渡辺えりさんが『無能の鷹』に出演!「男尊女卑が続く舞台の世界で、〈女々しき力〉をパワフルに訴えたい」
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女優、劇作家、演出家として40年以上キャリアを積んできた渡辺えりさん。若くして注目を浴びる存在となりましたが、その陰ではさまざまな試練があったといいます。なぜ、逆境も力に変え、常に前進を続けることができたのか。新型コロナウィルスによる自粛期間に渡辺えりさんが語ったことは(構成=内山靖子)
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【写真】同じ8月には、尾上松也さんとの2人芝居も上演(稽古風景)
これまでの演劇人生で、一番葛藤している
今、ほかの多くの業種がそうであるように、演劇界も大打撃を受けています。劇場が閉鎖になり、すべての公演が中止や延期を余儀なくされました。私自身、自分は何者だったのかと自問自答する日々です。役者というのは、お客様の感情を揺さぶって、拍手をいただくことを糧に生きています。一人でも多くの方の喜ぶ顔が見られるように、それこそ命がけで舞台に立っているのです。それなのに、お客様を喜ばせることがまったくできない。今の自分は、いったい何のために生きているんだろうって。
生の舞台というのは、テレビをつければどなたでも観ることができるドラマなどとは違います。お客様は数ある演目の中から観るものを選び、事前にチケットを購入し、劇場までわざわざ足を運んでくださる。だからこそ、観てくださる方に生きる勇気が湧き上がるような芝居を届けたいし、演劇ならばそれができると信じています。
私自身も、高校1年生の時に地元の山形で観たテネシー・ウィリアムズの『ガラスの動物園』に救われました。ハンディキャップを持ち内気で繊細なローラが、実は周りの人たちの支えになっていたという物語。号泣して席から立ち上がれないほどの感動を覚えました。思春期でさまざまな悩みを抱えていた私は、生きることに自信を失っていたのですが、「自分も生きていける!」と、勇気づけられたのです。
それは今でも同じです。苦しい時、つらい時には生の舞台を観たいと思いますし、自分もお客様の心に寄り添うお芝居を届けたい。今のように誰もが鬱々とした心を抱えている時にこそ、みんなを励まし、生きていく力の源になりうるのが演劇なのに、それができない……。役者として、劇作家として40年以上生きてきたなかで、もしかしたら今が一番葛藤しているかもしれません。
緊急事態宣言が出てからは、山形の両親にも会いに行けなくなりました。それまでは月に1度の割合で、介護施設で暮らしている両親の顔を見に、故郷に足を運んでいたのですが……。
とはいえ、この状況下では仕方のない話です。大勢の高齢者が暮らす施設で、万が一、感染が広がったら大変ですからね。家族とはいえ、面会できなくなるのは当然のこと。最後に施設を訪ねた時に、お土産に持っていったケーキやプリンを両親と一緒に食べながら、いつもよりゆっくり過ごせて本当によかったと思っています。
春から初夏にかけての山形は本当にいい季節なんですよ。花はきれいだし、空気はおいしいし。本来ならば一番帰りたい時季なのに、それが叶わないのはとても寂しい。故郷があるからこそ、自分はこれまで頑張ってこれたのだと、つくづく感じずにはいられません。
自分の得意なことを自由にできる世の中に
2020年の夏から秋にかけて、『女々しき力』と銘打ったプロジェクトを企画していたんです。今、演劇界で活躍している女性劇作家たちが集まって、それぞれが書いた戯曲を連続上演し、女性が女性であることをともに喜び、お客様にも大いに楽しんでいただく機会を作りたいと考えて。
このプロジェクトは20年来の構想を経て間もなく実現するはずでした。2000年頃、女性の劇作家は如月小春さんと岸田理生さん、そして私の3人くらいでした。「日本の演劇界は男社会だから、私たち女性が何を言っても通らない。だったら女同士で集まって一緒に何かをやろうよ」ということで意見が一致したんです。
演劇の世界は、残念ながら今でも男尊女卑が続いているのが現実です。唐十郎さんや野田秀樹さんなど、女性を軽視しない作品を書いておられる方も少数ながらいらっしゃいますが、日本の現代劇は男性目線で書かれた戯曲ばかり。
日本劇作家協会が主催する新人戯曲賞の審査員も、長い間、7名のうち女性は私と永井愛さんの2人だけでした。ようやく昨年から女性審査員を増やす動きが出てきましたが、男性が多いと自ずと男性目線の作品ばかりが選ばれる。女性蔑視のセリフがポンポン出てくる戯曲も多いのに、男性の演出家や劇作家はそれが女性を傷つけることだと気づいてさえいない。
しかも、私たちの世代の女性演出家の大半は独身で、結婚していても子どもがいる人はほとんどいませんでした。その理由は、男性と同じ仕事、いやそれ以上の仕事をしていても、家事や子育てを平等に分担するという意識のパートナーがめったにいなかったからだと思うんです。幼い頃からすり込まれた男性社会の既成概念で、残念ですが、今もさほど変わっていないと思います。
如月小春さんは結婚していてお子さんもいたので、私は応援していたんです。それが、このプロジェクトを立ち上げようとした矢先に、44歳の若さで亡くなってしまった。クモ膜下出血でした。そしてその3年後に、岸田理生さんも病気で亡くなって。それから20年たった今、私一人が生き残っているわけですから、自分の目の黒いうちにこのプロジェクトを実現させなきゃいけない。それが私に課せられた使命だと思います。
タイトルの『女々しき力』は、“女々しい”とネガティブに使われている言葉を逆手にとりました。男性が勝手にマイナスにとらえている“女々しい力”は、本当はこんなにもパワフルで素晴らしいものなのだと訴えたかった。
だって、今回のコロナ禍でも、生活者目線でリーダーシップを発揮しているのはドイツのメルケル首相やニュージーランドのアーダーン首相じゃないですか? 女性のほうが現実的で、その場その場の状況を柔軟に受け入れて、臨機応変に対応していくことに長けているような気がします。
でも、男性は理屈や数字だけで現実を測るようなところがあるし、特に、中年のおやじはガンコでプライドが高い。今回の政策でも、途中で間違っていたと気づいたら、「ごめんなさい」って謝って、すぐにやめたらいいのにね。(笑)
男性を責めてばかりですが(笑)、私が理想としているのは、性別に関係なく、一人一人が自分の得意なこと、好きなことを自由にできる世の中です。「女だからしちゃいけない」「男だからこうあらねばならない」という既成概念にとらわれず、自分の内面から湧き上がってきた思いを、自分自身の責任で誰もが平等に実現できる世の中にしたい。
そのためにも、延期にはなりましたけど、今回の『女々しき力』プロジェクトは何らかの形で絶対に実現させたいと考えています。インターネットでの配信など、どういう方法にするかは検討中ですが、女性ならではの底力を広く世の中に伝えていきたいですね(その後、プロジェクトの序章として、木野花さんとの二人芝居「さるすべり 〜コロナノコロ〜」を8月に上演)。
ストレスは溜めず、思いを誰かに伝えて
自由に外出もできない、買い物にも行けない状況の中で、今、つらい思いをしている方が大勢いると思います。読者の皆さんの中には、日々、家事をして家族のご飯を作っているという主婦の方もたくさんいらっしゃるでしょう。
同居人は猫1匹という私のような一人暮らしでさえ、今は三食すべて家で作っているので、洗い物をして掃除をしていると、1日があっという間に終わっちゃう。これが4人家族で、主婦一人で家事をやっていたら……、ストレスが溜まるのも当然ですよ。そのうち殺人事件が起きるんじゃないかと心配になるほどです。
もし、つらい思いが溜まったら、それを誰かに伝えることで何かが変わると思います。『婦人公論』のノンフィクション原稿募集に投稿するのも、いい手です。私は新聞で人生相談の連載をしていますけど、そういうところにもどんどん投書してほしいし、私が主宰している「オフィス3〇〇」のホームページにメッセージを書き込んでくださってもいい。ちょっぴりグチを吐き出すだけでも、かなり気分が晴れますからね。
舞台の仕事がすべてストップし、目下、私も生ける屍同然ですが、だからと言って下を向いてばかりはいられません。この時期に、今までやらねばと思いつつ、ずっと棚上げしていたことに取り組むようにしています。そのひとつが小説を書くこと。
実は、25年前に、ある出版社の編集者から小説を書くように頼まれていたんですよ。その方から、「時間ありますよね。書くなら今でしょ!」って、3日前にメールが来ちゃって(笑)。それを書き終えたらやりますと、以前から約束していたインターネット小説もあるので、じゃあ、小説を書くことに挑戦してみようかなって。
離婚後、放りっぱなしにしていた銀行口座やクレジットカードの名義変更をしたり、ふるさと納税も初めてやってみました。日本劇作家協会の会長を務めているので、この状況下で困っている演劇人をどうやって救えばいいか、対策を立てるためにZoomというアプリを使ったオンライン会議も毎日のように行っています。
おかげで使い方にも慣れたので、今晩、芝居の話をするのが大好きな同業の友人たちと初めてオンライン飲み会をする予定なんですよ。そのために、近所のスーパーで限定販売していた屋久島の芋焼酎の原酒と、若い頃から好きだった「フォアローゼス」のプラチナも買ってきました。
医療に携わっている方々が必死に頑張ってくださっているなか、あまりに不謹慎な行為は慎むべきですが、演劇の火を絶やさないためにも、お互いにグチまじりでも意見を交換し、仲間たちと励まし合う時間を持つことも必要なんじゃないかって。
年を重ねるほど、もっと明るくなりたい
グチと言えば、女性は年を重ねれば重ねるほどグチっぽくなる人と、若い頃よりも明るくなっていく人に分かれますよね。
10年前に亡くなった浅川マキさんの追悼ライブでご一緒してから、加藤登紀子さんと親しくなったんですけど、76歳とは思えないほど若々しくてとっても明るい。学生運動の指導者として知られた藤本敏夫さんと獄中結婚して3人の子を育てながら、歌を通じて反戦を訴え続けてきた彼女の人生は、平坦ではなかったはず。ですが、今の彼女から感じるのは、前向きさと明るさだけ。
72歳になった女優の木野花さんもそうですよ。木野さんとは小劇団時代からの長いつきあいですが、昔はどちらかと言えば淡々とした印象でした。それが、60代後半くらいからめちゃくちゃ明るくなって。
私は細かい性格だから無理かもしれないけれど、この先、70代、80代と年齢を重ねていった時、お二人のように、今よりももっと前向きに、明るい女性になっていくのが理想です。このところ、ペンで試し書きをする時など、無意識のうちに「ありがとう!」と書いています。自分とご縁があった仕事や人や、すべてに感謝して、この先の人生を歩んでいけたらいいですね。
山形から東京に出てきて50年以上経ちますが、自粛のために長い間家にいるというのは初めてのことです。孤独な自分と向き合っていると、芝居をやりたくて、日に3つもアルバイトを掛け持ちして戯曲を書いていた若い頃と重なります。
夢は大きいのにチャンスがなくて、やりたくてもやれない青春の日々。財布に300円しかなくて夕飯をあきらめ、名画座で朝方まで映画を観た日々。何も食べなくても映画と演劇でお腹がいっぱいになっていたあの頃。恋をして激しく抱き合い、時を忘れたあの日たち。
演劇は、人と人とが触れ合って生まれる芸術であり娯楽です。劇場の暗闇から想像の翼を広げて今まで生きて、生かされてきました。お客様たちの笑顔を観たくて芝居を作ってきました。客席に座るお客様のためだけに多くのスタッフキャストが奉仕する仕事。なんて贅沢な仕事なんでしょう。そしてそれに命を懸ける。
コロナが終息したら、生の舞台に飢えていたお客様たちがこぞって劇場に駆けつけてくださることでしょう。その日を夢見て、かつて苦悩しながら夢を掴もうとあがいていたあの頃のように、あきらめずにやれることから始めようと思っています。早く皆さんとお会いしたいです。皆さんの笑顔が見たいです。
11/08 21:00
婦人公論.jp