけが訪れる。

「当時は言われるままに古典落語を演っていました。ある日の高座で『ふぐ鍋』を話していると……お客さんが全員、眠っていたんです。鍋のふたを開ける仕草をしたら、架空の湯気の向こうでお客さんがみんな熟睡している。その様子を見たとき、“やっぱり私がしたいのはこんな噺じゃない! 話していて楽しくない!”と、我慢の限界に来てしまった」

ふぐのテトロドトキシンが彼女を覚醒させたのか。ぽんぽ娘はこの一夜を境に、周囲が止める声も聴かず、封印していたピンク落語の新作を猛然と書きだした。さらに開きなおるように高座にかけ始めたのである。とはいえ、すぐには受け容れられない。師匠や先輩たちから咎められるだけではなく、観客からの拒否反応も大きかったのだ。

「親子連れの場合、親御さんからよくクレームがきました。“子どもが国語の授業で寿限無を習ったから、生の落語を聴かせたいと思って来たのに、エロ噺をするなんて!”って、めちゃめちゃ怒られるんです。そう言われても、私も嫌がらせをしているつもりじゃないですし……。

そういう例もあって、軽めのピンク落語は寄席で、制約を取り除いた新作はラブホテルでと分けるようになりました。お客さまと私、お互いのために」

寄席でかかる落語のネタは寿限無のような前座噺ばかりではないし、大人びた演目に触れることも社会勉強だと筆者は思うのだが……とはいえ結果、ラブホでの落語会は、さらにリミッターをはずした新作が聴ける良い機会となったのだ。

誰も傷つかないピンク落語を

ぽんぽ娘がオリジナルのピンク落語を創作し始めた理由は、もう一つある。それは古典芸能の一ジャンル『艶笑落語』への違和感だった。夜這いをしたり、風呂を覗いたり、遊郭へ出かけたり、愛人を囲ったり。好色な登場人物たちの行動をおもしろおかしく描く、言わば古典のピンク落語である。しかし、ぽんぽ娘には受け入れ難いものがあったという。

「ぜんぜんピンと来なかったんです。笑えないし、女性が聴くと違和感があるんですよ。AVが男性に都合よく展開してゆく、あの寒々しさに近いと思いました」

たしかに、彼女が話すピンク落語は、単なるシモネタでも、男性を興奮させるためにあるものでもない。セクシーな要素がありつつも、虐げられた女性たちの復讐劇である場合が多いのだ。

「男の人から褒められる容姿ではなかったので、学生時代から“ブス”“デブ”といじめられました。成人して、男性とそういう行為をしていても“萎えるから顔はこっちに見せないで”と言われた日もあります。それでも女として見られるのがうれしくて応じてしまっていた。

けれども、それって心が削れてゆくんです。だから、自分のなかで消化できないさびしい思いを落語に乗せて仕返しする。初期の頃はそういう作品が多かったですね。とにかく女性のお客さまが悲しくならない作品にしたい、そう思っていました」

女性からの支持が厚いのも、そこに理由があるのかもしれない。この頃は年齢を重ね、さまざまな人間模様に触れるうちに「男性もつらいよね」「女性にだって性欲がある」と、設定にバリエーションが増えてきているという。

「だからこそ、誰も馬鹿にしない、誰も傷つかないように、本当に気をつけながら作っています。たとえば、ネタによってはどうしても“童貞”という言葉に笑いのポイントが来てしまう場合があるんです。そういうときは、その後の展開でみんなが救われる、そんな構成にしています。ピンク落語を通じて、笑って性の苦しみから解き放たれてもらいたい。そんな気持ちでいつも新ネタを作っています」

故・立川談志(七代目)は、かつて「落語とは人間の業(ごう)の肯定だ」と語ったという。人間の業の肯定こそが落語の根幹であるのならば、ぽんぽ娘ほど落語と真摯に向き合いながら創作をしている人は他にいないのではないだろうか。

▲入門10年目にして「自分がやりたいネタはこれじゃない」と確信した

とはいえ、コンプライアンスが厳しい昨今、ぽんぽ娘のピンク落語がテレビなどで放送できるとは思えない。YouTubeをはじめとした動画でも難しいだろう。たとえば、桂二葉のようにお茶の間の人気者になるという道は、このままでは険しいと言わざるを得ない。「売れる」ということに関して、どこまで意識しているのだろうか。

「私が普通に古典落語をしているだけだったとしても、どっちみちテレビには出られなかったでしょう。だから、どうせ出られないのならば、自分が話していて気持ちがいいピンク落語を貫き通したい。

桂二葉ちゃんの売れ方は死ぬほど羨ましいです。けれども、テレビに出るためにピンク落語をやめなきゃいけなかったり、ラブホで落語ができなかったりするくらいならば、私は今の生き方を選びます。お金が欲しいし、社会的地位も欲しいけれど、それ以上に気持ち良くなりたいですから」

将来の夢は「全国のラブホテルで落語会」だという桂ぽんぽ娘。あなたも張り詰めた日々に疲れたならば、彼女の落語会で大いに笑い、人生の「ご休憩」をしてみてはいかがだろう。

(取材:吉村 智樹) 


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