吉行和子「89歳になって、20代の監督から役を頂けるのは、本当に幸せ。料理が苦手なのにスルメ作りも体験できた」

『ココでのはなし』の場面写真(美園泉)

(C)2023 BPPS Inc.

日本映画界を牽引してきた吉行和子さん。母は美容の草分けとして朝ドラ『あぐり』(1997年)のモデルになった吉行あぐりさん、兄は作家の吉行淳之介さんだ。9年前に、107歳になる母を見送って一人になった吉行さんが出演する『ココでのはなし』は、ゲストハウスに集う人々の交流と愛おしい日々を描いたヒューマンドラマ。ワルシャワ国際映画祭を皮切りに、すでに10以上の映画祭で上映され、評価を得ている。吉行さんは今回、若者たちの心の拠り所となる泉さんを、小柄な身体で纏う風格とチャーミングさで演じている。映画の公開に合わせ、撮影現場の日々などを吉行さん自身に綴ってもらった。(写真提供◎吉行さん)

【写真】民藝の前で、着物姿の初々しい吉行さん

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「ココ」というゲストハウス

「ココ」というゲストハウスに集ってきた人達の話です。オーナーは40代。彼のお母さんの友達だったということで、私も入れてもらっています。私以外はみんな若者。

それぞれ悩みはありますが、ともかく「ココ」にやって来て、心を通わせ、少しずつ元気を取り戻していっています。

おにぎりや味噌汁、野菜の煮物、手作りの御馳走がいかにも美味しそう。

こういう場所があったらいいですね。

映画はフィクションですが、観てくださった方が、「ココ」があればいい、「ココ」を作ろう、と思ってくだされば、どんなに嬉しいでしょう。

私もこの映画のおかげで、新しい体験をいくつかしました。だから、とっても楽しい撮影でした。年をとってもこんな生活が出来るのは貴重です。

実は大の料理ベタ

泉さん(私の役名)は、好奇心いっぱい。スマホでライブ配信をすることにハマっています。いちご酒をはじめ、レモン、オレンジ、キウイ、リンゴ、パイン、ブルーベリー、などなど、色んな種類のお酒を作って、若者たちにすすめています。

イカをさばいてスルメを作るというのも配信します。生のイカをハサミで切って、「ほら、簡単でしょう」とカメラ目線でにっこり。実は私は大の料理ベタ。生のイカなんて、お刺身以外さわったこともありません。

「どうするの?」と周りの人たちの助けを借りて何とかやりましたが、顔で笑って、心はビクビクでした。

スルメを持っている泉さん(吉行和子さん)

(C)2023 BPPS Inc.

自慢にはなりませんが、目玉焼きだってまともに作れないんですよ。仕方なく、卵かけご飯で間に合わせているのです。

この料理嫌いは、コロナ以降、バチが当たってとても大変。以前はよく、一人暮らしの友人たちと外で食事をしていましたが、なかなかもとには戻りません。仕方なく、何とか自分でやっていますが、毎回、苦心しています。あー、「ココ」があればいいのに、とその都度思い出しています。

年を取ってからの長さ

泉さんは幸せです。若者に囲まれ、エネルギーをもらい、一緒に笑い、一緒に悩む。

「皆、なんか焦ってない?」と言い、「若いから焦るのも分かるけど、若いのなんか人生の一瞬よ。年取ってからの方が長いのよ。だからね、休憩が大事。考えながら、止まってもいいのよ。」などと言います。

確かに年を取ってからの長さを、私は実感しています。その日々をどう過ごすか、です。辛い話はいっぱい耳に入ってきます。ニュースでもたくさんありますが、知り合いの人たちからも知らされることが日々多くなってきています。クラス1の人気者で、いつも元気だった人が認知症になってしまったとか、悲しいことばかり。人ごととは思えません。

母のあぐりは、百歳で骨折してから歩けなくなり、7年間、家で寝たきりで過ごしました。頭はしっかりしていて、「もうそろそろ死んでほしいと思ってる?」などと私をからかいました。「私がいなくなったら、アナタは一人よ。それが心配で死ねないのよ。」とも言っていました。でも107歳で長寿を全うしました。母の好きな言葉は「身老未心老」というのです。何よ、むつかしいわね、というと、身は老いても心は老いず、という意味だそうです。確かに、心は老いなかったですね。面白い人でした。

あぐりさんと和子さん

母のあぐりさん(左)103歳のお誕生日祝いに笑顔で

夢を持って過ごして欲しい

働きづめでしたが、仕事をしているのが一番楽しい、と言い、まだパーマネントというものが日本に入ってきていない時代から、美容師として働き、3人の子どもを育てました。

働いている母の背中を見て育ったのですが、好きな仕事をしているということは、こんなに元気でいられるのだな、と思ったものです。

あぐりさんと和子さん

母・あぐりさんの店でのツーショット

私も仕事が好きです。誰かに扮して現場にいるときが、一番楽しく、元気でいられます。

18歳で劇団の研究生になってから、一度も嫌になったことはありません。

こんな歳になってしまったのに、まだ役を頂けるのは、本当に幸せだと思っています。『ココでのはなし』の泉さんの役などは、素敵なプレゼントでした。

初めてお会いした、こささ りょうま監督は20代(撮影時)。「うわー、こんな若い監督さんが映画のオファーをくださるなんて、なんて私は恵まれているんだろう」と感激しました。

「ココ」に集ってきた若者は幸せですが、今はわるい大人の餌食になっている若者たちの話もたくさんあります。何とかして、夢を持って過ごして欲しいと思うのですが、あまりにも世の中は希望を持たせてくれることが少なすぎます。負けないで欲しい、と思うしかありません。

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